狂乱せしゴブリン
シャリスティアと別れた後、右の道をそのまま突き進んだ俺は出てくるゴブリンを倒しながら奥へと進んでいった。魔鋼拳銃ジャッジメントはほとんど反動がないので片手で撃てる。そのおかげで適当に撃てばゴブリンを楽々と倒せている。
何度かゴブリンを倒していて気付いたのだがどうやらこのフロアに人が入ったと同時に魔物がポップする仕組みになっているようであった。それを証拠に俺とシャリスティアが倒したゴブリンが目の前でポップする以外は曲がり角の先などで出くわしている。
既に十のゴブリンを倒していて魔石を十個回収している。これで一食分の食事ができるのかと考えるとなかなかに面倒な仕組みだなと思った。時間という名の採算が合わないのだ。食事の為に魔物を狩るなど非合理的すぎる。近いうちに攻略の為に魔物を狩れるようになりたいものだ。
そんな複雑な思いを胸に何度目かの曲がり角を曲がると途中で広い部屋が見えてきた。何かあるのかとこっそりと見つめると中には猪型の魔物とゴブリンが戦っている様子であった。戦況は猪型の魔物の方が有利に見えた。
「これはまた、面白いゴブリンだな」
いや、むしろ危険なゴブリンだ、と俺は心の内で呟く。
下克上をしようとする程の知恵と反逆心、それを行えるだけの武力。両者が揃って初めてやろうとする行為。それをこのゴブリンは兼ね備えているのだ。更にゴブリンは血走った目をしながら己の傷を省みることなく、戦っている。まるで狂戦士のように狂乱するゴブリンは血をまき散らしながらも猪型の魔物へと棍棒を振るっている。その牙に刺されてもなお、攻撃を止めない様はまさに狂っていた。そのまま何度目かの棍棒を猪型の魔物に打ち込むと猪型の魔物はその場でばたりと倒れ込んだ。
ゴブリンは倒れ伏した猪型の魔物を執拗に攻めて魔石へと変えると戦力を誇示せんと吠えた。俺はそれを冷静に見つめながら魔鋼拳銃ジャッジメントを握り締める。どうやら普通のゴブリンではないらしいことが分かった。未だ他の魔物と戦ったことがないから分からないがゴブリンがこのフロアの最下位のヒエラルキーに存在しているのは何となく分かっていた。なのに、目の前のゴブリンは下克上を果たしたのだ。普通の魔物ではない。ユニークモンスターとか言われる類の魔物に違いない。
そんな緊張からか気配が漏れたのか、はたまた偶然なのか先程まで雄叫びを上げていたゴブリンがこちらを向く。まるでそこに敵がいると言わんばかりに目を瞬かせる。目と目があった俺達は互いにどうするかを一瞬で考えると互いに一気に接近する事になった。
ゴブリンは俺を直接殴り殺す為に、俺は素早いゴブリンに対して至近距離で銃を撃つために。
両者両様の思惑を持ってこの戦闘は突如として始まった。
「シネ!」
そんなゴブリンの声が聞こえると同時に棍棒が振り下ろされる。走ってきた勢いと共に振り下ろされる棍棒を軽く腕を使って添えるようにしてから受け流すと俺は右手に持っていた銃の引き金を引いた。だが、銃の引き金を引くのと同時にゴブリンは反応して銃口からすらりと滑るように半身を避けて銃弾を躱した。
その有り得ない身のこなしに俺は一瞬だけ固まってしまう。だが、それは相手に有利な条件を与えてしまう隙でしかなかった。一瞬の間隙を縫うようにゴブリンの棍棒が俺の頭へ振り下ろされる。気付いた時にはもう遅く、俺はどうにか頭だけを逸らすと棍棒は左肩に激突し、容赦なく鎖骨を折ってしまう。あまりの痛みに声が漏れる。
「ぐわぅ!」
「ギィギィ!!」
「うるせえ!」
痛みを吹き飛ばすために怒鳴り声を上げて気合いを入れ直す。それと平行して銃を連射してゴブリンから距離を取る。俺は潰れた左肩に意識を落としながらも目の前にいるゴブリンの脅威度が自らの命を容易く奪えるレベルであることに戦慄する。幸先が悪すぎる出会いだ。そう思わずにはいられなかった。
当のゴブリンは俺に対して油断なく構えている。戦闘狂であるゴブリンは俺をそれ相応の敵だと認めたのか無闇矢鱈に攻撃することはなくなった。しかし、ゴブリンは油断を無くし、こちらの一挙手一投足を見て行動しようとしている。ゴブリンの癖にやたらと知恵が回るのに驚きつつも、どうやって打開するかを考える。
