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神殺しの解放者《リベレイター》  作者: 炎の人
二章・解放の旋律《リベレイト・メロディー》
20/27

エルフィールと デート

 深い眠りから目を覚ました俺はゆっくりと起き上がると大きく背伸びをした。どうやら既に日は登り、朝が来ていたようであった。ふと、横を向くと隣で寝ていた桜は既に起きていたようでこちらを覗き込んでいるのが見えた。くりっとした黒い瞳と目が合うとにこりと笑って微笑んだ。相変わらず禁忌的に美しいその顔で笑みを浮かべてくれる。


「おはよう、桜。朝早いな」

「うん、おはよう。ホムンクルスの体のせいか体内時計が正確なんだよね。だから、この時間に起きようと思ったら起きれるようになったの」

「便利だなそれ。今度から桜に起こしてもらおうかね」

「それは駄目。桐生の寝顔が見れなくなるからね」

「俺の寝顔なんか見ても面白くないだろ? というか、それでも起こせるだろ」

「ふふ、それは秘密。桐生には分からないよ。まぁ起こすのはいいかな」


 いや、分からないことはないんだが男の俺にそんな風にされても正直戸惑ってしまう。自他共に普通であると認めるこの俺の顔など見ても面白くないと思うのだ。それならば、まだ桜の綺麗な寝顔を見ている方が幾分以上に価値があるように思えるのだが桜はそうは思わないらしい。俺が桜を愛しているように桜もまた俺を愛している。だからこそ、そう思えるのだろうが些か恥ずかしいものがある。

 可愛く微笑みを浮かべる桜に言葉では勝てそうにないと悟ったのでとりあえず起き上がることにした。


「まぁでも桜さんや。俺の寝顔を見るのもいいけど、側から離れるのはやめてくれ。少し寂しく感じるからな」

「むーなるべく努力するよ。桐生が望むならね」

「素直でよろしい」


 桜の頭を撫でると嬉しそうに笑ったので俺も釣られて笑みを浮かべる。時たま、妹のように感じてしまうのはこういうところがあるからだろうなと思った。


 それから部屋の外へと出た俺は桜と共に居間へと行くとエルフィールやその父であるラハールドに挨拶を交わした。既に朝食はできているようであるらしく、美味しそうな匂いが漂っている。


「あ、起きたんですね。おはようござます。そろそろ呼びに行こうかと思ってたんですけど、必要なかったみたいですね」

「おはよう、エルフィール。今日は早く起きれたからな」

「さぁお二方、早く食べようではないか」

「お父様、せっかちはいけませんよ?」

「はは、お前の作るご飯はうまいんだ。早く食べないとせめて美味しくなくなっていく」

「もうお父様ったら」


 そんなどこかで見たことがあるやりとりを見て俺はエルフィールの親子の仲の良さを垣間見た。肉親と共に在れるというのは凄く良いことだ。それは掛け替えのないものであり、一度手放せば二度と手に入らないものである。俺や桜は家族と会うことすらもはや叶うことは無い。異世界に行くにしても桜は元の体ではない以上、本人とも判別できないであろう。

 しかし、俺には桜が、桜には俺が、というように新たな家族がいるので悲しく思うことはない。隣にいる存在は掛け替えのないものであり、もはや手離せないものであるからだ。


「ふむ、うまいな。まともな物を食べられるのは有り難いと身に染みて分かる」

「それは頑張って作った甲斐がありました」

「エルフィールちゃんは将来良いお嫁さんになれるかもね」

「はは、ありがとうございます。桜さんは料理はしないので?」

「うーん。私は苦手なんだよね。一度失敗してからはやらないようにしてるの。ほら、よくどうしても料理が不味くなる人っているでしょ? それなんだよね私」


 あははと笑う桜であったが意外に思ったのは内緒だ。所々、女の子らしい所作を感じさせる(文字通り女の子なのだが)桜にそんな弱点のようなものが存在してたとは思わなかったのだ。

