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14 確認ついでに、まとめてみました。

「食べれないわ」


 食卓に着いた彼女は、ぽつりとそう呟いた。


 現時刻は午後6時半。日の長い夏と言えど、この時間帯になると少し空の色が変わってくる。森の奥に位置するこの洋館。その一階ダイニングの大窓からは、移ろいゆく空の色がはっきりと見て取れた。


 あのクルージングから帰ってきた後、俺は家の仕事を。玲乃はいつものようにひたすら読書をしていた。いつもと違う風景と言えば、玲乃が頻繁に本を落とし、俺が拾い上げていたことくらいか。


 そして時は過ぎ、今は夕食前だ。


「食べれない……?」


 俺は彼女の言った言葉をそのまま返す。

 今日の夕食はカレー。彼女のことも考え少し甘口にしてあるし、ピーマンとか玲乃の嫌いな物も入れてない。

 と、いうことは。


「もしかして、腕の調子が悪いのか?」


「……それ以外に何があるのよ」


 そう言って、ふいっとそっぽを向く彼女。

 どことなく、猫を想起させるその仕草に、俺は思わず苦笑いしていた。


「本当に食べれないんだな」


「だからそう言っているでしょう?」


「……なら、はい」


 俺は、少なめにカレーライスをスプーンに取ると、彼女へ差し出した。


「え?」


 こちらを振り向いて、困惑を顔に出す彼女。


 はっきり言おう。こうなることはなんとなく予想していた。

 えっと、こう、というのは玲乃の腕が調子悪く、俺が食べさせてあげなければいけない、的な展開だ。


 別に、楽しみにしていたとかそういうのではないが、今日はそういうのもあるかもしれないから、覚悟しておこう、みたいな。


「……よく平然とそんなことできるわね」


「そんな緊張する理由もないだろ。というか、こうでもしないと玲乃が飯食べれないし。せっかく作ったのにもったいないし」


「いや、でも……」


 なかなか渋る彼女。目線をあちらこちらへと泳がせて、なかなかに忙しい。

 というか……玲乃をからかうの、かなり楽しいな。普段との反応のギャップがおもしろい。



「いいからほら、口開けろ。冷める」


「……はぁ。わかったわ」


 そうして控えめに口を開けた彼女。その小さな隙間に、スプーンを滑り込ませる。

 なんとなく感覚でスプーンの上のものがなくなったら引き抜いて、もぐもぐと咀嚼する彼女を見た。


「……ぁ」


 ごくり、と飲み込んだ彼女は、再び口を開く。というか、言葉で言えよ。まぁ食べさせてやるけど。


「美味いか不味いかぐらい言えよ」


「……まぁ及第点ね」


「よし、片付けよう」


「待って」


 皿を取って立ち上がる俺に、彼女は短く言う。その三文字は、彼女と過ごしたこの数日間で最も危機感に満ちていた気がする。


「冗談。ほら、口開けろ」


 そうやって、何度も何度も彼女の口へスプーンを運び、玲乃が満足気な表情になるころには、俺のカレーは冷え切っていました。



***



 俺は、自室のベッドで横になっていた。時計を見れば、もう10時を過ぎている。

 風呂に入った後なので、頭はふわふわして、体中がぽかぽかと温かい。


 そんな状態の中、俺は今日の一日、そしてここまでの管理人生活を反芻した。


 まず全体を通して考えたときに出てくる疑問。それは玲乃の体のことだ。

 一日目。俺が玲乃と初めて会った日には彼女は全く自分の体で移動することはできなかった。

 三日目。俺がいるときには俺が移動させていたが、自分でも短い距離は移動していたようだ。

 そして今日。午前中は明らかにおかしいほど調子が良かったが、それとまるで反対に午後は調子が悪かった。


 俺には怪我や病気の知識なんてない。だけど、ほんの数日でここまで容態が変化する怪我、もしくは病気なんて……存在するのだろうか。


 他にもおかしいことはある。

 そう、あの『何か』だ。


 俺に「交換の機会」とやらを与えてくれる、正体不明、存在すら不明の『何か』。

 それを幽霊、神様、などという非科学的な存在として位置付けてしまうのは癪に障るのだが、あの「交換」というのは常識の範疇を超えている。


 その「交換の機会」についてわかっていることもまとめておこう。


 まず、交換の『犠牲』と『対価』は等しくなくてはいけない。

 いわゆる、等価交換、というやつだ。『何か』がおにぎりで話をしていたが、その価値の基準は俺ではなく、『何か』の独断のようだ。


 そして、二つ目。

 その『犠牲』と『対価』は恐らく形ないものでもいい、ということ。


 『犠牲』は試していないが、『対価』は今日の「船の操縦技術」のように形がないものでもいいということが分かっている。きっとこれは『犠牲』に関しても当てはまるのだろう。


 まとめる――と言いはしたが、今現在わかっているのはこのくらいか。

 と、一息ついた時。俺のスマホが着信を報せた。


 ベッドの隣の小さな机に手を伸ばし、そのディスプレイに触れる。


「もしもし」


『もしもし、すみません遅い時間に』


 電話の向こうの声の主は、鈴菜だった。やはりどこか緊張感のある声音に、俺は疑念を深める。


「いや、大丈夫。それで、どうかした?」


『はい、明日のことについて詳しいことをお話ししたいと思って』


 明日のこと――すなわち、玲乃と鈴菜を引き合わせる約束か。

 そういえばどこで何時に、という詳しい話をしていなかった。


「こっちはいつでも。だけど、あんまり遠くない場所が助かる」


『わかりました。それでは……夕方の五時ごろ、この前の公園でどうでしょう?』


「了解。適当な名目で玲乃は連れ出すよ」


 まぁ、調子次第では見送らなければいけなくなるかもしれないけど。

 そこで、俺は一つ思い出す。


「ものすごく訊きにくいことなんだけど……いい?」


『はい、どうぞ』


 電話越しで顔が見えない分、感情が読めず尋ねるかどうか迷った。

 だけど、ここで聞いておかなければいけない気がする。


「えっと……鈴菜が原因で……その、玲乃は怪我を負ったんだよな」


『正確には少し違います』


「……どういうことだ?」


『私は、意図的に彼女に怪我を負わせました。だから、私が原因、という言い回しは少し、違います』


 そう言い切った声音が……何か、違った。

 わからない。何がおかしいのか。どこに違和感を感じたのかわからない。だけど、ただ違う、そう感じた。


 目の前が、暗くなる。視界がどこか歪んでいく。

 何かが、違うと、そう叫んでいる。


『――ん、唯さん?』


「……ごめん、ちょっと考え事してた」


『そうですか。では、明日の五時に、よろしくお願いしま――』


「ちょっと待って」


 俺は彼女の言葉を遮って口を開いた。


「最後にもう一つ、聞きたいことがある」


『なんですか?』


「単純なこと。……鈴菜は、何をしたんだ?」


 スッ、と、鋭く息を吸う音が電話越しに聞こえた。

 その音が、何を表しているのか、俺にはわからないが。


『……話したくありません』


「……そうか」


 その返答は予想外だった。


 いや、普通ならばこの答えが来るのが当たり前なのだ。

 罪を悔やんでいる罪人に、お前の罪はなんだ、と尋ねているようなものなのだから。


 だけど、鈴菜なら話してくれると思っていた。なぜ、という理由はないが、俺の中でそれはほとんど確信となっていた。だが、彼女は話さなかった。


『それでは、そろそろ』


「……あぁ。おやすみ」


 そして、ぷつりと通話は終了した。

 

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