第八話
遅くなり過ぎました、すみません。読んでいる人がいるか分かりませんが。
あと、いつもより少し短めです。
火を纏ったナギナタをくるくる回すナノハさんに突っ込んでいくギルに、俺は彼の機嫌が悪くなってきているのが分かった。動作が荒くなっていく。
「……あー……」
「何です」
目の前の手合わせに集中していると思っていたユズリハさんが反応する。すっと細くなる紅い瞳に何だか背筋が寒くなるのは気の所為だろうか?
「ギル、動きが雑になったでしょ?」
「確かにそうですけれど、それが何か」
「腹立ててます」
「……はあ?」
「あいつ、腹立ててます」
元々手合わせを楽しみにしていたナノハさんにうんざりしてきているようだったし、それに加えて魔法を使われたのが決定打。あいつ自身魔法を使えないから、苛ついたのだろう。
「何ですか、それ」
……単純過ぎる。ユズリハさんが呆れるのもそりゃそうだ、である。そんなにすぐ激情に駆られていたらダメだろう。もしこの後戦うってときに敵に嵌められてしまうじゃないか。……人のこと言えないだろうけど。俺だって実戦や旅は初めてなのだから、当然と言えば当然である。
だからギルも同行を頼んだのかな、などとぼんやりと考えながら、ふと喉が乾いた、 そう思った。その感覚はどんどん強くなっていく。水を飲もうと亜空間を開こうとして、ユズリハさんの白い首筋が目に入った。青い血管に目が釘ずけになる。
「……っ!?」
ドクリと心臓が脈打つ。やばい。脳裏で警鐘が鳴り響く。目の前がチカチカして、視界が赤く染まった気がした。
まずい、『発作』のことを忘れていた。ちょうど起きる期間に入っているのが、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだ。冒険者になると決めた一因でもある『発作』。
「急にどうしたというのです」
突然胸を押さえた俺を心配したのか、顔を覗き込むユズリハさんを突き飛ばす。今の俺が危険な状態なのは俺自身が一番分かっている。彼女を巻き込む訳にはいかない。
「なっ、姉様に何をするんですか!!」
姉が突き飛ばされるのを見たらしいナノハさんが手合わせを放り出し、俺へと戦闘態勢を整えた。
そのままこちらへ向かってくるのを、ギルがギリギリで止めた。
「ダメっ!! 今の兄さんは飢えた獣のような状態なんだからっ!!」
俺を庇うように立つギルがそう言う。酷い言い草だが、あながち間違ってはいない。彼女たちの首筋に噛み付きたくて堪らなくなっているのが、紛れもない事実である。
身体中熱くて熱くてたまらない。今すぐ彼女たちへと襲いかかりそうな本能を必死で抑え込む。唇を噛み締め、拳をこれでもかと握りしめた。喉が焼け付くような激しい乾きが存在感を増していく。
自分の意思に従わない身体に、それに対する悔しさに、涙が滲んだ。前回のときと同じようにギルに意識を落としてもらおう。
「……っギルっ、はやくっ……!」
「…分かってる!」
ギルはそう言うやいなや、持っていた大剣の柄で俺の頭を殴った。
目の前に星がちらつく。ガンガンと頭が揺れ、殴られた後頭部が痛みを主張する。しかし願っていたブラックアウトは訪れない。
「えっ!? 兄さんいつもの軟弱さはどーしたの!?」
「うっ…さい……!」
俺は身の内で暴れ狂う衝動に支配されないように必死なのに軽口叩いてんじゃない、このばかぁ!
読んでくださり、ありがとうございました。