味気ない食事
転移の指輪の効果は一日に一度だけ500の魔力を使って自身が指定する場所へ転移するというものだ。また同行者を一人だけ連れていける。その場合、魔力消費は二倍になる。
使っただけで分かったのはこれだけだ。他にもまだ何か仕掛けがありそうなのだがレベルが足りないのか、はたまた俺の鑑定技術が低いのかこれ以上は分からなかった。ちなみに鑑定なんていうベタなスキルはない。ただ使った時にアイテムの情報が流れてきてそれ以降はいつでも見れるようになるというシステムになっているようだ。
このシステムの怖い所は使ってみないと分からない所だ。どんな効果か分からない物を使って呪われました、じゃ話にならない。鑑定してくれるアイテムなんかがないのか後でシャリスティアに聞いてみるとしよう。
と、いう訳で帰ってきた俺は桜の手を引いて食堂まで戻ってきた。食堂に入ると既にシャリスティアは戻ってきていたようであった。他にも池田、神山、花谷、花蜂も揃っている。それぞれ物欲しそうにシャリスティアを見ていたがシャリスティアは何も反応を示さない。それどころか黙々とご飯を口に運んでいる。唯一桜を見て驚いた顔をしていたがそれもすぐに表情を戻してしまった。
そんな彼らに俺は言った。
「なんだ、皆揃って。飯食わないのか?」
「食べないんじゃない。食べられないのよ。まだ私達は一階層にも行ってないもの」
そう答えたのは神山だ。短く切り揃えた前髪を触りながら心底お腹が空いたと言わんばかりにお腹をさする。その姿は美少女なだけあって絵になっている。
胸はさほど大きくないがスタイルがよく、背も高くて女性として高水準のプロポーションを保持している。まっ平らの桜とは大違いだ。
そんな事を考えいたのが悪かったのか隣にいた桜に手の甲を抓られた。
「いてて。何すんだよ」
「桐生が変なこと考えたからでしょ」
「悪かったよ。ああ、そうだ。こいつ、どこかの部屋で拾った桜だ。最初期の召喚者だから宜しくな」
「えーと、桜です。宜しく」
そう言って桜は俺の後ろへと隠れた。どうにも人に対して恐怖心を抱いているようで体が震えている。俺の手を掴んで隠れる様は見ていて可愛いと思ったがこれだけ震えていれば可哀想にもなってくる。一体何がどうやったらこうなるのか問い正したかったがそんな時間はあいにくと無いので置いておくことにした。
「まぁいいや。シャリスティア、俺も飯が食べたいんだがどうすればいいんだ?」
「魔石を中央のアーティファクトに捧げてください。質が高ければ高い程に良い食事が出てきます。ゴブリンの魔石程度ならパン一つですね。オーガでようやく一食分、そこからは質の上昇となっています。早めに二階層へと行くことをお勧めしますよ」
美味しそうなパンを食べるシャリスティアに皆の視線が釘付けになる。白いパンに何らかの素材でできたスープに牛乳とそれなりの質であることが伺える。美味しそうな食事は食欲をそそるがあいにくとそんな余裕はない。
俺はポケットからゴブリンの魔石を九個と狂乱ゴブリン(俺命名)の魔石を取り出す。そこから四つを手に取ってからそれぞれに投げ渡した。
「ほらよ、これで借り一つだ。明日には返してくれよ」
「いいの? 四つもあればそれなりの数食べられるけど」
「別にいいよ。俺はそこまで考えなしの馬鹿じゃない。生きている人間はここにいる七人だけだ。不和の元を作っても仕方ないだろ? それに食べないよりマシ程度にしか量はないしな」
そう言ってゴブリンの魔石を中央の箱型のアーティストに捧げる。光を発した後に質素なパンが出てきたのでそれを桜に渡してからもう一つのゴブリンの魔石を捧げてパンを作り出す。仕組みは分からないが便利なアーティファクトな事だ。一家に一台あれば、食糧問題が解決してしまいそうだ。
「良かったの? 私まで」
「お前は俺の貴重な情報源だからな。この程度対価のうちに入らん」
「いや、助けてもらったから別にそんなに大げさに考えなくてもいいと思うけど、桐生ってツンデレなの?」
