想いはいつか
あれから神の使徒から情報を搾り取ったが大した情報は受け取れなかった。神の名すら搾り取れなかったので末端も末端が良いところなのだっのだろう。残念ではあるが期待はしていない分、それほど落胆は大きくない。
俺は魔剣と魔鋼拳銃を空間にしまうとエルフィールへと向き直った。用が済めば抹殺なのは当たり前なので首を切り落としたがエルフィールが顔を青くして驚いているのを見て、流石に目の前でやるのはまずかったかと反省する。
「あーエルフィール、大丈夫か?」
「は、はい。容赦がないんですね。首まで落とすなんて」
「こいつは俺の前に立ったからな。元々神を殺すのも竜を殺すのもついでだからな」
「ついで?」
「ああ、神殺しは頼まれたからやろうと思っただけだ。竜はお前さんの力を手にするための布石だ。精霊はこの世界にたくさんいるだろうからな。何かの役に立つと思って」
エルフィールの精霊を見、会話する力はどこかで役に立つと俺は思っている。何があるか分からない世界では能力がある奴はできるだけ味方に入れておいた方が得をするというものだ。それは現時点で味方が二人きりしかいないという意味であり、これから増やすしかないという意味でもある。
そんな俺に対してエルフィールは立ち上がると少し悲しげにこう言った。
「私ではなく、私の力、ですか。私では桜さんにはなり得ないのですね」
「……ああ、そうだな。桜は唯一無二の存在だ。代わりもそれ以上もいないし、なれないよ」
意味が何となく分からなかったがそう答える。事実、桜は変わりが効かない存在であるし、それ以上もそれ以下もなく愛している。心の底から愛しているし、心の底から好きだと言える。本人にそこまで情熱的に言ったことはないが俺の中では荒れ狂う程の熱があると自覚している。
エルフィールの悲しげな顔がより深くなったのは直ぐのことであった。涙がつーと流れるのを見てエルフィールの中にある何かが叶わなかったのだと悟った。それが何であるのかは分からないがきっと大切な物であったのだろう。
エルフィールの中で何かが消化できたのか涙を拭って顔を上げる。
「さぁ帰りましょうか、桐生さん。お父様も待っているはずですからね」
「そうだな、エルフィール」
なんでそんなに悲しそうなんだ。よ。
そんな言葉が出掛かったが自分の答えがそれを齎したのだと分かり、次第に先の言葉の意味を理解し始める。嫌に頭が冴えるのは運命の悪戯なのだろうか。その答えに至った俺は己の愚かさに少しだけ嫌悪した。はっきり答えることが誰かにとって良いことにはならないからだ。
「エルフィール、お前は……」
「桐生さん! それ以上は駄目ですよ。必要がない想いもまたあると思うんです」
そうやって笑うエルフィールはそう答える。エルフの美貌は変わらず健在であるのに輝いて見えないのはきっと俺のせいなのだろう。ぎこちない笑みは涙が流れている時点で台無しになっている。
人を愛するだけで他者を傷つけることがあるとは思わなかった俺は静かにエルフィールの後ろを着いて歩くことにした。
俺も人の想いを無駄にするほど馬鹿ではない。受け入れられる位の許容はできるつもりだ。けれど、目の前にあるそれは悲しくて、切なくて、どうしようもなく、解決できない氷のような問題だ。
俺は桜しか愛を向けられないことに気付き、愕然としつつもエルフィールの想いにどうすればいいのか分からず、ただただ呆けるしかなかった。
俺の心はどうやら既に壊れていたようである。それはまるで同じ物しか入れることができない箱のようであり、決して他に交わることのない黒のようであった。まったく、笑い話にもならないほどに最悪な気分になった。
それからエルフの里に帰ってきたのは数時間後であった。エルフィールを見たエルフ達は湧き上がり、生存を喜んだ。ラハールドはエルフィールを抱き締めて泣き、エルフ達は赤竜が倒された事に大いに泣き喜んだ。俺を英雄だと称え、祭りをするのだとそれぞれ動き始めたのを見て俺はそっと溜め息を吐いた。自分の不甲斐なさというのは他人に示されて改めて分かるというものだ。本当に泣けてしまう。
