第92回 大漁祈願でございます
お嬢様は、まだちょっぴりおねむのお目をこすりこすり、お出かけのご支度を整えられました。
この頃は、わたくしがお召し物をご用意いたします前に、前日のうちにお嬢様がご自分で翌朝のコーディネートを決められます。
寄宿舎での生活を通して、ご自分のことはきちんと出来るようになって来られまして、わたくしちょっとさみしくはございますが、とても嬉しく存じております。
で、本日のお嬢様は、お足元からお胸元まで、防水性の革に覆われました、川釣り用の装備をなさっておられます。
こちらはわたくしが夏休みに仕留めました、オオウシカバサイの皮で作られております。
皮を洗ってからよーくはみはみしてなめし革に加工いたしまして、今のお嬢様にピッタリサイズとなりますよう日々の食卓の栄養バランスから計算いたしまして仕立てました。
この素材、軽くて丈夫なのは元より、水に浮く性質を備えております。
オオウシカバサイの巨体が水中でも活動しやすくなるように出来ておりまして、高級な救命胴衣としても広く採用されております。
「じゃあ、行きましょう。サンの作ってくれた川、楽しみだわ」
釣り竿と魚籠をお抱えになって、お嬢様はわたくしに大きくお手を振られました。
お庭の真ん中ではございますが、小川は、流れの速い渓流となっております。
わたくしが先日、この箇所にごつごつした岩を配置いたしまして、少ない水でもダイナミックかつ清冽な水流がお楽しみいただけますよう、川の主様ともようくご相談いたしました。
おかげでここは、多くの川魚が元気よく生息する、絶好の釣りポイントになりました。
「ささ。お嬢様、流れの中央に向かって、釣り針をお投げ下さい。川幅は広くはございませんので、軽く竿をお振りになるだけで大丈夫かと存じます」
「わかったわ。……てーいっ!」
お嬢様の放たれる糸の先に煌めく釣り針、わたくしが仕立てました毛針でございます。
材質のことはここでは伏せますが、針の着水前にわたくしが執事ジャンプいたしまして針を口でナイスキャッチ、自らが釣り餌となりましたことだけは申し上げておきます。
伏せております理由といたしましては、
明言いたしますと流石に皆様ドン引きかと思われたためでございます。
内緒で尋ねられましても、申し訳ございませんがちょっとお答えいたしかねます。




