第30回 お嬢様誘拐事件でございます (上)
お嬢様が学校へ行かれて、三日三晩経過いたしました。
わたくし、あれから微動だにせず絶賛正座中でございます。
お嬢様は、わたくしに正座して待機、とは一言も命じられていらっしゃいません。
つまり、お嬢様はわたくしの自発的な放置プレイをそもそもご存じありません。
すなわち、これは放置を超えた、無関係プレイでございます。
もう何と申しますか、極めて充実した三日間でございました。
さて、わたくしはお嬢様のことを想いつつ光合成でもしておりますれば問題ございませんが、お嬢様はまだ10歳、成長期真っ盛りでいらっしゃいます。
差し出がましくはございますが、わたくし、おやつの差し入れに参ります。
お嬢様のご尊顔を拝すことが叶えばそれに勝るものはございませんが、窓の外の枝にバスケットを引っかけておきますのも、また風情があって結構でございます。
そういう事情で、わたくしただいま、王立魔法学校の敷地にあります、寄宿舎へ続く通りを、歩かずに木々や建物の屋根を飛び渡っております。
長ネギや大根などを手提げ袋から覗かせましてのお買い物帰り気分でございます。
脚力は自前でございます。
お洒落なバスケットに先ほどの材料を用いましたザッハトルテを抱え、夕方まで往来の真ん中で正座待機いたしておりましたが、お嬢様がお戻りになられません。
通りの向こうの曲がり角に顔を上げますと、微かな空気の揺らぎを発見いたしました。
そちらに行きますと、ローファーが片方だけ、ぽつんと置いてあります。
この靴の減り方や表面の磨き方には見覚えがございます。
細部を観察したり、匂いを嗅ぎ分けたりでも判別は出来ますが、もっと早い方法がございます。
わたくし、人気のない小道によっこいしょと寝そべりまして、顔面に靴を乗せました。
こうして疑似的に踏んでいただいた瞬間、全身を真紅に染めんばかりの鼻血が噴出いたしましたので、間違いはございません。
これは、お嬢様のお靴でございます。
何やら緊迫した展開になっておりますが、
この上・中・下は合わせましても3000字未満でございます。
従いまして、次回辺りにさくっと解決いたしますのでご安心下さい。
よろしければ、それまでわたくしとご一緒に正座待機でもいたしますと、
いまなら何と、悟りを開いちゃうオプション付きかも知れません。