「ツンデレじゃない。気分だよ気分。女は黙って男に従えばいいんだ。間違ってたらガツンと言えばいい。それがいい女になる秘訣だとドラマでやってたぞ」
口から出任せを言ってからパンを口に含む。あまりの味気なさに微妙な顔になる。他の皆もパンを食べると微妙な顔をしている。やはり早急に二階層に行く必要がありそうだ。このままでは食事に飢えてどうにかなってしまいそうだ。
「秋花、一階層はどんな感じだったんだ?」
不意に花谷がそんな事を聞いてきたので俺は簡潔に答えた。
「油断しなければ負けることはない。武器があればなおのことだ。ゴブリンすら倒せないなら上に行くのは無理だな」
シャリスティアには見られたが他の奴に銃の存在を教えてやる必要はない。あれは俺が持つ俺だけの武器だ。余程の事が無い限り使うのは控えておこう。今回の狂乱ゴブリンのおかげでレベルが上がったのか新しい兵装が追加されたのでそれ次第ではそちらをメインに使っていくことになりそうだ。
「ちなみに聞いておくがどうやって倒したんだ?」
「固有スキルだよ。それ以上は言わないぞ。まぁ武器になるスキルとだけ言っておこう。だから、俺は装飾品を選んだんだよ」
「なるほどな。俺達には無いということは秋花だけか?」
「どうやらそうらしいな。でもお前達には強力なアーティファクトがあるだろ?」
「それもそうか。宗太、明日一階層に行ってみたいけど、いいか?」
「分かってるよ。借りは早めに返す主義だ」
俺を睨み付ける池田はそう言ってそっぽを向いた。焚き付けた甲斐はあったがどうにも嫌われたらしい。理解力がない奴と一緒にいるのは疲れる。考えなしの馬鹿は早々に痛い目をみればいいのだ。いや、もうすでに俺が痛い目にあわせているのだったか。
俺は他に何か質問がないか皆を一通り一瞥して確認を取った後、シャリスティアへ重要な案件を持ち出した。桜の服についてだ。
「まぁ何かあったら聞いてくれ。一階層だけならアドバイスをやるよ。ところでシャリスティア、桜の為に色々用意して欲しいんだが可能か?」
「フレンジーゴブリンの魔石を貰えるなら作り出すことは可能です。いかがしますか?」
「じゃあ頼むわ。桜、お前のパンツの色ピンクな」
「ちょ! 勝手に決めないでよ、馬鹿! というか、何でピンク!?」
「分かりました。ピンク色にしておきますね」
「あなたも真面目に取り合わないで!」
俺が怒る桜をどうどうと諫めている間にシャリスティアはその場を去った。怒りを露わにする桜にぽかぽか叩かれながら横から神山が呆れた顔をして言ってくる。
「あなたって意外と色欲魔人なのね」
「違うぞ、神山。桜にだけ欲情してるだけだ。他意はない」
「むしろ、他意しか無いじゃない」
「よ、よ、よ、よよく、欲情!? きゅー」
「あ、おい、桜!? 全く冗談くらい通じてくれよ……」
羞恥のあまり倒れてしまった桜を抱き上げるとちょうどシャリスティアが帰ってきた。その手にあったのは何故か現代日本で見慣れた服であった。
純白のシャツに青と黒のチェック、青い短パンに黒のオーバーニーソックスと赤と白のスニーカー。ついでにピンク色のパンツが置いてあった。何というかシャリスティアは律儀だった。
それは見事に現代日本で見たことがあるファッションであった。その精巧さに驚いているとシャリスティアが説明をしてくれた。
「これはかつて伝説の勇者園田桜が使用していた服装だそうです。ご本人がいるのでちょうどよいのではないかと思って作らせていただきました」
「へぇ。もしかして俺達の服も作れたりするのか?」
「はい。今着ているものなら魔石を使えば生成可能ですよ」
「制服なんざ量産しても、と思ったけど便利だから利用するかね」
今の所、着る服は制服しかない。着替えも考えると二階層に行くのは早めにした方がよさそうだ。オーガとやらの乱獲をして充実した生活を送れるようになりたいものだ。
「新しく作ることはできないのか?」
