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16 帰るついでに、公園に寄りました。

「このくらいあれば日曜までは持つか」


 俺は車いすの横にかけたレジ袋を見やりながらそう言った。

 場所は町の商店街。そこまでの活気もないが、廃村と言った雰囲気でもなく、中途半端な田舎の商店街、といえば伝わるだろうか。


 そこで、俺たちはちょうど買い物を終えたところだった。


 ふと、通りの掲示板に目が留まる。


「花火大会……か」


「明後日みたいね。せっかくだから見て帰る?」


 帰る、という言葉を俺は一瞬理解できなかった。あさってまでここで待つ、という意味ではないだろうし……。


 あぁ、そうか。明後日はもう日曜日。俺の管理人としての任期が終わる日だ。

 つまり、彼女はこの花火まで見て、あの洋館から去るのか、と尋ねているわけか。


「まだわからないけど……できたら見たいな」


「そうね」


 珍しく――というと変かもしれないが、彼女が俺の言葉に同意してくれた。

 まぁ、まだ二日後の話だ。今は、今のことだけ考えてればいいだろう。


「とにかく、そろそろ戻るか」


「えぇ。少し疲れたわ」


 腕の時計――を見ようとしてそこに時計がないことに気づき、俺はスマホを取り出す。

 時刻はもう5時前。ちょうど、今からあの公園へ向かえばちょうどいいくらいの時間になるだろう。


 車いすのハンドルを握って、進みだしながら俺は玲乃へ尋ねる。


「なぁ、帰り道少し寄り道してもいいか?」


「いいけど……どこへ行くの?」


「あー、まぁ、行ってからのお楽しみ、ってやつだ」


 ここであの鈴菜に会いに行く、なんて言ってしまったら玲乃は全力で拒否するに違いない。

 彼女にとっては少し残酷かもしれないが、二人がもう一度面と向かって話す機会というのは必要だと思う。……まぁ、部外者の俺が言えることじゃないかもしれないが、当の鈴菜が『謝りたい』とそう言っているのだから引き合わせて文句を言われることはないだろう。


 そんなことを思いながらちらと玲乃を見遣った。

 その視線に気づいた、なんてことはないと思うが、彼女は急にこちらへ振り向く。


「ねぇ、唯はここからあまり遠くない場所に住んでいるのでしょう?」


「まぁ、な。ここよりかなり街だけど、距離的にはそんなにないと思う」


「あなた、高校生よね?」


「あぁ、一応」


 なんだろう、職質か何かだろうか。

 そう思いながらも従順に俺は答えを返す。


「友達はいるの?」


「……いるよ」


「なんなの、その間は」


「大体、あなたは友達がいますか? って聞かれて、はいっ、います! とは答えられねぇだろ」


「じゃあいるのね?」


「人並にはな」


 俺がそう返すと彼女はどこか安堵のようなものを表情に浮かべて、そっけなく「そ」と言った。

 なんだよ、訊いてきたのはお前だろ。


 そんな風に、ぼちぼち言葉を交わしながら進んでいると、気づけば件の公園のすぐそばまで来ていた。


「あの公園に寄ってく。なんか景色がすごいきれいらしいから」


 咄嗟に思いついた言い訳を口に出しつつ俺は公園の入り口を通ろうとした。

 その時。


「――やめて」


 玲乃は両脇のタイヤを掴んで車いすを停止させる。

 さっきまで普通に受け答えしていた彼女の声は震えており、顔は俯かせ長い髪が垂れていた。


「どうした?」


「誰に聞いたの」


「は……?」


 誰に聞いたのか……って、なにをだ? まだ、鈴菜の姿は見えないし、彼女の質問の意図がつかめない。


「どういうことよ……どうして……?」


 一人で混乱する玲乃。なにかしら言葉をかけてやりたいという気持ちはあるが、一体何と言えばいいのか見当もつかない。大体、どうしてこいつはこんなに慌ててるんだ?


「あ、本当に連れてきてくれたんですね。唯さん、ありがとうございます」


 ゆらりと、公園の遊具の陰から一つの人影が現れた。それはおそらく、鈴菜――なのだと思うが、夕日を背中に背負い立つその姿に、どことなく幽鬼のような印象を抱いてしまう。


「連れて、来る……? 唯、どういうことなの」


「……そのままの意味だよ。俺はあの鈴菜にお前を連れてくるよう頼まれたから、こうして連れてきた」


「どうして?」


「どうしてって……玲乃も謝ってもらいたいとは思わないのか?」


 玲乃は過去に鈴菜から暴力を受けたのが原因で、今こうして四肢の自由を失っている。なら、その被害者である玲乃が加害者である鈴菜に謝罪を求めるのは自然ではないのか?