 桜の手料理が食べられる日が来ないと思うと少し残念に思ってしまう。そんな俺の表情を見たのか桜が不安げに問う。


「やっぱり桐生は料理ができる方が良かった?」

「そんなの関係ないぞ。ここはそういう所じゃないしな」

「そっか。そうだね」

「? お二人共どうしたのです?」

「エルフィール、夫婦だけが分かるものがあるのだ。無粋な真似はするな」

「そうなんですか」

「いや、まだ結婚はしてないんだけどね?」


 桜がそう言うとラハールドは目を見開いて驚き、そして声を上げて笑い出した。


「はっははは。これは申し訳ない。それだけ仲がいいとそう言う風に見えてしまうものでしてな。そうは言われるものの実質変わらないのではないですかな?」

「まぁその辺は拘りとかそう言ったもんだろうな。恋人同士の時しか味わえないもの、夫婦の時にのみ分かるものってあるだろ? そういう雰囲気を味わうんだよ」

「なるほど。私達エルフは寿命が長いですからどうしてもそういった雰囲気は百年もしたらどうしても冷めてしまうのですが羨ましい限りです」

「文化の違いという奴だな。寿命による文化の違いはどうしてもな。もしかしたら遺伝的なものも関係してるかもしれないけど、そうなってしまうんだろうな」

「ええ、ええ。仲には例外もありますがな。私と妻もその例外でしたしね」

「お父様はお母様に頭が上がらないっていつも言ってましたよね」

「お、おい。それは話さなくていいだろう?」

「今は私に頭が上がらないってところですか、お父様?」

「それはまたラハールドさんも大変ですねぇ」

「桜殿、言わないで頂きたい。男というのは女が支えていないと生きれない生物なのだよ。なぁ桐生殿」

「ああ、その通りだな。気持ちは分かるぜ。ここぞという時の女は強いからなぁ」


 全くもって不可解だがそういう時に限って有り難く感じてしまうのだ。俺の場合、頭を下げることなどないがそれでも頼もしく感じる気持ちはある。そういう時は思いっきり甘えるのが男の役目だろう。男を支える女は総じて強いものなのだ。

 仕方ないのだと笑うラハールドに俺はこんな事を聞かれた。


「ははは、全くですな。ところで桐生殿。お願いがあるのですがよろしいですかな?」

「依頼ではなく、お願い、ね」


 簡単にできることなら別にお代は取らない。俺もそこまで徹底して何でも屋を始めようとしたわけじゃない。そもそも路銀稼ぎのつもりであるのだから細々したのまで受けてやるより大きな仕事を大きな額で受ける方がお得なのだ。

 神妙な顔をするラハールドは続いてこう言ってきた。


「はい。というのもうちの娘の事だ。この子は家で大事に育てきたせいか、男と触れ合う機会が少なくてな。そこで桐生殿と逢い引きの真似事でいいので経験させてやりたいのだがどうかね?」

「お父様? 桐生さんには桜さんがいるんだから」

「それはいいかも。桐生、言ってきたら? 拙僧無しは駄目だけど、エルフィールなら大丈夫だよ」


 そんな提案が桜からなされ、ラハールドが頷き、そして俺はこう言わざるを得なくなった。というよりは流れに乗ったと言ってもいい。エルフとデートをする機会というのは早々あることではない。特に恋人を持っている俺からすると尚更だ。

