一階層のボスフロア
俺と桜による一階層フロア攻略はサクサクと進んでいた。俺が剣を降ればゴブリンは血を吹き出して息絶え、桜が弓を引けば脳天を貫通して絶命する。コンビネーションを確かめる事すらできずに、だが確実にゴブリンの死と魔石を積み重ねながら奥へと進んでいった。
道中、罠を見つけて避けた先にまた罠があったなどのハプニングはあったものの概ね罠は回避したし、剣で矢を弾いたりしながら進むことができている。矢を飛ばすものや落とし穴の二パターンしか無かったが今後は最も増えていくのだろう。そう予感させる何かが罠にはあった。そんな風に思っていたのだが桜が意外なことを言っていた。
「罠って上の階に行けば行くほどなくなるんだよね。大体十階層で全ての罠が総集編で出てきて終わりになるんだよ」
と、無邪気に笑う桜。但し、目が笑っていなかったので何か相当嫌なことでもあったのだろう。相当濁った目つきに変わっていったので慌てて肩を揺らして正気に戻したりした。
そんなやりとりを経て俺は今、フロアボスがいる部屋へと辿り着いていた。ここまで着くまで苦戦らしい苦戦はしなかった。しかし、ここからはボスフロアだ。そう簡単にはいかないはずだ。用心して行こう。
「うーん。やっと着いたね桐生」
「あっという間だっただろ。というか途中から手抜きが過ぎたぞ。俺が何体もゴブリンを屠る羽目になったしな。もう何体倒したか覚えてないぞ」
「あーそれなら123体だよ。それにしてもチャージボアが出ないまま一階層のフロアボスが出るなんて思わなかったな」
「そういえばそんな魔物もいたのか。俺、ゴブリンに呪われてるのか?」
「多分ね。私がこっそり呪っておいたから」
「じゃあ帰ったら仕返ししないとな。何しようかね。裸にひん剥くとか?」
「仕返しが過激すぎる!?」
「冗談だ。キス一つで許してやるよ」
「そして、さらりとファーストキス持っていく宣言されてる!?」
桜の華麗なる突っ込みについボケをかましたくなってしまう。当の桜は涙目でこちらを見ている。そんな目で見られても可愛いだけなんだが当人は分かっていないんだろうなぁとか思いつつ、桜の頭に手をポンポンと置いてから一応言っておく。
「どれも冗談だから気にするな。俺はお前を襲ったりしないからさ」
「う、うん。何というか急に優しくなったね桐生」
「馬鹿。俺は最初から優しいんだよ」
桜に何かトラウマがあるのは分かっていた。だから、あまり刺激するようなことはしたくない。じっくりまったり解決はしていきたいとは思っている。
この異性魅了というスキルの効果増大の解決方法だって簡単に実行しようと思えばできる。その方法は……まぁ口に出せるようなものではない。というか、するにしてもせめて同意が欲しい。何にしても、そこには最大の障害として桜自身が立ちはだかっている。俺は魅了のせいで桜に対して情欲を抱くようになった。そこには異性として好きだというのも入っている。ぶっちゃけるとそんなの関係なしに惚れてしまっている。あくまでもきっかけが異性魅了の固有スキルであっただけなのだ。
何が言いたいかというとまぁ桜が俺の気持ちに答えてくれるかどうかという話だ。どれだけ俺のことが好きなのかというのは聞いたことがない。だから、そのうち直接聞いてみたいと思っている。それが男女の愛なのか、友達としての愛なのか、はたまた、ただ単に人間性を愛しているのか。聞くのが怖い所だが早めに解決しないといけない事だろう。
「さぁ行くぞ、桜」
「うん。桐生」
俺達は目の前に聳える銅色の門を押して中へと入っていった。
中は100m×100mの広いフィールドとなっていた。床は一面黒くなっており、天井と壁は相変わらず真っ白だ。そんな部屋に踏み込んだ俺達は真ん中の方へと行くと光が降り注ぎ、魔物がポップする。
出てきたのはゴブリンよりも二周りほど成長して俺とほぼ同じ身長をするゴブリンだ。数は五体。緑色の体表は変わらないが持っている武器は棍棒から剣へと変わっている。頭に伸びた一本の角がどうぞへし折ってくださいと言わんばかりに伸びているのを見て俺はひとまずその角を折ることから始めようと決めた。
「行くね」
「おう!」
桜の掛け声と共に戦いは始まった。桜が弓を引き絞り、矢を一気に五本放つ。五本!? そう気付いた時にはもう遅かった。目の前に一気に放たれた矢が過たず巨大なゴブリンの胸を貫通して声を上げる間もなく、魔石へと変わってしまった。
「………………………」
「………………………」
俺は振り返って桜と無言のやり取りをする。申し訳無さそうな桜と俺のジト目が交差する。勢い込んで飛び出した俺のやる気を返して欲しい。これなら魔鋼拳銃を出しておくべきだった。
そんな俺のジト目に耐えきれなくなったのか、やがて桜は先に降参を言い渡した。
「ごめんなさい」
「うん。まぁいいんだ。マジでファーストキス貰うからな」
「え、えーと。優しくお願いします」
それって最後までやっていいフラグですか?
そんな突っ込みをどうにか飲み込んだ俺は渋々巨大なゴブリンの魔石を拾い上げてから桜にそれらを渡す。桜はそれをアイテムボックスの中へと入れた。どことなく申し訳無さそうな桜に俺は訪ねる。
「これで二階層に行けるわけだがどうやって行くんだ? 階段が出ないんだが」
「それは一階層に行く途中に魔法陣が出るからそこから行くんだよ。手間だけど歩いて戻ることになるね」
「ふーん。じゃあ罰ゲーム今から開始な」
「ふぇ!? 今からなの!?」
「おう。じゃあ覚悟が決まったら言ってくれ。いつでもウェルカムだからな」
俺がそう言うと桜は顔を赤くしてもじもじしながら疑問を口にした。
「あ、あの、何で桐生からじゃないの?」
「ん? そりゃあお前さん、どんなスキルを俺に掛けてるのか忘れたのか?」
「あっ」
「異性魅了のせいで俺はお前を情欲的に見てるわけだ。何の抵抗もなく何事もなかったかのようにキスができてしまうわけだ。そんなの罰ゲームにならないだろ? 俺にとってはご褒美だ」
「う、うー。改めて言われると恥ずかしいよぉ。本当にしなきゃダメ?」
「上目遣いで見てもダメなものはダメだ。別に唇にしろなんて言わないから安心しろよ。まぁ存分に悶えてくれた方が俺得なので気長に待っとくよ。何年掛かってもいいからちゃんとやれよ」
俺はそれだけを言うと部屋を出るために扉へと向かった。
正直、何年も持つほど異性魅了の効果増大は待ってくれない。下手をすれば意識が持っていかれそうな状態に近いうちになってしまうだろう。俺の意識がまともなうちに解決するか、せめて恋人らしいことでもして後悔をなくしたいものだ。
後ろから追い掛けてくる桜の気配を感じながら俺は可愛い桜の姿を想像して笑みを浮かべたのであった。