それを見ていたのか桜が隣にやってきた。愛しくて堪らない桜の手を握った俺はほんの少しだけ心の隙間が満たされた気がした。
「どうかしたの?」
「いや、何だかうまくいかないなぁと思ってな」
「? よく分からないけど、いつでも言ってね。聞いてあげるから」
「ありがとう。じゃあさっそく」
本当は俺だけの問題だ。桜に話すべきでは無いのだろうが俺だけではどうにもならない気がしたので話すことにした。
エルフ達が騒がしく動くのを尻目に俺は桜に訥々と語った。今の俺の状態、エルフィールの想いを。たった二つの問題。されど、難しすぎる問題に俺は頭を抱えているのだと。
桜は真剣に聞いて頷いてくれた。そんな桜は笑いながらこう言った。
「なるほどねぇ。桐生ってそんなに私のこと好きだったの?」
「どうやらそうみたいだ。自覚がないというのは怖いもんだな。好意とはいえな」
苦笑する桜に俺は恥ずかしくなったので視線を逸らしてそう言った。人を好きになるのに理由はないとよく聞くが実際そうなのかもしれない。好きになったから好きになり、愛しているから愛しているのだ。
禅問答のようなその答えに俺は頭を抱えていたが桜はあっけらかんとこう言いだした。
「じゃあさ、桐生。エルフィールも愛してみようよ」
「は? いや、だから俺は桜しか」
俺の口を塞いで桜は俺の言葉から重ねる。それはあまりにも正論であった。
「やってもないうちに諦めるのは馬鹿がする事だよ。やってみても駄目なら諦めたらいいよ」
「ま、まぁそうだけど。その前に桜はいいのか? 他の人を愛するように言うなんて」
「桐生が不器用なだけだよ。だから、大丈夫。さぁ行かないとエルフィールちゃんが待ってるんだから」
「いや、答えになってないんだが」
「最後に私の元に帰ってくるならそれでいいんだよ桐生。エルフィールちゃんはきっと桐生のこと分かってくれるから離しちゃ駄目だよ」
そう言った桜に背中を押される。まさかの答えに俺は言葉を失う。桜にとって俺は独占すべき存在ではないのだろうかとそんな事を考えたが直ぐにその考えは消えてしまった。桜にも考えがあって、そしてやむを得なくそうすることにしたのだと思ったからだ。きっと俺には必要な行程なのだろう。
桜に背を押された俺はエルフィールがいるだろう所へ渋々ながらも行くことにしたのであった。
§§§
桜の言葉に促され、俺はエルフィールを探していた。俺が出す答えはいずれもエルフィールを傷つけてしまうかもしれない。そんな風に思うと怖くもあるがやる前から怖がっていては駄目だと気合いを入れた。
そんなエルフィールは精霊の泉で見つかった。一人、寂しく座っているエルフィールを見つけた俺はその場所へと向かう。
そんなエルフィールの隣に座った俺は顔を上げたエルフィールと目があった。大粒の涙を流すエルフィールは目を見開いてそして、呟いた。
「どうして……?」
「桜曰く、必要なことらしい。俺には何がなんだか分からないんだけどな」
正直、何を言って、何をしてやればいいのかは分からない。何かを言えば、解決するような問題でもない。俺に問題があるのだから尚更だ。
本当の所を言えば、エルフィールに合わせる顔などない。女を泣かせる男は悪いというのが俺の認識だ。だからこそ、何を話せばいいのか分からなかった俺は正直なところを話した。
「俺はな、エルフィール。心が壊れてるようなんだ」
「壊れてる、ですか?」
「ああ、だからエルフィールに対してどう答えればいいか分からないんだ。桜しか愛せないと知って俺は何も言えなかった」
「それは……」
「まぁ実際の所、俺がただ単にそれしか知らないのかもしれないし、実際に壊れてるのかもしれない。桜に言われたよ。やる前に諦めるなってな。さっきまでのエルフと同じだ」
「確かにそうかもしれません。エルフは赤竜に関しては諦めてましたからね」
エルフィールはできた奴だと思う。桜が言ったのはそういった意味もあったのかもしれない。俺にはもったいないという意味では桜もエルフィールも同じだ。本人は認めないだろうが俺はそう思っている。
