さぁ契約しようか
森を駆け抜けている間、俺はエルフィールの事について考えていた。
そもそもこうして駆けてきたきっかけはエルフィールの気配が外に動き始めたのに気付いたからだ。家を出て森の方へと行く気配を感じたのは偶然だった。桜をその場に残していく不安と葛藤しながらまぁ桜なら大丈夫だろうと思い至り、エルフィールの後を追ったのだ。
エルフィールは心優しい子だ。自分の命を投げ出して家族だけでなく、エルフ族すらをも救いたいと思っているような子である。その心の広さは空よりも広く、海よりも深い。人族でそんな者がいれば間違いなく、聖女や聖人と呼ばれ崇め奉られるに違いない。
そんなエルフィールであったが自分自身についての願望がごっそりと抜け落ちていた。この点だけはどのエルフも同じであるが赤竜を前にすると絶望に浸る癖でもできているらしい。やる前から諦めるような軟弱者と謗りたい所だが長年の因習は早々に取り払えないものだと理解している。
しかし、それでもやらないといけない時はあるはずだと俺は知っている。偶々ではあるが俺は塔から解放する道を選ぶことができた。この先二つと無い奇跡だろうと思っている。だが、それを達成する事で前に進む事ができた。つまりはエルフも前に進むべきだと俺は思うのだ。
倒せないなら倒せる奴を連れてこればいい。それでも無理なら毒を仕込めばいい。それでもなお、駄目なら罠を仕掛ければいい。ありとあらゆる手段を使って駄目であるのならばその時こそ諦める時だ。
だと言うのに、ここのエルフはやりもしないで諦めている。赤竜の強さに恐れ、仲間を失う怖さに慣れてしまっている。これでは勝てるものも勝てなくなる。負け癖が付いた戦士並みに厄介だ。
森を駆けながら俺は仕方なく決意した。その鎖を解き放ってやろう、と。それができるのは俺だけであり、むしろ俺の他に置いて居ないだろうと思ったからだ。
そうして目の前の赤竜を斬って、蹴り飛ばし、地面へと着地した俺は白装束姿のエルフィールを見る。唖然としながらも顔面蒼白な姿に思わず笑ってしまった。
「なんて顔をしているんだ。頭でも打ったのか?」
「それは……こちらの台詞ですよ。なんて事してくれたんですか。桐生さん、あなたが何をしたのか分かって言ってるんですか?」
「赤竜を斬ってから蹴り飛ばしただけだ。何か文句があるのか?」
「文句って……もう少し焦ったらどうなんです? これからあれは怒り狂って世界樹すらも焼け落ちてしまうじゃないですか。そうなったらお終いですよ」
この世の終わりを見ているようなエルフィールに俺は呆れかえり、少しだけ苛立ったのでデコピンを据えてやる事にした。
俺は正義の味方でも、ましてや救世主や勇者と呼ばれるような人格者じゃない。だが、それでもできることをやろうとするのは間違っているだろうか?
