第39回 長く険しき剣の道でございます
夕日の眩しい時間帯になって参りました。
近くに程よい具合の海岸がございましたので、わたくし、お嬢様とご一緒にそちらへ移動いたしました。
本来、剣のお稽古には、お抱えの指南役がおります。
が、なにぶん、檀家の武僧と食客の剣豪と親戚の騎士団長とこの前捕まえた暗殺者とくノ一はいま、兵農一体の素晴らしさに目覚め、広大な農地を共同経営し国内の食料自給率を大幅に底上げいたしております。
そのため、お嬢様に地獄の特訓と称して手取り足取りあんなことやこんなことを出来るのは、わたくしだけでございます。
「執事流護身剣術の本質は、ご自分の身を守ることにあります。襲い来る凶漢の手から安全を確保することが大切でございます」
お嬢様は額にはちまきをお巻きになって、雨傘を握りしめてごくっとのどを鳴らされました。
「では、わたくしが軽く攻撃いたしますので、お嬢様は走ってお逃げ下さい」
「え? 剣で防いだりしないの?」
「相手に近づいて刃物を振り回しますと、相手の感情を刺激してしまう恐れがございます。それよりも、とにかく距離を取って攻撃されないことが必要でございます」
「なるほど、剣を抜かずして相手を制する、みたいなのね」
この海岸は砂地でございますゆえ、足を取られて走りにくい仕様となっております。
筋力やバランス感覚、心肺機能を効率よく鍛えるにはよい環境と存じます。
「では、参ります。……ははは、待て待てー捕まえちゃうぞー。でございます」
「ふふふ、こっちよー捕まえてごらんなさーい。……きゃー速い! 速いわー! サン!」
音声だけではキャッキャウフフ展開でございますが、わたくし臨場感をお出しするため、はちまきとくたびれたロングコート以外には何も身に着けておりません。
近頃は、日付が変わる前にこの物語をご紹介いたしております。
夜更かしがちょっと苦手な方も、
無理のない範囲でお楽しみいただけますよう
執事として努力いたしておりますので、
どうぞよろしくお付き合いの程をお願い申し上げます。
お付き合いと申しましても、読者の方々に対しまして
「ははは待て待てー(全裸)」はございませんので、
ご安心いただいた上で通報はご勘弁くださいませ。