「できますがかなりの魔石を使うのでお勧めしません。50000も魔力があれば作り出せますが勿体ないので使いませんよ」
「戦いに使った方が有意義な訳か」
「それとこちらを」
「これは?」
「ポーションです。鎖骨が折れているようですのでこれで治してください」
「ああ、悪いな。助かる」
俺はそれだけ言うとシャリスティアから着替えを受け取って桜の上に乗せる。食堂から個室へと行く道へと行こうとして再び池田に呼び止められる。
「おい、彼女をどこに連れて行く気だ」
「どこって、俺の部屋だが何かあるのか?」
池田が声を掛けてきたので振り返ると怒りを露わにしていた。怒っている理由は分からないがどうにも俺に対する印象値が下に振り切ってしまっているらしく、突っかかってきてばかりだ。冗談にしてはやり過ぎたかとおもったが後の祭りだ。もはや、敵意を隠そうともしない池田に呆れてしまう。
「おおありだ! 女の子を自分の部屋に連れ込むなんてのは反対だ!」
「と、言われてもな。今の所、桜にとって信用できるのは俺だけだぞ? 桜がお前らと話さなかったのがその証だ」
「それでも男女が一緒の部屋で寝るべきじゃない」
そんな当たり前の正論を振りかざされた俺はイラッときた。
そんな事は俺とて理解しているのだ。しかし、そうするしかないのだからそうしているのであって自ら望んでそうしている訳ではない。他に手段があればとっくに取っている。それに一人よりも二人でいる方が安全だからそうしているというのにこの男はさっきからイライラすることばかり喚いている。臨機応変という言葉を知らない愚かな人間だ。男女が一部屋に入ればそういった関係になるとでも思っているのだろうか。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
だから、俺ははっきりと言ってやることにした。
「ああ、乳臭いガキだなお前は。いい加減黙ってろ。お前は俺を何だと思ってやがる。メリットとデメリットくらいちゃんと分かっている。お前みたいな女が一緒にいたらセックスしてしまうと考えるような馬鹿と違うんだよ。分かったか?」
「な、な、な!?」
「お前、早死にするぞ? 断言してやる」
言いたいことを言い終えると俺は今度こそ食堂を後にする。これだから馬鹿は嫌いなのだ。未だ湧きたつ怒りに支配下ながらもいつかもっと痛い目に合わせてやると心の中で誓ったのであった。
名前が書かれたプレートのドアを開けて個室へと入る。それなりに上等なベッドに机が隅に置いてあり、クローゼットがあるだけの狭い部屋だ。
俺は桜をベッドの上へと横たわらせると着替えを枕元に置き、椅子を引いてそれに座る。凝り固まった肩を解しながら今日の出来事について思い出していく。
召喚され、ゴブリンと戦い、転移罠に掛かって桜と出会った。
言葉にすれば簡単なそれだが酷く濃密な時間であった。色々あったが生きていられることに感謝をしている。これからどれほど高く登るのかは分からないが今日の経験が活きることを願っている。
これから上の階層に行くためにもできれば桜と協力する態勢を取りたい。桜にはそれなりの知識があり、俺にはない情報を持っている。俺にとって有益となりうる味方になりえるのだ。
本人の意思次第だがパーティーを組みたいと俺は考えている。それが最善であり、信頼できる人がいないこの場所で唯一生きていける方法であると確信しているからだ。桜は何となく信用できる気がする。あくまで直感であるのだが今回はそれに素直に従おう。
「まぁ何にせよ、糧にはなってもらうぞ、桜」
気絶している桜を眺めながら俺はそうぽつりと呟いた。どこまでいっても俺は利害関係でしか見られない。この世界に来てからは顕著になってしまっている。周りに俺の味方がいなかったからこうするしかなかったのだ。果たして死ぬ前の俺はどんな人生を送っていたのやら。
机の上に伏せて目を閉じると疲れていた分もあり、眠気が襲ってきたのでその流れに任せて俺は意識を闇へと落とした。