第130回 鏡開きでございます
お嬢様がお住まいのボタニカルお屋敷、バオバブ様の内部天井付近に、小さな祭壇のような棚がございます。
当然ながらほこりひとつございませんが、普段から家具として機能いたしてはおりません。
祭壇と申します通り、この棚は地域の精霊信仰における精霊棚でございます。
ただいま冬休み中でございますので、このあたりの民俗学や宗教学、魔法学などの授業はお嬢様が望まれない限りはいたしませんが……
今回平たく申しますと、この棚にはお正月用のお餅が飾ってあります。
わたくしの故郷のものとよく似ておりまして、名前も同じく鏡餅と呼ばれます。
本日は、一年の抱負をこめましてこの鏡餅を割って食べる日となっております。
ついでに、居間の花瓶に差してありますインテリアの餅枝も一緒にあぶっていただきましょう。
「お嬢様。トモミ様。今年の抱負、すでにお決まりになられましたでしょうか」
わたくしがくたびれたコートを着込んですすすと近付きますと、お二方ともお顔を見合されました。
「抱負ってほどじゃないかも知れないけど、わたし、今年は魔法がうまくなりたいわ。あと、剣もうまくなりたい」
「私は学校でもジョーと一緒にいられる時間が増やせたら嬉しいわ。決意というのなら、そうね。サン以外の男性とはあまり目を合わせないように頑張りますね」
お二人の素晴らしい抱負を拝聴いたしまして、この執事、心がとても温かくなって参ります。
温かさのあまりコートの内側から香ばしい匂いがいたしましたので、コートの前をがばっと開き、油断なさっているうら若き少女の目の前に隠していたものを見せつけました。
焼きたてのお餅でございます。
四角く切った鏡餅と枝に刺した小さな丸餅、それから懐に入れてぐつぐつと温めておきましたスープのお鍋を合わせまして、執事煮の完成でございます。
分からない知らないお米か何かだ、
こういった開き方はこの地方に伝わる正当な鏡開きだ、
絶対に合法だ犯罪じゃない、
などとS容疑者は供述しておりまして。