第8章 カサブランカ
第8章 カサブランカ
一志はその後、家に帰り、自分の布団に潜り込んだ。そして一志は、こうしたフラッシュバックは、いつまで続くのだろうと、ふと思った。まだまだ自分は、この世界について何も知らない、これからもっと情報を手に入れて、この戦争に勝つまで、このフラッシュバックはおそらく終わらないだろうと考え、一志は気を引き締めた。
次の瞬間、またもやフラッシュバックが、一志を襲った。いったい今度は、どんな展開になるのだろうか…。
2007年4月11日、昼。大学生の一志は、バイト先のアパレルメーカーで、店長と対峙していた。
「水谷君、高校の頃のこと、思い出したようね。これで、『決められた通りにやらなくていい』という言葉の重みも、分かったかしら?」
「店長、十分分かりました。何も知らなかったとはいえ、すみませんでした。それと店長、その言葉で怒るということは、店長もセントラルパークの住人なんですか?前に、『そうではない』と誰かから聞いたような気がしますが…。」
「その通り、違うんや一志。そこにおる宮島店長は、いわゆる『カサブランカ』や。『決められた通りにやらんでいい』の言葉に怒っとる理由も、おばあちゃんらの、セントラルパークの住人とはちょっと違うで。確かに前に熊野君が、ちょっと言ったな。」
一子が突然、バイト先の控室の扉を勢いよく開け、ずかずかと入ってきた。そして、その勢いそのままに、こうまくしたてた。一志は、突然の祖母の登場に、戸惑いを隠せない。
「おばあちゃん!勝手に入ってきて、大丈夫なん?ここは関係者以外、立入禁止やで。」
「そんなんセントラルパークの住人は、みんな気にしてない。確かに、関係者以外、立入禁止の所におばあちゃんが入ってきて、初対面の宮島店長と、宮島店長の性格について話しとる…。これはバグやな。さあ、この状況、バグ処理できるか?」
「バグ処理しにくい、息苦しい…。」
店長が、心底気分が悪そうに、こう言った。かたや一志は、今までの知識を活かし、必死に答えを探そうとしている。
「なんか、おばあちゃんが急に現れてきた状況といい、おばあちゃんの勢いといい、嵐みたいやな…。」
「その通りや一志!自分の直感信じてええで。こういった場合、セントラルパークの考え方では、バグ処理できんから、場合分けになる。そのことはみんな気にしてないんやけど、セントラルパークの建前に免じて、普通こういう動きはせえへん。今回は一志の前やから、特別や。ちなみに、ロミオでもこういった場合、バグ処理できん。だから場合分け…と言いたい所やけど、今回みたいな、『バグ処理できん、場合分け』みたいな事態が起こった場合は、ロミオやったらバンカーショットを打つんや。これを分かりやすく説明するには、ロミオの中でも、『CIA』を見てみたらええ。CIAはよう知っとるとは思うけど、アメリカの諜報機関のことやな。そのCIAみたいな、特別の任務を遂行する、っていうことを、ロミオの人間はライフワークにしとるんや。
もうちょっと具体的に説明するわな。ロミオの人間は、全員が、特別の任務を持っとる。でも、普段はそれを隠して、一般人と同じように生活しとる。この、一般人と同じ生活のことを、『新井出』って言うんや。名前の由来は、『名探偵コナン』で、黒の組織の一員のベルモットが、新井出先生になりきって、一般人と同じ生活をしとったことから来とる。それで、この、一般人と、特別の任務を遂行する顔との二重生活が、ロミオの特徴や。ロミオの人間は、一般人の、普通の生活だけでは、社会に縛られとる感じがして息苦しいんや。それと、特別な任務が楽しいんや。それで、ロミオはこういう生活を送っとる。あと、この『特別な任務』が、いわゆる『人を狙う』ことや。
話をCIAに戻すな。この状況、おばあちゃんが立入禁止の所にずかずか入ってきて、初対面の人の性格まで知ってしゃべっとる…。この状況、バグ処理できるか?つまり、新井出、一般市民の立場から見て、おかしくないように説明できるか?」
「それは、『バックパス』ですね。」
一子の話を遮るように、山田が控室に入ってきて、こう言った。山田とは、前に性格診断の話をして以来だ。一志は久々の再会を喜び、また、自分の味方が増えたことに、安堵の表情を浮かべた。
「一志さん、お久しぶりです。山田です。一子さんが言われている、この状況は、『バックパス』に当たります。ここでバスケットボールの話になりますが、ボールをフロントコートから、バックコートに返すことは、バックパスとして禁止されていますよね?それと同じように、ロミオの『人を狙う』ルールでは、あまりにもあり得ない状況でバグ処理させることは、禁止されています。このことを、『バックパス』と言い、バグ処理する側がそれをアピールすれば、状況は無効になり、バンカーショットを打たなくて済みます。このルールがないと、何でもありになってしまいますから、バックパスは重要なルールなのです。まあ、ロミオの人間はみんな、バックパスになるような状況は息苦しいので、使わないですが…。このような状況は、専らセントラルパーク側の人間が起こします。