自分の想いに蓋をするのは難しい事だ。それを行ったエルフの少女を俺は救ってやりたい。それが俺に解決できるならしてあげるべきだ。いや、俺がそうしたいのだ。きっと何かしら俺の中に想いが芽生えているのだ。だから、言おう。
「まぁなんだ。だから、エルフィール」
「はい」
「お前は俺を諦める必要はないぞ。俺は応えることはできる。だけど、その先はどうなるか分からない。俺の心は“まだ”桜にある。それをいくらか自分に向けられるようにしてみろ」
「難しいですね。それって」
「ああ、俺にもどうなるか分からん。けど、それぐらいの方がいいと聞いたことがあるぞ。障害が多い方が恋は燃えるんだそうだ」
「ふふ、何ですかそれ」
答えが見つからない。俺には桜を愛することしかできない。けれど、その他にも何か芽生えることがあるのならそれはきっとエルフィールが何かしらしてくれた時だ。それがエルフィールに対する愛なのか、はたまた別のものになるのかはまた分からないがそうなった時、エルフィールは何らかの決別をし、心の底から笑えるだろう。そんな気がした。いや、そうなるようにしてみたいと思った。
「桐生さんって最低ですね。他の人が好きなのに私に桐生さんをずっと好きになれって言ってるんですよ?」
「そうかもしれん。我ながらどうしようもないと思う。けど、人の気持ちを蔑ろにすることもできないんだ。これから一緒に旅をするなら尚更な」
「なら、少し反省してください」
そう言ったエルフィールは突如、俺の唇に己の唇を押し当てた。しっとりとした感触が伝わってきて、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐってくる。いきなりのことに思考が真っ白になってしまうがそれも一瞬のこと。直ぐに元通りの思考を取り戻す。
よく見る機会がなかったから知らなかったがエルフィールの瞳は琥珀色をしていた。その瞳はしっかりと俺を捉えて離さない。見つめられれば見つめられる程に深みに嵌まるような感覚に陥ってしまう。癖になる感覚というのかもしれない。
戻れなくなってしまう感覚を覚え始めた頃、ようやく唇が離れていくのが分かった。小さく、糸を引きながら離れていく唇。側にあった体温。それらに何故か寂しさを覚えた俺は咄嗟にエルフィールを抱きしめた。
「あ、あの」
「離れるな。一度埋まった物はどうしても埋まりにくくなるんだ。だから、離れるなよエルフィール」
「……はい」
エルフィールは黙って受け入れてくれる。それが嬉しくて俺は笑みを浮かべた。それからしばらくそのままでいた。体温を感じ、鼓動を感じ、息遣いを感じた。それらは全てエルフィールの物であり、また俺の物でもあった。確かな体温はそこにあることを感じさせ、確かな鼓動と確かな息遣いは生きていることを感じさせてくれる。
今、ふと思ったがもしかしたら俺は寂しがり屋なのかもしれない。この人肌の暖かさが恋しくて離したくなかったからだ。人に依存するほどではないが一人では生きていけない証だと思うと笑えてしまう。
「どうしたのですか? 桐生さん」
「いや、何でもない。さぁそろそろ行こう。主役は揃って登場しないとな」
「そうですね。そうだ、桐生さん」
「なんだ?」
「エルフィって呼んでください。お母様がそう呼んでたって聞いた事があります」
「エルフィ」
そう名前を呼ぶとエルフィは嬉しそうに笑った。それから、こう言った。
「桐生さん、私はあなたのことが好きです。だから、いつかこの想いに応えてください。いいえ、いつか応えさせみせます。待っていてくださいね」
「待ってるよ。俺はずっと待ってる。俺にはそれしかできないからずっと、な」
情けない男と呆れるだろうか?
軟弱な男だと謗られるだろうか?
そんな想いもあったがエルフィの笑みを見るとそんな不安もどこかへと消えてしまった。きっといつか、エルフィと本当の意味で笑える日が来たらいいな。そう思ったのであった。




