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神殺しの解放者《リベレイター》  作者: 炎の人
一章・叛逆の物語《プレリュード》
12/27

桜の想い

 彼女がそれに気付いたのは彼の指摘があったからだった。きっと偶然、目の前に男の人がいて、その人が助けてくれたから気に入っただけだ。そして、偶々異性魅了と言うスキルが発動してしまった。たったそれだけの出来事だ。

 幸い、彼は固有スキルを複数所持していたおかげでどうにか理性を保てていた。中途半端に掛かる魅了のせいで少しこちらを見てくるが彼女はそれが不快ではなかった。何故なら、人に裏切られた彼女とって彼は信頼できる人物だったからだ。

 己を救ってくれた人が悪い人ではない。そんな風に盲目的に彼のことを想っていた。たった一日、されど一日過ごしただけの彼を愛してしまった。想いを募らせ、重ねていった。極端なその想いが悲劇の引き金になると知らずに。


§§§


「何か分からないけど、待ってて! 直ぐに助けに行くから!」


 桐生が急におかしくなったの見て私はとても動揺していた。今までにない行動、それに矛盾する言葉。少し意地悪な所もあるけど、優しい桐生が私はとても好きだった。なのに急に押し倒されて服を裂かれてしまった。その間中、桐生はずっと涙を流していた。その時点で何かがおかしいと思っていた。桐生は私を襲うような人ではない。いや、そうするとしてもちゃんと確認を取ってくれたはずだ。それくらい誠実であるのは何となく分かっている。それなのに、まるで誰かに操られるように桐生は私の服を裂いた。そして、逃げろと途切れ途切れに伝えてきた。

 私は何が何だか分からないまま、彼の個室から出た。とにかく助けを呼ぼうと考えたからだ。桐生がこのままどこかにいなくなってしまいそうで怖かった。きっと助かるはずだ。必死にそう思いながら私は走り出した。

 シャリスティア・シャルリーズというのが神に見捨てられし一族の最後の生き残りらしい。私が知るサナーク、プリデンテは生き残ることはなかったということだ。

 彼らサナークとプリデンテの一族は私が根絶やしにした。私を裏切った報いを受けさせたのだ。それでも幾人かは残っていたからまだ残っているものだと思っていたのだけど、どうやら永い時の中で淘汰されたらしい。ざまぁみろといった感じだ。私を嵌めた愚か者は滅びて当然だ。そのくらいにしか思えなかった。

 最後に残ったのが心優しくも愚かなシャルリーズとはお笑い草だ。彼女は何もしなかったが何も知らずに涙を流すだけの愚かな小娘だった。塔の管理者と組み、禁忌を行った私をホムンクルスの内側に閉じ込め、元の肉体を滅ぼした一族が死んだというのは私にとっては幸いだろう。二度とその顔を見ずに済むのだから。

 ともかく、シャリスティアに会わなければ。その一心で私は彼女の名が掛かる個室をノックをした。未だ途絶えてないならば、彼女の一族はスキルに詳しいはずだ。それに賭けてここまで来た私はシャリスティアがドアを開くのと同時に叫ぶように言った。


「お願い、助けて! 桐生が大変なの!」

「それは……いえ、分かりました。とにかく一度見てみましょう」


 ああ、シャルリーズには“視る目”があるのだったか。私はそんな事を不意に思い出した。

 自称から始まった神に見捨てられし一族はそれぞれ一つずつ特異な能力を持っていた。

 サナーク家の魔法の天賦の才。

 プリデンテ家の武の天賦の才。

 シャルリーズ家の“視る目”の才。

 これらがあったが為に選ばれ、蔑まされ、自ら進んで安住の地を得ようとした。結果、望まぬ異世界人が召喚されたことにより、破滅したのだがそれはまた別の話だ。

 シャルリーズの持つ“視る目”とはいわゆる鑑定スキルのことだ。人のステータスを見ることができる異能の持ち主。それがシャルリーズ家の特徴であり、呪いであり、祝福であった。

 今もシャリスティアの目には私のステータスが見えている事だろう。それは必ず一度は発動し、見えてしまう異能。それがシャルリーズが背負わされた運命なのだから。


 シャリスティアと共に桐生の部屋へと戻ってきた私は彼の安らかに眠りについている様子を見て安堵するが尋常ではない汗の量を見て冷や汗を掻く。つい隣のシャリスティアを見て私は彼女に訪ねる。