俺はできることをやり、できないことをできるようにするためにこうしてこの地を旅することにしているのだ。その前哨戦たる赤竜で膝を突いている時間など無い。ぶっ飛ばして前に進むしか道がないのに何を迷う必要があるのだか俺には理解が不能だ。道があるならば進むだけだ。道が無いなら切り開けばいい。元々生きるも死ぬも相手次第なのだから遠慮なんてしてやる必要はなかったのだ。最後まで抗うのが人としての在り方だろう。
それがエルフか人かの違いでしかなく、エルフ程の寿命があれば、対策など何十何百と年単位でこさえる事すらできるはずなのだ。臆病者と呼ばれても仕方ない生き方に俺はそろそろうざったく思っていた。
「エルフィール、そろそろ後ろを向くのは止めたらどうだ?」
「そんなの無理ですよ。私は桐生さんほど強くなんてないんですから」
「なら、俺を頼ればいい」
「桐生さんを?」
「そうだ。まぁ報酬は貰うがな。さぁ契約しようか、エルフィール。依頼内容を教えてくれ」
俺は後ろから動く気配を感じとってそう言った。まさか気絶してくれるとは有り難いがそろそろ起きてしまう頃だろう。早めに契約を結んでしまおう。俺の目的もあることだし、ちょうどいい。善人でも無ければ、聖人君子でもない俺だがやることはやる男だ。
「依頼って言われてもですね。赤竜を倒せと言われて倒せるのですか?」
「倒せる倒せないじゃない。倒すんだ。それしか俺もエルフ族も生き残る道はなくなった。元々選択肢なんて二択だったのを俺が選びやすく鏃の方向を揃えてやっただけだ。感謝しろよな」
「ふふ、そんなのずるいじゃないですか。報酬だけはちゃんと取っていくんですね」
「当たり前だろ。善意でするなんて烏滸がましい。俺はやらないといけないことがあるんだ。この程度に煩っている暇はない」
つーと涙を流すエルフィールの表情は悲しみに満ち溢れていた。何を想い、何がエルフィールに涙を流させるのかは分からない。だが、このエルフの少女の命を救ってやりたいと思う程度には情が湧いているのだ。たった数日のことなのに我ながら単純な思考をしていると思う。けれど、それであるからこそ、俺は人であれるのだと思う。人の心を忘れなければどれだけ力を得ようとも人であれるはずだ。だから、叶えよう。願う人がいるならば、叶えてやる。それが実現可能であれば実行しよう。それが俺が目指す何でも屋だろうから。
「桐生さん」
「どうした?」
「赤竜を、倒してください。もう、もう誰も失いたくない! 私はどうなってもいい。けれど、お父様は、エルフは救ってください」
「内容は赤竜討伐。報酬は……そうだな、エルフィール、お前自身だ。それでも俺に依頼するか? 自分の命を賭けられるか? エルフィール」
間髪なく、エルフィールが頷くのを見て俺はニヤリと笑みを浮かべる。度胸があるというよりは元からそのつもりであったようだ。自分にそれだけの価値があると言うのだろう。まさしく、その通りであるがもう少し自分を大切にするべきだ。それくらいは誰であろうと許してくれるはずだ。そうでないなら俺が許してやる。涙を流すエルフィールの頭をくしゃくしゃにして撫でてやる。
「ちょ、ちょっと桐生さん」
「もう少し自分を大切にしろ。俺が許してやる」
「そんなこと言われましても……」
「まぁ徐々に慣れていけばいい。なぁエルフィール。これが終わったら俺の目的に付き合え。そのために俺はお前を報酬にもらうことにした。生死すらも俺のものだ。だから、黙って座って見てろ。俺が今解放してやる」
「あっ」
赤竜が翼を広げ、舞い上がる。その姿はまさに威風堂々。だが、俺にとってはそんなものは塵芥よりも価値がない威厳だ。どれだけ強くとも俺の前に立つのであれば、敵だ。滅ぼすべき敵なのだ。
地面へと降り立つ前に滑空しながら赤竜はブレスを吐こうとする動作をする。俺はそれを見て聖夜の魔剣ホーリー・オブ・ナイトを構えた。怒りに狂う赤竜が灼熱のブレスの吐くのと同時に俺も剣を振るう。