 しかし、ここは女に恥を掻かせてまで引き下がることはない。桜の許可も得たのだし、男らしく行くとしよう。


「エルフィール、今からデートに行こうか。大丈夫、俺も初めてだ。少し里を歩くくらいだからな」

「あの、えと、はい。よろしくお願いします」


 真っ赤に頬を染める娘を見てラハールドは笑い、そして娘に叱られている。俺と桜はそれを見て少しだけ先の未来を思い浮かべていた。


「私達もあんな風になれるかな?」

「まだだいぶ先の話だ。というかホムンクルスって子供を産めるのか?」

「多分、無理だね。そういう風には造ってないし」

「じゃあ適当に孤児でも拾って育てるか?」

「うん、それが現実的だね。ありがと、桐生」

「どういたしまして。でも」

「でも?」


 俺は桜に耳打ちをして内容を告げる。俺の欲望が迸る内容に桜は恥ずかしげに、しかし可愛く上目遣いでこう言った。


「エッチ」

「ああ、でも駄目か?」

「桐生って私が断らないの知ってて言ってるでしょ」

「まぁな。愛してるぞ、桜」

「誤魔化しても許さないんだから」


 つんとそっぽを向く桜に俺はつんつんとその頬を付いて弄ぶ。ぷくりと膨らんだ頬から空気が抜けては入り、抜けては入っていく。そんな子供のようで愛らしいその姿に俺は魅了される。愛おしくて堪らない存在との未来を想い馳せる事は何よりもの幸せだ。掴み取り甲斐がある未来へと向かうためにも色々と努力を惜しまないでいきたい。

 それからしばらく親子喧嘩を見ながら俺達もまた小さな喧嘩、もといイチャイチャしていたのであった。

 

§§§

 

「エルフの里は土魔法が使えるからこそ成り立っているんです」


 そう言ったのは隣で大きく伸びをした巫女装束姿のエルフィールであった。髪を結い上げているせいで綺麗なうなじが見えて少しだけどきりとさせられてしまう。女性というのは時たま何でもないことで女性らしさを伝えてくるので困ってしまう。だからこそ、男は女の色香に惑わされて浮気などをしてしまうのかもしれない。そう思うと男というのはどうしようもなく愚かな生き物だ。幸か不幸かその愚かな生き物に俺は当てはまらなかった。桜一辺倒に愛を持つ俺は浮気をする事などない。

 それはともかく、ラハールドのお願いでエルフィールと共にデートへと行くことになった俺は家を出て早々にこの里の産業について解説を受けていた。


「エルフは土魔法が使えるのか?」

「正しくは土魔法の魔道具ですね。私達の一部の部族にはドワーフの血も入っているので使える者もいますけどね」

「なるほどね。土魔法で土質改善しながら水田を作り上げた訳だ」

「その通りです。もちろん、ドワーフの方々に教わった結果の産物なんですけどね。今ではすっかり私達の技術として成り立っています。魔法無しでの育成方法も長い時を掛けて見出しているので魔法が使えなくても問題はないようになっています」

「エルフならではの利点と言ったところか。長い時間が使えるのは」

「そうかもしれませんね。人が死ねばそれだけ長く悲しむことになりますので一概に良いものとは呼べないですけど」


 長命種の欠点とも呼べるそれを聞いて確かに、と俺は思う。人生観もといエルフ観というのはよく分からないが悲しみに暮れる時間は長く取れてしまうのだろう。長く生きるということは長く覚えているということだ。千の寿命を持つエルフは人間で言うならば、十の人の死を見送る事になる。人は命が短いためにそんな時間すらも惜しまないといけない。そのために葬式という儀式をするがエルフにはそう言った文化はないそうだ。中々に難儀な生き物だと思い知らされる。

 エルフィールは俺の袖を掴んで引っ張り出した。


「さぁ今日はデートをしてくれるのでしょう? 私はこれでも女の子ですから楽しませて下さいね、桐生さん」

「俺にそんな期待されてもなぁ。まぁ精々飽きられないように頑張るとしよう」

「はい。楽しみにしています。と、言っても専ら私がこの里の案内をするだけで終わりそうですけど」

「それは仕方ない。代わりに俺の故郷の話をしてやろうか。魔法を使わないで発展してきた凄い国だからな」

「そんな国があるんですか。凄いですね」

「おう。とりあえず案内は頼んだぞ」

「お任せ下さい。この里の案内も巫女の役目ですから」


 エルフィールは小さなく頭を下げると俺の前を歩きだした。

 エルフの里自体はそれほど大きくない。エルフの数が減るに連れて縮小傾向にあったようである。そのせいか歩いていける範囲に全てのエルフが見受けられる。ざっと百人程度にまで数を減らしているとエルフィールは言っていた。新たに子供も生まれていないというのでこのまま近い内に絶滅してしまうかもしれない。


