第一話
不定期更新
「…………っ!!」
がばりと身を起こしたところで、ここが、自分の部屋のベッドの上だと気付く。
「……ゆ、め?」
そう呟いて、俺はかぶりを振った。
夢にしては随分と生々しかった。
ひとつため息をつくと、立ち上がって部屋を出る。
冷や汗で、身体がベタベタだ。気持ちが悪い。
下の階へ降り、タオルを取る。それを濡らして、また自分の部屋に戻った。
ここはそんなに裕福ではないため、水だって貴重なのだ。無駄使いはできない。
汗をふき取りさっぱりした後、普段着に着替える。
「さて」
ここから、大仕事の始まりだ。といっても毎朝やっているのだが。
自室を出て、隣室へ。
ノックする。反応なし。再度ノック。また反応なし。三度目。またしても反応なし。
この寝ぼすけが……。ため息をつきたくなるのを、ぐっと堪える。幸せが逃げていく。
扉を遠慮なく開けて、寝台へ近づく。
人の形に盛り上がっている布団を俺は剥ぎ取った。それはもう、勢い良く。
そこにいるのは、桜色の長髪を広げてすやすやと眠る少年。そう、少女ではなく、少年。
すうっと息を吸い込んで一言。
「起きろ! キース!」
目の前の少年ーーーーキースは、ぐっと眉をしかめる。うっすらと目を開け俺をその瞳に映す。と同時に反対側を向きまた寝始めた。
こいつは朝にめちゃくちゃ弱い。およそ十年間俺がこの仕事をし続けるくらいには朝に弱い。
キースがかぶっている毛布を剥ぎ取ろうとするが、しがみついていて離せない。
毎度毎度よく懲りないものだ、と思う。ああ、我が弟ながら本当に。
「起きろって言ってんだろー」
蹴飛ばす。まあ、本気じゃない。
もぞもぞ動き、半分目を開くと弟は恨めしそうに俺を睨む。
「……痛い……うっさい……そんでもってウザい……」
唸る弟を見て頷く。これでじきに目を覚ますだろう。
階下に降りてするのは朝食の支度。この孤児院の子供の中では最年長である俺の仕事なのだ。最年長は俺の他に後二人いるが、その二人は昼と夜の担当だ。
ガサゴソ貯蔵庫を漁っていると、後ろから肩を叩かれた。
「おはよ、イース」
そこには、薄茶の髪と瞳をした少女が立っていた。
「フィー、はよ」
俺は人参を取り出し、顔だけ振り向いて返事した。
「作んの手伝おっか?」
「え、別にいいよ。俺一人で作れるし、準備のとき手伝ってくれれば」
「え、あー……そう?」
「うん。まあ、ありがとな」
少し顔色が悪いフィー。具合でも悪いのだろうか。
「フィー、顔色悪いけぐふっ……!」
そう言いかけたところで、突然後ろから突き飛ばされた。
こんなことをする奴なんて決まりきっている。
「兄さんとフィー、おっはよー」
俺を突き飛ばしといてにこにこ笑ってやがる双子の弟、キースである。
長い髪は二つに結ってワンピース姿の弟をじろりと睨む。
女装はもうこいつの標準装備だから諦めもつく。というか、慣れてしまった。しかし毎日毎日タックルするのはいい加減にやめて欲しい。
「でさー、兄さん。料理下手なんだから好意は素直に受け取りなよ」
睨む俺をまったく気にせず、キースは言葉を続けた。
「……下手じゃないし」
「じゃがいもの皮むきで一個を一口にしたり、ただのお菓子を芸術品のオブジェみたいにしちゃう兄さんが何言ってんのさ」
…………ぐうの音も出ない。確かにそうだ。まったくもってそのとおりである。しかし!
「だから練習するんだよ!」
「開き直るなよ」
「ふ、二人とも、そろそろ作ろ…?下の子たちも起きてくるし…ね?」
フィーの言葉にはっと気付く。つい反論してしまった。こいつはほっとくのが一番だというのに。
「それなんかひどい!!」
口に出ていたようだ。弟に、ほんとのことだろ、と軽く返して準備し始める。キースはともかく、フィーを困らせるのは本意ではない。俺がやると時間がかかってしまう。
下の子たちが続々と起きてくる中、彼らの相手をしながら準備を進める。
「イース兄ちゃんまた台所追い出されたのかー?」
「昨日もそうだったよね!」
「そんなんでここ卒業して暮らせるのか心配ー」
「「ほんとにー!」」
好き勝手言ってくる生意気な子どもたちに席に着くようせかし、俺も席に着いた。
いつもと変わらない、しかしここで過ごす最後の日が始まった。
読んでくださりありがとうございました。