「どう? 何か分からない? あなたには見えてるはずよ」

「確かに見えています。これは……異性魅了の固有スキルの効果ですね。知っての通り、この異性魅了のスキルは掛かった相手を絶対に自分のものにするためのスキル。私達だけが知ることですが気に入った相手ではなく、異性として好きになれる相手にしか掛かる事はありません。ここからが重要なのですがこの固有スキルは抵抗された場合、二つ目の効果が発揮されます」

「二つ目? 私のステータスにはそんな事書かれていなかったけど」

「あの水晶では固有スキルの説明を全て読み出すのは不可能ですよ。所詮神の模造品。いえ、私達の能力の劣化品でしかありませんから」


 そこまで言われて私がここに召喚されて初めて作ったものがあの水晶だったことを思い出した。あれを作ったのは気まぐれ、あそこに埋めたのも気まぐれだ。その効果は私がよく知っている。限りなく、効果を近付けただけであくまでシャリスティアの異能の劣化品であることを失念していた。

 私はシャリスティアに続きを促した。


「それで、二つ目の効果というのは?」

「スキル所有者の想いが強くなっていくほどに魅了に掛かった者の中で欲望に忠実な人格が形成されます。そのせいで彼は今、精神世界に引きずり込まれているようですね。きっと自分自身と戦っているのでしょう」

「そんな……じゃあ私のせいで桐生がこんな風になったの?」


 シャリスティアの言葉は私に絶望を齎した。私が桐生を好きにならなければこんな事にはならなかったのだ。凄い汗を掻き、寝込んでしまうような事は起こらなかった。私が好きになってしまったから……。

 でも、好きにならないなんて事はなかったはずだ。私は私自身を一番よく理解している。私を救ってくれた人は私を綺麗だと言ってくれた。ホムンクルスを作り出した私を化け物と蔑み、ホムンクルスに私の魂を封じ込めた後も罵り、クリスタルに眠る瞬間にも聞こえた醜い化け物という評価を受けた私を綺麗だと言ってくれたのだ。

 例え造り物であったとしても今はそれが私だ。そんな私を綺麗だと、可愛いと言ってくれた。だから、私は桐生を好きになった。チョロインなんて言われればそれまでだけど、私にとってそれは好きになる理由になりえた。だって、私はその言葉に救われたのだから。

 傷付いた心が癒えた気がした。心が弾むのが分かった。桐生を好きになっていくのが好きになった。私の居場所になってくれる気がした。

 全て幻想だとしても私は構わなかった。どうしようもなく溢れ出すこの想いに蓋などできるはずもなかった。桐生といるだけで私は生きていける。そんな風にさえ思うほどに盲目的に桐生を愛してしまったのだ。

 私は涙を流しながらシャリスティアに聞いた。原因は分かった。ならば、解決策は、と。


「シャリスティアさん。解決策は、あるの?」

「ありますよ。ただ具体性に欠けるものになりますがよろしいですか?」

「うん。何でもいいよ。桐生が助かる可能性があるなら何でもする」

「では、想いを伝えてください。ありったけの想いをぶつければ、助かります。通常の精神であれば助かりませんが固有スキル持ちは違います。届けてください。あなたの気持ちを。純粋な想いは欲望を跳ね返せる可能性ですよ」

「想いを、ぶつける」


 本当に曖昧な言葉だった。先の原因を進めるような言葉に困惑する。何をすればいいのか分からない。私は迷っているとさっきした桐生との罰ゲームのことを思い出していた。キスをするという罰ゲーム。桐生が倒れる前に勢いでしてしまおうと考えて想いを募らせたせいで桐生がこうなってしまった。だから、今それを実行しよう。何故か、そう思った。

 彼が床に転がっていたので抱えてからベッドへと移す。私は魘されるように呻く桐生を見ながら深く、深く、想いを募らせた。きっと諸刃の剣なのだろう。そんな気がした。災厄の刃にも奇跡の刃にもなる。


「桐生。ごめんね。私のせいで。でも、好きなのは本当だよ。だって私はあなたに綺麗と言われて嬉しかった。たったそれだけの理由で良かったの。たったそれだけで私は満たされる。だから、助けてあげる」


 私はゆっくりと閉じて、そして桐生の唇に己の唇を重ねた。己のありったけの想いを唇に乗せて流し込むイメージをしながら。


 そして、奇跡は起こった。







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