「エルフの里は長らく人を招いていないですからね。特に目立った物はありません。外の世界にあるような店もないんですよ」

「内だけの世界ならいらないだろうしな。大抵は物々交換か?」

「そうなりますね。あるいは村全体で共有した物を分配しています。お米は量が量なので結構余っているんですよ。良かったら持って行かれますか?」

「ああ、頼む。あるだけもらって行こう。どれくらい余っているんだ?」

「時を止める魔法を掛けた倉庫の中にいっぱい入っていますね。ですから品質は問題ありません。あ、あれがそうですね」


 エルフィールが指差す先を見て俺はその大きさに驚く。バスケットコート二個分くらいの大きさの倉庫があったからだ。あの中にいっぱい入っているとなるとかなり消費しきれていないという事になる。玄米や白米にして食べるにしろエルフでもそれほど食べるものではないのかもしれない。


「こりゃあまた多いな。エルフでは消費しきれなかったのか?」

「私達エルフは米を主食にはしていませんので。四年に一度作っていたらあの中が満タンになるほどになっていましたね。私が丁度12歳なので今年は収穫時期ですね」

「12だったのかエルフィールは」

「そうですけど。やはり年齢は分かりにくいものですか?」

「ああ、エルフィールも他のエルフも見分けが付かないな。俺達の年からするとまだまだ子供なんだがそんな風に見えないな」

「ふふ、それはそうかもしれませんね。エルフは体が育つのは早いですが精神が老成していくのは遅いですから」

「なるほどな。倉庫の中を見てみてもいいか?」

「はい。いいですよ。どうぞこちらへ」


 案内されるがままに倉庫の中へと入るとそこには米俵や袋が沢山積み上げられている。どうやら俵を作る文化もあるようだ。日本では廃れてきていると聞くがここでは活用されているようである。俺も見るのは初めてなのでこんなに大きいのかと少しだけ感動を覚えた。

 俺は特大のスーパー袋に等しい大きさの袋の一つを触り、エルフィールを見る。


「この袋は?」

「それは保存袋です。今では失われた属性と呼ばれるロスト属性を使った喪失魔法ロスト・マジックを使って作られたアーティファクトです。火、水、土、風の四属性しか使われなくなったのはそう言った理由があるんです。で、そんなアーティファクトが何故ここにあるかというとドワーフ族がこの里に出る時に置いていったんです。不義理をするお詫びとして」

「不義理、ね。ドワーフ族はやむを得なく出て行ったのか?」

「ドワーフ族にとって鍛冶をすることは命です。それが結界に閉じこめられた事によって近くの鉱山に向かうことができなくなったのです。そのためにドワーフ族は出て行く事になりました」

「そのドワーフ族はどこへ?」

「近くの山へと籠もっていると聞いています。ドワーフ族の寿命は五百年とエルフ族の半分ですからここの事を覚えているかどうか分からないですけどね。ドワーフ族によれば、その昔に勇者と自称する者がたくさん作り置いていったとか言ってましたね」


 勇者。その単語を聞いて俺は塔を出て行った存在がいるのを思い出していた。スケールの持つ記憶によれば出て行ったのは四人。男二人、女二人の半々だそうだ。それぞれ時代は違うが出て行ったのは確かでその後の行方までは知らないがその中に空間魔法を使える勇者がいたのを思い出した。そいつが保存袋を作って置いていったのかもしれない。

