エルフとの邂逅
二章開始です。書き始めてから色々と設定がガバガバなのを痛感しています。というか、基本がなっていないんですよね。それでもとりあえず完結目指して行きますので宜しくお願いします。
目の前に広がるのは草原だ。緑、緑、緑。草、草、草。風が通り抜ければ雑草が小気味よく揺れていくのが見える。日本にいればまずお目にかかれない場所でもある。
そんな草っぱらがひたすら広がる草原を俺達は歩いている。本当に何もない草原であった。しかし風が吹き、太陽が照り付ける。当たり前の事が今はとにかく嬉しかった。何故なら、今まで感じ、浴びてこれなかった物だからだ。
そんな俺の隣には美しい少女がいた。人形のような容姿、小学生のように低い身長を持ち、絶望的な胸を持つ愛しい少女だ。その正体はホムンクルスであり、その中に日本人の魂を埋め込まれた存在である。
何度見ても美しいと思えるその容姿を持つ少女━━桜がこちらを向いてその黒い瞳でこちらを見つめてきた。
「あー気持ちいい。ねぇ桐生。こっちで良かったの? 向こうの方が街がありそうな気がするけど」
そんな桜の言葉を聞き、今更ながらそうすれば良かったと思ったが、口には出さないでまた別の言葉を出した。要は言い訳だ。
「とりあえずは楽しめればいいんだ。桜もそうだろ? せっかく外に出れたんだから」
「まぁそりゃあそうだけどさ」
神贄の塔から脱出できることになった俺達はシャリスティアと別れ、適当に歩いてきたのだ。素直に着いて行けば良かったのかもしれないが元々どこに行っても暮らせるだけの食料は桜がアイテムボックスの中に持っているので問題にはならない。つまりは街を目指さずに旅をできる準備は整っていた訳だ。
桜はどこか不満げに俺を見つつも隣を歩いている。何が不満なのか分からなかった俺は聞いてみることにした。
「何か不満でもあるのか?」
「大ありだよ! 桐生ってば、私をなんだと思ってるのかな? これでも女の子なんだよ? ふかふかのベッドで寝たいし、桐生の腕に包まれて寝たいお年頃なの! 分かる?」
「最後のは何なんだよ。そう言うのは叶えてやれるぞ?」
「こんな草原でやられても嬉しくありませーん。まぁまだ野宿すらしてないから何も言えないんだけどね」
そうこうしている内に二時間は歩いているのだ。桜の愚痴も分からないでもなかったが我慢して欲しいものだ。俺とて同じように歩いているのだし、条件は同じなのだ。そんな風に思ったが隣にいる可愛い桜の為ならばと俺はひょいっと桜をお姫様だっこしてやった。
「ほらよ、これで楽になったか?」
「ひゃ、ひゃい!」
「今更緊張するなよな。好きだとか愛してるだとか言った仲なのにさ」
「それとこれとは別なの。そもそも女の子の理想をこうポンポンと叶えるのはダメなんだから」
「と、言われてもな。背負ってたとしても風情がないだろ?」
「正論だから言い返せない」
「可愛い桜の顔が見れないのは俺も悲しいんだ。我慢してくれ」
「そう言うのはもっとムードを盛り上げてから言ってよね」
そんな事を言いながらも嬉しそうに笑みを浮かべる桜を見て俺はやれやれと笑みを浮かべた。
俺と桜の関係を言い表すならば恋人というのが正しいのだろう。明確に恋人になってくれと言ったわけではないが何となくそうなっている。固有スキルの効果から解放されてもなお、俺は桜を好きでいるのはきっとこの天真爛漫な姿を見せられたからだ。気付かない内に恋が募り、今それが開花していると思うと何とも複雑な気分になってしまう。
しかし、そうなったものは仕方ないと割り切るしかない。それが運命だと言うなら俺は信じるだろう。胸の内にある暖かさがそれを証明している。そんな愛しい対象である桜と共にあれることを喜ぶのは必然であった。
結局、桜には強く出れないというのが今の俺だ。惚れた弱みとはまさにこのことであろう。何でもしてあげたくなるこの気持ちは何人であれ、察することはできない。人それぞれ違った想いがあるのだから。
ふと、我に返った俺は一つの言葉を口にしてみる事にした。
「桜、俺はお前のことが好きだ」
「私も桐生のことが大好きだけど、どうしたの急に?」
「言ってみただけだよ」
打てば響くように返された言葉が嬉しくて俺の心は歓喜で包まれた。同じ想いをしていると言うのはそれだけで格別な甘美を俺に齎してくれる。
それが嬉しくて俺は思わず桜に口付けをしてしまう。短く触れるようなキス。一瞬の触れ合いがより愛しさを増やすスパイスとなる。突然のことに驚いていた桜であったがニヤニヤとした笑みを浮かべながら俺に言う。
「桐生くん、誰がキスをしていいと許可したのかな?」
