第49回 嵐の前の静けさでございます
本日も、穏やかな秋晴れでございます。
わたくし、お嬢様が快適に休日をお過ごしいただくためのお仕事といたしまして、お屋敷の屋根に上っております。
一番高い尖塔から、両足をピタリと揃えて直立しております。
こちらからはちょうど、お嬢様のお部屋の窓が見えます。
お部屋の中のご様子は、光の反射のため全く見えません。
しかし、わたくしが意識を集中いたしますと、いつもの執事魔法によりお屋敷の内部のことは手に取るように把握出来ます。
それによりますと、お嬢様はお読みになっていた長編児童文学にしおりをすっとお挿みになってから窓のそばに寄られて、こちらに軽くお手をお振りになっていらっしゃいます。
窓を開けてわたくしに直接お声を掛けられないのは、わたくしのお仕事を中断させないために、お気を遣われていらっしゃることとお察しいたします。
わたくし、気が付かないフリをいたしておきます。
そうして、お嬢様にはほんのり柔らかい空気感を味わっていただきつつ。
わたくしは黙々と尖塔のてっぺんで、手旗信号のように、或いは電波を受信するように両手を上げ下げいたしておりましたが、その作業をピタリと停止いたしました。
受信いたしましたのは電波ではございませんが、これも執事魔法――
≪執事天気≫!!
通常技の執事ジャンプによりお屋敷の正面にひとっ飛びいたしますと、音もなく流れるようにお嬢様のお部屋の前に移動します。
「お嬢様。わたくしの気象予報によりますと、今晩から翌未明にかけまして、台風が接近いたします。つきましては、お嬢様のお部屋の窓に補強材を取り付けますことをお許し下さい」
板を打ち付けておきたいところではございますが、なにぶん、お屋敷の資材倉庫の中身はいま、村の子供たちの夏休みの工作用に根こそぎ提供済みでございます。
そのため、お屋敷のたくさんある窓を補強出来るのは、お屋敷の柱とわたくしだけでございます。
担当は、切り取ったお屋敷の柱が他の窓、わたくしがお嬢様の窓でございます。
これぞ執事魔法――
≪執事棒遊≫!!
ああ、わたくしがもっと肥満体で、
腹囲2900メートルほどございましたら、
ひとりでお屋敷全てをカバー可能でございましたのに。
わたくしはなんて無力なのでしょう。