迫り来るブレスを切り裂き、剣がその魔力を全て吸い込んでいく。ブレスと言えど、魔力でできているならば怖いものは無い。聖夜の魔剣ホーリー・オブ・ナイトは黒い刀身の時は魔力を全て吸収する効果を発揮する。
「さぁ前座は終わりだ。そろそろ戦いを始めようぜ」
魔力を剣に込めると黒い刀身が白い刀身へと変わっていく。白い刀身の中心に黒いラインが浮かび上がる。
黒い刀身の中心に白いラインが入った状態をノワールモードとするならば、白い刀身の中心に黒いラインが入った状態はブランモードだ。
呼び方というのは単純なほど覚えやすくて良いものだ。咄嗟に付けたとはいえ、なかなかセンスがある方だと思う。あるよな? 少し不安になってきてしまった。
そんな呑気な事を考えていると赤竜はこちら向けて滑空してくるのが見えた。再び剣を構え、剣の機能を解放する。すると、剣に先程吸収した魔力が纏わり付いた。膨大な魔力が解放され、唸る。赤竜は何を思ったのかそのまま突っ込んでくる。俺はタイミングを見て剣を振り払った。
『死ねぇぇぇぇぇえ!!!』
「はっ!!!」
剣と爪が激突するのと同時に全ての魔力が一気に放出される。膨大なエネルギーが瞬時に解放されれば爆発するのは必須。前方へと解放されたエネルギーは赤竜へと向けて爆発した。
赤竜は声すら上げる暇もなく、後方へと下がったがそれすら遅く、剣から放たれた魔力は赤竜の体を飲み込んだ。後に残ったのはボロボロの翼を持ち、地に足を付け、満身創痍な赤竜の姿であった。
『ぐっ、貴様! 我の食事を邪魔しよって!』
「それは悪かったな。だが、こいつは俺が先に目を付けてたんだ。食べるなら俺の許可を取ってからにしてくれ」
『ほざけ、人族の分際で調子に乗りよって! 今すぐに塵にしてくれる!』
「なら、やってみるといい。さぁこいよ、遊んでやるから」
『ガァァァァァァァ!! 許さん! 許さんぞ! 全て、全て灰にしてやる!』
そう言って赤竜は俺に向かって突進してくる。その巨体はそれなりに早く動くものだが俺からすると牛歩の如くに見えてしまう。エルフィールを抱き上げてから俺は赤竜の尻を蹴り、転ばしてやる。赤竜は前につんのめり、顔から地面へと転ぶ。
「おおっと、危ない危ない。おいおい、転ぶなら歩くなよな。幼稚園児じゃあるまいし」
「あ、あの、桐生さん。こ、こんなに強かったんですか? 赤竜がボロボロじゃないですか」
「そりゃあお前さん、言っただろ? 俺の目的は神殺しだ。その内の一柱を倒せばこれくらいの力を持てるに決まってる。それでもまだ桜の方が強いんだけどな」
俺は基礎ステータス(最初期の値の半分)が低かった。これがもう少し高ければ俺ももう少し強くなれたのだがここのシステムは随分と計算をめんどくさがったらしく、ランダムで数値は上昇しないようになっている。ある程度のレベルになればランダム数値による上昇になると見ているのだがいつになる事やら分からない。
そんなわけでステータス値では桜に負けている俺だが総合的に見れば俺の方が強いのだ。まぁまだスキルも兵装解放しか使っていないので実質補正は無しで戦っている。
立ち上がる赤竜を前に俺は左腕で抱いたままのエルフィールを地面へと降ろすと銃を背中のズボンに挟み込み、剣を両手で構えた。
「まぁそれも偶然が重なった結果だ。本格的な神殺しはこれからだな。前哨戦は神の使徒とやらが残した玩具が相手だ。この程度余裕で倒せなかったら神殺しなんて夢のまた夢だろ?」
「理屈が通ってないですよ桐生さん。普通、倒せないんですよあれは」
俺はそれに曖昧に笑って誤魔化すと満身創痍の赤竜に向けて剣を振りかざす。この剣の切れ味は俺のレベルと共に成長しているのか特上になっている。竜の鱗も楽々斬ることができだ。鱗が剣を振るう度に鱗が飛び、赤竜の悲鳴が聞こえてくる。
『ぐぅ、貴様、ただの人間ではないな』
「今更気付いたか? 俺は最後の勇者。この世界を解放する者だ」
『神の予知は当たっていた訳か。ならば、貴様はここで死ぬはずだ。我が死んだとしても神の使徒がやってくる』