「はは、桜先生。面白いことを言う。キスとは無許可でするから興奮するのですよ」
「うふふふ」
「あははは」
「「いざ、尋常に勝負!?」」
何の勝負かすら分からないまま、俺達は唐突にそう言った。互いに笑みを浮かべながら、目は笑っていなかった。何がしたいのか分からないままに時は過ぎる。そしてどちらからともなく笑い出した。
「桐生が私のことが好きでよかった。何度聞いても私の中で嬉しさがこみ上げてくるの」
「そうか」
「うん。桐生は私を惚れさす天才だね。どうやったらそうなるのかな?」
「それは……あれだ。お前さんが可愛いからだよ。俺はそう思ってる」
「もう桐生ったら。褒めても何も出ないからね?」
可愛い、小さい、美しいの三拍子を整えた存在である桜は照れながら笑う。この少女のためならば俺は何でもしてしまう事だろう。それ程までに俺は入れ込んでしまっている。
桜に襲い掛かる愚か者のせいで世界が滅びなければいいなぁという願望すら抱いている程だ。いつかそんな日が来ない事を願いながら桜を愛おしく思った。
それから数分後、桜をお姫様だっこで運びながら歩いていると壁にぶち当たってしまった。先があるように見えるのに先へと進めない壁があったのだ。
「何でこの先行けないんだろ? 結界とか? この先に世界はありませんとか言うのもあるかも」
「前者はともかく、後者はないだろ。消去法で前者だな。軽く殴ってみると反動が返ってきたからな。壊そうと思えば壊せると思うぞ。但し、相手に気付かれるだろうけどな」
「じゃあどこか入り口を探すしかないのか。見た感じは草原が続いているんだけどね」
桜の言うとおり阻む壁の先は草原が続いているように見えた。外に出ていきなり摩訶不思議に出会った訳だが詰みから始まるとは思わなかった。
ぺたぺたと触っても何の反応も示さないその壁に俺は壊す以外の解決策を見つけられない。相当強固な結界みたいだが今の俺で壊せるかどうか分からない。これが魔法でできているならホーリー・オブ・ナイトを使えば解決するのだろうが……。
「まぁ無理なもんは無理だ。別に急ぐわけでもなし、ゆっくり調べようや」
「桐生がそう言うならそうしよっか。とりあえずここで野宿かな?」
「そうなるな。風が少し心配だがくっついて寝れば何とかなるだろ。幸い、壁があるからもたれて寝ることができるしな」
桜はアイテムボックスから白いパンを取り出すと俺に手渡してきた。あのアーティファクトで作り出したパンしかないが当面の旅で食べる分には充分だ。一口食べるとそのふわふわさに心を奪われる。
「美味しいな。こんなの持ってたなら食べれば良かったのに」
「忘れてたんだよ。ホムンクルスに魂を入れられてから徐々に馴染むように記憶を思い出している形になってるの」
「へぇ適合している途中って訳か」
「多分ね」
「そういや桜って元々どんな容姿だったんだ?」
「自分で言うのもなんだけどそこそこ綺麗だったと思うよ。社長令嬢って奴でね。美容には気を使ってたし」
「社長令嬢とかどこの漫画だよ。俺は普通の高校生だぞ。格差がすげぇよ」
「如何にも普通って感じだもんね桐生。どこにでもいそうな感じがね」
「桜に言われたくないぞ。いわゆる高嶺の花って奴だしな。あんな事がなけりゃ話すことすら無かったかもな」
「それは確かに。そう思えば私達は運命って奴なのかな? 桐生と出会えなかったらどうなってたんだろ?」
もしも俺が確かに桜と出会えてなかったら今頃どうなっていた、か。
本当にどうなっていたのだろう。俺の心は壊れ、ひたすら魔物を殺す機械に成り下がっていたかもしれない。そもそも桜の固有スキルである異性魅力の効果のおかげで俺の心は桜一辺倒に染まった訳だがこれがまたうまいこと作用して俺に心の余裕を与えてくれたのだ。そう言う意味ではいいスキルではあった。
もしかしたらシャリスティアとどうにかなっていたかもしれないし、塔から出るのも遅れてたかもしれない。それにスケールともあんな風に話すことは無かったかもしれないのだ。
しかし、桜とは塔を出る時には会えていたかもしれないと俺は思っている。敵になるにしろ、味方になるにしろスケールは俺の目の前に桜を連れてきたはずだ。精神世界でスケールの思考を読み取った感じだと最初こそ危険を感じて封印したが俺を見て会わせる腹積もりであったようである。そう思うと運命というのは確かに存在する気がしてくる。
「まぁでも」
「……?」
「桜を好きになってたのかどうかは神のぞ知るってところだろうな」
「そう? 意外とどちらかが一目惚れしてたと思うけど」
「俺ならともかく、桜がか?」