 それが分かったからといってどうこうするつもりはないが勇者がどう生きてどう死んだのかくらいは知りたいと思っている。俺達の今後の方針にもなるし、子孫が残っていればあってみたい。無闇矢鱈に文化を広げては駄目なのかどうかとか色々と考えることがあるが勇者の行動を参考にしたいものだ。

 エルフィールは更に説明を続けた。


「というわけで、ここにある保存袋100個の中にはこの倉庫くらいの量が入っています。更に米俵は計600個くらいです。これだけあれば一部族は余裕で養えるでしょうね」

「まぁ貰えるなら有り難いな。俺達日本人にとっては米はソウルフードだからな。本当にいいのか?」

「はい。あり余ってても食べられなければもったいないですからね。誰かが食べてくれる方がこの米達も嬉しいでしょうし」


 それから倉庫を後にした俺達は変に分けられている木々の所へと辿り着いていた。そこには所々、木の実が成っており、エルフの女性がもぎ取って籠に入れているのが見える。

 そんな作業を見ているとエルフィールが一つの果実を俺の前に差し出した。


「これはアプルと言います。ドワーフ族の方の中にはアップルという方もいましたが美味しいですよ」

「故郷の言葉でりんごを示す言葉だな。どれ……ふむ同じ味だな。美味しい」

「それは良かった。ここは見ての通り果樹園となります。私が精霊にお願いして環境を整えているのでいつでも出来立てが食べられます。他にもバナナやペアと呼ばれる果物がありますから機会があれば食べてみて下さい」

「分かった。しかし、精霊が管理してるのか。何か特別なことをしてるのか?」

「いえ、私がお願いしたらそうしてくれたんですよ。私がわがままを言った所に精霊が反応しましてこうなったのが始まりです」

「果物が好きなのかエルフィールは」

「恥ずかしながらそうなります。里では唯一の甘い物ですから」


 そう言って顔を羞恥で顔を赤く染める。エルフィールとしても幼き日の過ちとして忘れ去りたいのだろう。だが、そう言った事に限って忘れられないものだ。俺にはそう言った経験はあまりないがよく分かる。ちなみに中二病には掛かったことはない。

 次にどこ行こうかと考えているとエルフィールが聞いてきた。


「さて、次はどこにしましょうか。里で重要な所って意外と少ないですからね。えーと、精霊の泉がいいですか? それとも武器庫とか?」

「武器庫はないだろ、武器庫は。精霊の泉というのは?」


 俺が苦笑してそう聞くとエルフィールも苦笑して答えてくれる。


「あはは、そうですよね。精霊の泉は私達の飲み水を補給できる精霊が住む場所です」

「じゃあそこに行こうか。今日はデートだ。二人きりの方がそれらしくなるだろうからな」

「わ、分かりました。では、精霊の泉に行きましょう」


 精霊の住む場所であり、エルフ族の水を供給する場所でもある精霊の泉に辿り着いたのはそれから数十分後の事だった。里から離れた位置にあったらしく、それなりに歩いたが遠いと言うほど離れてはいないらしい。

 目の前に広がる泉は澄んでいて確かに精霊が住んでいそうであった。エルフィールの目には精霊がたくさん見えているらしいのだが俺には全く見えていない。ファンタジーという言葉一つで解決できるのはいいがいずれ解明できるならどうして見える見えないが分かれるのかを解明したいものだ。大方スキルに関連していそうだが調べ甲斐はある。

 俺が泉の近くに座ると隣にエルフィールが座り込む。


「ここは私のお気に入りの場所なんです。精霊達がいて、他には水汲み以外には訪れないですから静かなんですよ」

「俺も気に入ったよ。俺も静かな場所が好きだからな」

「ふふ、それは良かったです」


 そう言ってエルフィールは笑った。この場所は静かで考え事をするには適している。エルフィールはここでずっと悩んできたのだろう。里のために自らの命が使われることが正しいのかどうかを。