 もしかしたら、玲乃は自分を傷つけた鈴菜を恐れているのかもしれない。だけど、鈴菜のあの反省している様子を見てしまった俺としては、二人の関係が改善してくれることを願ってしまう。


「玲乃ちゃん、久しぶり」


「唯、早く帰りましょう。日が暮れたら大変――」


「ねぇ、どうして無視するの?」


 ゆっくりと、しかし、確実な足取りで鈴菜がこちらへ近づいてくる。


「ゆいっ! 早くっ!!」


 絶叫のような玲乃の声が響く。なぜ? どうしてここまで鈴菜を拒絶する?

 俺はその疑問を拭えないまま、彼女へ少しでも現状を分かってもらえるよう説明をする。


「玲乃、俺も聞いたんだ。お前が、鈴菜から暴力を受けて今の状態になったって」


「うるさい……」


「は?」


「何も知らないのに、わかったような口を利かないでよ」


 心臓を貫くような、冷やかで鋭い瞳がこちらを見据えていた。

 車いすに座ったまま、こちらを振り返って彼女は淡々と俺にそう告げる。


「なにも、知らないって……」


 確かに、彼女と出会ってからまだ5日間しか経っていない。だけど、俺はその短い間中、ずっと玲乃のことを見てきた。その中で、俺は管理人として彼女のことを考え、尽くしてきたつもりだった。


 なのに、そんな言葉を投げかけられるなんて。


 気付けば、すぐそばに鈴菜は迫っていた。


「こちらこそ、久しぶり、鈴菜」


 俺から視線を外し、正面に目線を移すと、玲乃は鈴菜に向けてそんな言葉を放った。

 それを受けて、茶色の短い髪を揺らし、少女は笑う。


「うん。来てくれてありがとう」


「私の意思じゃないわ。後ろにいる『それ』が勝手に連れてきたのよ」


「それでも、だよ。わたしは玲乃ちゃんとまた会えたことがうれしい」


 ――どういうことだ…?

 確か二人の関係は、いじめた、いじめられた、という両極端の関係なはず。

 なのに、どうしてこんなにも自然に、会話を交わしている?


「わたしが、どうしてまた玲乃ちゃんと会いたかったのか……は、わかるよね?」


「……」


 鈴菜の問いかけに目をそらしながら玲乃は無言を返す。

 その姿に、鈴菜の目がすっと細まった。


 直後。

 車いすのハンドルを握る俺の手に強い衝撃が走った。


 鈴菜が……全力で振りかぶった平手で玲乃を打ったのだ。その衝撃で、車いすごと彼女は倒れこむ。


「なっ――」


「唯さんは黙っていてくださいね」


 睨む、なんて生易しいものではなかった。

 まるでこちらの心臓を握りつぶす寸前の強さで掴まれたような、そんな実態を伴う衝撃が、俺の中に走った。


 なんだ? 何が起きているんだ?


 散乱した事実のピースを頭の中で必死にかき集めても、それらは決して繋がろうとしない。

 何か。何かが――おかしい。


「玲乃ちゃん、ごめんね。痛かったでしょ?」


「あやま、られる……筋合いはないわ。悪いのがどちらかは最初から確定しているのだから」


「じゃあ、どうして逃げようとしたの?」


 地面に倒れこむ玲乃のそばへ、鈴菜はしゃがみ込んだ。

 その眼は、鋭く、冷たく、そして、哀しげだった。


「……逃げたかったから。目を背けたかったから。なかったことにしたかったから。違う? そうでしょう?」


「それは――」


「否定なんかさせないよ。私はあなたからその言葉を聞きたいだけ。ただそれだけ」


 玲乃の手は、震えていた。ぎゅっと拳を強く握りしめ、目の前の鈴菜から目をそらし続けている。


「どういうことだよ……」


「わたしが教えてあげますよ」


 俺の呟きを聞き漏らさなかった鈴菜がすくっと立ち上がってこちらを見据える。

 その姿は、夕日に照らされて、輪郭さえぼんやりとはっきりしない。すぐそこに、手を伸ばせば届くような距離にいるのに、恐ろしく鈴菜が遠く感じた。


「玲乃ちゃんは、嘘を使ったんです。それも、この上なくひどい嘘を」

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