俺は桜に対して疑問を呈する。例えるなら庶民の男とお嬢様だ。異世界風に言うなら王族と庶民と言い換えてもいい。身分違いの恋とか言うものはとかく叶えにくいものだ。小説や漫画ではうまくいく物が多いがあれは物語の中だからだ。実際はそんな事は本当に極少数だろう。
そんな物語のような展開は普通はあり得ない。そのあり得ないを経験してここにいるのはさておいても早々に無いことだと俺は思っているのだが桜はどうにもそう思っていないらしい。
「だって桐生は打算的にお付き合いをしながらも私を好きになってくれたでしょう?」
「確かに桜の戦闘力とか知識を宛にしてないとは言えないな。固有スキルがなければもう少し健全なお付き合いをしてたところだけど」
「それは置いていてよ。私も予想外だったんだから。まぁだから好きになったんだよ? 打算的でも見てくれるところは見てくれる。私のこんな姿を綺麗だって言ってくれた。そんな所がいいの。だから、きっと好きになってたよ。どんな出会い方をしたとしても。自分で言うのもなんだけど単純なんだよ私は」
「そうかい。桜がそう言うから俺も何となくそんな気がしてきたよ」
確かに俺は何かをするにあっては対価を求めるようにしている。異世界に来てからだが損して得を取るような行動もできるが基本的にはそうするように意識してきた。
それでもなお、桜のことを好きになったのは美しいとか可愛いとかもあるが何よりも俺の精神の渇きを癒やしてくれたからだ。共にいるだけで幸せとか喜びを感じさせてくれる存在は俺には必要であった。誰も味方でない場所で一人で生きてられる程に俺の心は強くはないのだ。
そう思えば徹底的に打算主義な俺なのだが桜にそう言われると俺がまともに見えるのが不思議で仕方ない。端から見れば女の子を心を救っているのだから。
「桜がいるなら俺はまともで在れる気がする。だからまぁ精々俺の隣であれこれ意見してくれ」
「りょーかい! 姑の如く色々意見して上げる」
「どちらかと言うと嫁さんだけどな」
「残念! まだ恋人だよ!」
「偉い拘るなそこ!?」
「あっははは。桐生がプロポーズなんてしてくれたらお嫁さんになって上げてもいいよ? ちゃんとしたシチュエーションを所望しておくけどね」
そう言って桜はからからと笑った。俺もそれに釣られて笑みを浮かべる。
恋人である桜と共に在ることは俺にとって幸せな事だ。この幸せを守るために俺は何でもするべきなのだろう。いや、しようと思っている。
例え世界を敵に回してもあらゆる存在から守り通すし、殺そうと迫り来るなら全てを退け、ねじ伏せる。そんな決意と覚悟は当の昔に決めているのだ。後は実行するだけだ。そんな敵が来ないに越したことはないがそれもまた望む望まぬに限らずこちらから首を突っ込むので無理な話だ。
そんな事を思いながら俺はそろそろ動き出そうと桜に提案する。
「さて、そろそろ結界の探索に出るか、桜」
「そうだね。まずは何からしよう?」
そうやって歩き始めた時であった。突如として結界が揺らぎが生じ、中から人が現れた。
「え?」
「これは……」
「やはり、人族の方でしたか」
その声はどこか憂いを帯びたような声であったが決してこちらに何か含みがある物ではなかった。悲しみを抱えたような顔をするその少女は目を閉じ、しばらくすると諦めたような顔をしてこちらを見た。
「ごめんなさい。少し思うところがあったので」
「あ、ああ。もしかして人族と出会ったらダメだとかそんな感じか?」
「いいえ。人と出会ったなら中へと入れるつもりであっただけですよ。ただ少し……」
「え、えーと、じゃあ結界の中に入れるのかな?」
「はい。入ることを望まれますか? 一度入れば私達エルフ意外は出られなくなりますが」
そう言われて俺は初めてその少女がよくあるファンタジー小説に出てくるエルフの特徴と同じであることに気付いた。
エルフと言えば総じて美形が多く弓を使い、風魔法や精霊魔法を得意とする種族であることが多い。また、長寿であり、人よりも長く生きるために出生率も少ない。
そんな説明書きのようなものを思い出した俺は儚げな顔をする少女の美しさに魅入られていた。今にも消えそうだからこそ掴みたくなる。そんな美しさだ。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はエルフィール・エルヴンガルドと言います。エルフ族の長ラハールド・エルヴンガルドの娘にして精霊巫女を勤めています。以後、お見知り置きを」
そう言って頭を下げた巫女服姿のエルフィールに俺達はどちらからともなく、その美しさに飲まれて、無言で応じるのであった。