 そんな事を考えていると隣にいたエルフィールがお礼を言ってきた。


「今日はありがとうございました。お父様の我が儘に付き合ってくださって」

「いや、こちらこそ綺麗なお嬢さんと縁を持てたのは男として幸運なことだ。気にしないでほしい」

「桐生さんって女誑しなんて言われませんでしたか?」

「桜に散々言われたよ。これでも一途なつもりなんだけど」


 俺は苦笑しながらエルフィールにそう言うとエルフィールも苦笑していた。里が狭いこともあり、あっという間ではあったが中々に楽しい一時であった。きっと桜とならイチャラブしながらの一時になっただろう。エルフィールとそうならなかったのは恋人では無いというのもあるがエルフィールが共にいるだけで男を立てる存在であるからだろう。俺の被害妄想の可能性もあるので明確にはできないのが悲しい所だが。

 エルフィールは泉を眺めながら唐突に話し始めた。


「お父様も私には生きてほしいのでしょうね。けれど、それは敵いません。赤竜とはそういう存在です」

「赤竜、か」

「はい。私は竜に命を捧げてエルフ族を救う道筋を選ばないといけません。ですから、男の人とお付き合いなんてしませんでした。死んでしまっては意味がないですからね」

「……………………」

「桐生さんには悪いですけど、良い体験ができましたよ。デートというのはこうして二人で楽しむ物なんですよね?」

「そうだな。元々そういうものだ。楽しかったか?」

「はい、それはとても」


 その笑みはどこか諦観と悲しみが籠もったものであった。そんな顔を見た俺はつい、言ってしまった。ほんの少し気になったからだ。


「エルフィール、お前さんはそれでいいのか? 命を投げ捨ててまで救いたいと思うなら戦ってみてもいいんじゃないのか?」

「私にはとても無理です。とても弱いですから弓も引いた事はないですし、精霊とお話ができるくらいが得意な女の子なんですよ?」

「確かに、綺麗でお淑やかでとても側に置いときたくなる女の子だ」


 そんな言葉を吐き出してみると顔を真っ赤にするのだから面白い。初な子ほど可愛いと思えるのは弄り甲斐があるからだろう。これだと俺が悪い男に聞こえてしまうのが難点だがあながち間違っていないので無視をしておこう。

 そんな慌てた様子のエルフィールが俺に問う。


「き、桐生さん?」

「どうした?」

「い、いえ。桜さんがいるのに他の女の子を口説くんだなぁと思いまして」

「別に問題はない。こう言うのは受け取り手次第の言葉だからな」

「それはまた、酷い人ですね」

「精々騙されないようにな」


 俺が笑ってそう伝えるとエルフィールもそうですねと真面目に答えた。

 そんなエルフィールへ俺は一つだけ言っておく事にした。少しの間とはいえ、共に過ごした者からの忠告だ。


「なぁエルフィール」

「何でしょう桐生さん」

「俺は何でも屋だからな。報酬さえ払ってもらったら赤竜を倒してもいいぜ。気が向いたら声を掛けてくれや」


 そう言って俺は立ち上がり、エルフィールに近付いて額へキスを送る。デートにキスは付き物だ。いや、俺が勝手にそう思っているだけだが思い出にはなるだろう。

 本当に楽しそうに笑うエルフィールには生を掴み取って欲しい。それが俺の想いだ。

 惚けたエルフィールの頭を軽く撫でてやってからその場を去ることにした。これはまた後で桜に怒られるかもな、なんて思いながら。


「後はお前次第だ。よーく考えろよ。お嬢ちゃん」


 死にに行く少女に希望の糸を垂らして対価を求める。

 これではまるで悪魔のような行いだなと思い、まさに悪魔の所業のような契約であるのに苦笑した。きっとエルフィールはこの手を掴むことがないと知りながらも俺はその提案をせざるを得なかった。どうしても救いたいと思ってしまったのだ。エルフィールという小さくて精一杯悩むどこにでもいる女の子のことを。




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