第67回 思い出話でございます (中)
わたくしの脳天に、アルギュロス殿下の剣が深々とめり込んでおります。
「ふふふ、アル君たらびっくりし過ぎね」
トモミ様がなだめるように、アルギュロス殿下に笑いかけられました。
「アル君……? いや、しかし流石にやり過ぎたか」
「サンなら大丈夫よ、アル君。このくらい簡単に治っちゃうんだから!」
お嬢様も、いつものこととして流していただけました。
「アル君……? いや、しかし執事よ、貴様の魔法体系はどの流派から来ているのだ」
お答え申し上げます前に、わたくし、剣をすぽんと取り外し、刃をふーふーしてからお返しいたしました。
それから一度深呼吸いたします。
お嬢様のお吐きになった空気をすかさず吸い込むことで、わたくしの心身は完全回復いたします。
これぞ執事魔法――
≪執事復活≫!!
回想シーンの続きとさせていただきます。
わたくし、このお屋敷に執事としてお仕えすることになりまして、それはもう大ハッスルでございました。
お嬢様に出会えたことももとより、わたくしは故郷で寄る辺なき身にございましたので。
自らを必要とされるのはやはり光栄なことでございますから、執事としての業務の他にも、お掃除や銀器磨き、靴磨きなど、メイドや小姓のするお仕事も進んでいたしました。
とても丁寧かつ正確に、一所懸命、舐めるように綺麗にべろべろべろべろと、窓から天井から這いずり回ってピッカピカにいたしました。
しかし、お嬢様はドン引きでいらっしゃいました。
わたくしがドアの影や甲冑の内部からにゅるんと参上いたしますと悲鳴を上げられます。
お嬢様は人見知りをなさいます。
広大なお屋敷に大勢いる使用人の誰に対しましても、心をお開きにはなりませんでした。
お嬢様のご両親、旦那様と奥様はとてもお忙しく、お屋敷にはほとんどおいでません。
お嬢様は孤独でいらっしゃったのです。
そこでわたくし、執事のお仕事に魔法を取り入れることを考えたのでございます。
わたくしの故郷にマナも魔力もありませんでしたので、魔法の習得は手足を新しく生やすくらいには努力いたしましたが、その程度、業務を簡略化してお嬢様とお話する時間を確保するためならどうということもございません。
そしてわたくしは初めてお嬢様の前でお掃除の魔法を行使し、埃の塊で花火を上げました。
お仕事を3秒で終わらせると同時にお嬢様に興味を持っていただくことが出来たのでございます。
もし、わたくしが魔法を習得しなかったら、
この物語のタイトルは
『超人執事の変態日記でございます。』
ではなく
『トカゲ執事のハエ取り日記でございます。』
あたりになっていたかも知れません。