だが、またもや俺の思考を始めるタイミングでゴブリンは打って出た。もう考えるまでもないと俺は先程のゴブリンを思い出して即座に作戦を開始する。
「ギィ!」
「ああ、終わりにしよう」
ゴブリンの棍棒が振り下ろされるのをあえて至近距離で避ける。本当は当たっても良かったのだがもう痛いのは嫌なのでやめておいた。銃口をゴブリンに向けると銃口から外れるように半身を動かして避けようとする。だが、俺はまだ撃っていない。それはブラフだ。ゴブリンはその体勢のままでは、動くことは叶わない。そこへ銃口を修正して銃撃を叩き込んだ。
連続で撃ったので薬莢が幾つも零れ落ちていく。ゴブリンの胴体に三発ほどの銃弾が貫通して通り抜けていくのを確認した。内臓を貫かれたゴブリンは発狂し、その場で転げ回る。流石のゴブリンも内臓の痛みには弱かったらしい。いや、俺でも悶絶するはずだ。
しかし、ここは戦場だ。命懸けの戦いの場だ。ならば、容赦はなく、またしてはならない。すれば、死ぬのは俺だ。だから、続いて転げ回るゴブリンに向けて銃弾を打ち込んでいった。容赦なく、過激に、必要に銃撃を叩き込んだ。撃つ度に俺の魔力が消費されていく。消費魔力量は5なので少ないがバカスカ撃っていればそれも相応の消費になる。
早く終わらせようとひたすらに撃ち続けているとやがてゴブリンはピクリとも動かなくなり、しばらくした後に魔石へと姿を変えることになった。それを見て俺は息を吐いて緊張を解いた。
「ふぅ……流石に疲れた。死の恐怖はなくならないし、痛みはめちゃくちゃだし、ユニークモンスター的なものもいるしで発見だらけだな」
魔鋼拳銃ジャッジメントを異空間へ格納すると俺はゴブリンが落とした魔石を拾おうと歩き出す。
今回の狂乱ゴブリンはなかなかに厄介な相手だった。恐らく今のステータスで勝てたのは奇跡だろう。魔鋼拳銃ジャッジメントがなければ死んでいたに違いない。そう思うと心の底から恐怖が湧き起こってくる。これからはもう少し安全マージンを取ってから戦いに挑もうと思う。命は一つしかなく、限りがあるのだから。
ようやく辿り着いて魔石を拾い上げる。そこそこ大きいサイズの魔石は紫色が濃く、魔力も通常のゴブリンの魔石よりはある。これだけの大きさがあれば定食位にはなるのではないかと思わず笑みを浮かべる。
「さて、帰るか」
そう呟いて俺は歩き出して、不意に何かを踏んでしまった。カチリと音が鳴る。いや、鳴ってしまった。それは罠を踏んでしまった証であった。
「あっ」
間抜けな声を出しながら俺はやってしまったと罠を避けようと動こうとする。しかし、次の瞬間には足元が輝いて光が溢れ出して間に合わない状態となっていた。それは今日見たばかりの光だった。確か召喚された時にも見た光だと思いながら俺は思考を巡らせる。状況から見て転移の罠だろう。
一体どこに飛ばされてしまうのか。
どんな魔物がいるのか。
どんな危険があるのか。
何故罠がないと思い込んでいたのか。
もう少し警戒すれば良かった。
そんな様々な考えが浮かんでは消えて虚しく通り過ぎていく。焦燥感と未知への高揚感が心の内に同時に湧き起こる。
「まぁ何とかなるか」
投げやり気味にそう言った俺は遂にその場から姿を消すことになった。
§§§
光が止み、目を開けるとそこには巨大なクリスタルがあった。天井にまで届くほどのクリスタルだ。光でやられた視界が戻ってくるとその中にいた者に驚き、目を見張った。中にいたのは裸の少女であったからだ。
腰に辺りまで伸びている艶やかな黒髪、人形のように精緻な顔、小学生くらいの身長。それは美の頂点を行きながらもどこか整いすぎている。端的に言えば人間では有り得ない美しさだった。
「……何だ、これは」
俺がようやく声に出せたのはそんな言葉だけだった。美しすぎる。どんな言葉も飾りにしかならない少女を前にして俺は言葉を失う。どうすればこんなに美しい少女が生まれるのだろうか。禁忌的な美貌、情欲を掻き立てる肢体、艶やかな黒髪。そのどれもが神秘的であり、神々しく見えた。
俺はそれからしばらく呆然として少女が入っているクリスタルを見つめ続けていた。