第98回 共同作業でございます (上)
ぺたりぺたりと可愛らしいお足音を立てられながら、お嬢様が上がって来られました。
「お先にありがとう、サン。とってもいいお湯だったわ」
「お褒めに与りまして光栄でございます。お嬢様。お身体を冷やされない内にストレッチをなさって下さいませ。その間にわたくしは、温泉から卵を回収して参ります」
わたくし、いつにも増して恭しく、目を閉じ頭を下げました。
お風呂上がりのお嬢様は、お美しさの余り、直視いたしますとわたくし跡形もなく浄化されてしまいますので。
ついでに申しますと、卵を回収いたします際にも、無心の境地で卵のみに没頭いたしませんと、うっかり使用後の温泉のお湯を聖水として崇め奉りそうにもなりますので。
わたくしの故郷のほうにはダチョウという大きな飛べない鳥がいます。
こちらの国でもよく似た巨鳥が家禽として飼育されております。
どちらの鳥も、とても大きな卵を産み、20人前のオムレツが作れたりします。
で、こちらにございますツノアリトカゲワニヘビの卵はさらに大きく、100人前は堅いかと。
軽く叩いてみまして、音の反響で確認いたしましたところ、中身は程よい温泉卵になっておりました。
お嬢様は、温泉卵をこよなく愛していらっしゃいます。
わたくしといたしましては食品に対してジェラシーをこじらせて、この世の温泉卵には絶滅していただきたいところではございますが、それはさて置き。
この、大変おいしい中身を覆う硬い殻を、お嬢様とご一緒に割って参ります。
熟練の鎧職人でも手こずるこの素材、わたくし一人でも十分可能ではございますが、お嬢様のたってのご希望でございます。
既に主様の助力はいただいておりますが、先程わたくしも軽く叩いた時に、全体に細かい放射状の亀裂を入れておきました。
「お待たせいたしました、お嬢様。こちらの卵は最後に割るといたしまして、まずはお魚たちからお料理して参りましょう」
「ええ、わかったわ。サン、今晩は私が腕によりをかけて作るからね!」
エプロンと三角巾姿のお嬢様、つい聖女として奉り上げてしまいそうになります。
ちなみに、割烹着姿の場合は、聖母としてとなります。
従いまして、学校の給食や調理実習のお時間には、わたくしの脳内にて讃美歌がヘビーローテーションでございます。