「おお、そうかい。なら、早々に死んでくれ。神の使徒もぶっ殺したいからな」
赤竜はその鋭い爪を横薙ぎにする。オレの胴を断ち切ろうというのだろうがそうは問屋が下ろさない。聖夜の魔剣は切れ味も高いが丈夫さにおいても一二を争うほどに高いのだ。剣で叩きつけるようにして爪を防いだ俺はそのままの勢いで振り抜いた。すると、爪が真っ二つに分かれ、地面へと落ちていく。
『ガァァァァァァァァア!』
「弱い」
スケールの方がまだ強かった。今なら互角で戦える。だというのにこの赤竜は弱すぎる。これでは本当に玩具のような性能だ。もはや遊ぶ必要性すらない。終わらせよう。
「さぁ終わりだ。滅多切りにしてやる」
『ふざけるな! 例え、我が死のうとも森を焼けばエルフ共は終わりだ!』
赤竜がブレスの動作をするのを見て俺は剣に魔力を込めてノワールモードへと戻す。こいつは鳥以下の知能しか無かったらしい。
「お前は学習しないな。俺が最初に何をしたか忘れたのか?」
溜めに溜め、吐き出したブレスが殺到する。それら全てを一振りで剣で吸収した。驚愕する赤竜に俺は笑みを浮かべてさよならの言葉を告げた。
「散れ」
一歩で赤竜の足元に踏み込み、二歩で赤竜の腹へと飛び上がる。身体強化を施した体は能力値も相まってかなりの性能を見せてくれる。そして、剣を突き刺した俺はブランモードへと切り替えてから全ての魔力を解放した。ドッと音がなり、爆発する音が聞こえたかと思うと後には下半身飲みを残した赤竜のみがあった。命の灯火が消えた赤竜はその場で大きな音を立てたながら地面へと沈み込んだ。
「赤竜が、し、死んだ?」
「おう。勝ったぞ。後は神の使徒だけだな」
「神の使徒……? そんなのも来るのですか?」
「来なかったら来なかったで別にいいんだけどな。ああ、やっぱり来たか」
俺がそう言うと同時に物凄いスピードでこちらへと向かってくる反応が見えた。赤竜が倒された反応を見て慌ててこちらへと向かってきたという感じだ。ならば、歓迎して上げなければならないだろう。
そう思って、それへ向けて背中にしまっていた銃を向けると俺は躊躇わずに連射した。相手は高速で回避しながらもこちらへ向かってくる。なかなかの機動力だ。しかし、このジャッジメントは射程距離が長すぎる。拳銃の癖にライフル並みに射程距離があるのだから笑えてしまう。もしかしたら弾丸もそれらしい物に勝手に変わるのかもしれない。これが終わったら検証しよう。
こちらへと猛然と迫り来る相手であったが不意に何かを感じるものがあって俺は呟いた。
「あ、死んだなあいつ」
「どうしてです? こっちに向かって来てるって言ってましたけど」
「俺の相棒は弓の名手なんだよ。エルフだけが弓を使えると思ってたか?」
「それって……」
俺の銃撃にも高速で避けていた相手であったが突如飛来した矢によって腸を貫かれ、俺の目の前に不時着する。俺は桜が矢を外した所を見たことがない。ホムンクルスになって目も良くなっていることであろうし、尚更外すはずもない。元々俺が牽制、桜が本命であったのだ。俺の相棒は弓の名手だからな。
そんな墜ちてきた相手を見てみるとどうやら女性の姿をしているようである神の使徒は呻き声を上げながらこちらを見る。瞳が赤く、肌は恐ろしい程に白い。
「貴様、が赤竜を倒した、のか」
「おお、まだ息があったのか。じゃあ始めようか」
「何、を」
「何をって、なぁ。分かるだろ? お前さんは来るべきじゃなかった。少なくとも俺に神の情報が渡ることは無かったんだから」
「貴様……!」
「そうだ。俺はお前たちを殺しにやってきた奴らだよ。さぁ吐いてもらおうか。俺は女にも容赦はしないぞ。精々早めに吐いてくれ。俺の気が削がれない内にな」
俺はそう言って一歩、神の使徒へと近付いた。俺はきっと物凄く悪い笑みを浮かべているに違いない。人を弄るのは楽しいと感じるのはその反応が楽しいからだ。精々煽りまくって精神的に優位に立ってやる。
「さぁ答えろ、神はどんな奴なんだ?」