話のついでなので、ロミオのバグ処理、バンカーショットについてもう少し説明しますね。先程と同じく、分かりやすいようにCIAで考えてみましょう。例えば、誰かに『12時に喫茶店で』という形で呼び出されたとします。このような呼び出しの場合、基本的に、ロミオの人間は自分の素性を隠して呼び出しに応じます。つまり、新井出の状態で呼び出された場所に行きます。それで、この場合は『会社員』として喫茶店に行っても違和感ないですよね?だから、例えば会社員として、呼び出しに応じることにします。この場合、バンカーショットはいりません。では、次の場合を見てみましょうか。『午前3時に裏路地で』という形で呼び出されたとします。この呼び出しで、新井出で行くのは不自然ですよね?この場合は、CIA職員として行く方が自然です。だから、新井出は使いません。そして、その場合は、バンカーショットを打たないといけません。例えばこの場合は、『
一般人は寝る時間だから』というバンカーショットでいいと思います。
あと、このバンカーショットの背景についても説明しますね。基本的に、ロミオの人間は、新井出でない状態で外へ出ることを嫌います。なぜなら、仮面をかぶって外へ出ないと、息苦しいからです。だから、新井出でない状態で、外へ出ないといけない時は、ハンデを背負ってバンカーショット、となるわけです。」
「ちなみに、ロミオの人間がこういう状況になった時は…、『バグ処理できん、バックパスで、『只野仁』や。只野仁っていうのは、全くバグ処理できん状態になった時に使う手段や。簡単に言うたら、全くの別人、っていう扱いやな。これの由来は、ドラマでやっとった、『特命係長 只野仁』や。あのドラマの中で、只野仁は全く別の人間を演じとるやろ?それと同じように、同一人物としてバグ処理できんような状態の時は、只野仁を使うんや。あと、これは、新井出とは違うで。ロミオの新井出は、例えばCIAで言ったら、CIA職員と、一般人の姿、っていうことで成り立っとる。この2つに共通なんは、2つとも実際にあり得る状況や、ってことや。それに対して只野仁は、全くあり得ん状況の時に使われる手段や。ちなみに、これは多くの性格診断共通やで。」
一子が口を挟んだ。
「ちなみにですが、先程一子さんは、多くの性格診断共通と言われましたが、只野仁はロミオだけでなく、タクシー等の人間も使います。これは、いわゆる、性周でない性格診断の人間に見られるものですね。まあ、性周の性格診断の一部の人間にも、見られますが…。そして、この、只野仁は、できれば使いたくないです。なぜなら、自分の生活リズムとは全く違う状況に駆り出されることはできれば避けたいからです。これは、ロミオの人間にとって、すごく息苦しいです。」
「おばあちゃんは息苦しくないで。セントラルパークの住人は、只野仁を使わんと、場合分けを使うんやけど、これは全然気にしてない。セントラルパークの住人は、そんな状況に縛られるんは、寂しい、って感じるんや。状況に縛られずに、もっと自由に人と関わりたい、良く言えばそういうことやな。ただ、この状況は…ちょっと限度を超えとるとは思うわな。それでや一志、一志やったら、この状況をバグ処理できるはずや。さっきの話、もうちょっと詳しく説明してくれんか?」
一志は、必死に考えながら、言葉を絞り出した。
「そうやな…。おばあちゃんは店長のこと、あらかじめ探偵を使って調べとったから、初対面でも店長のことを知っとる。それで、ずうずうしくも控室に入ってきた。店長は店長で、最初はびっくりしたけど、自分は誰かに調べられとる、っていうのは感づいとったから、何となく察しがついて、ここにおる…。」
一志の説明が終わった後、山田が冷静に、口を開いた。
「さすが一志さんですね。そのバグ処理は、ソリューションの『特権』と言われるバグ処理です。この状況、普通に考えると、バグ処理できない、只野仁です。しかし、ソリューションの考え方では、無理矢理バグ処理することができるのです。なぜなら、ソリューションには、『非日常的な、事件などの出来事を楽しむ』という性格診断が含まれているからです。ちなみに、他のタクシーの性格診断では、この状況はバグ処理できません。なぜなら、他のタクシーは基本的に、『日常生活』に重きを置くからです。日常生活では、さっき一志さんが言われたようなことは、基本的には起こりませんよね?しかし非日常的な事件では、起こっても不思議ではありません。まあ、滅多に起こらないことですが…。そういった理由で、ソリューションはこの状況をバグ処理できます。そして、その非日常性とかっこよさから、それは『特権』と呼ばれているのです。もちろん、ソリューションでも、滅多に使うことはありませんが。それと一応、こういうような状況は、特権の中でも名前がついていて、『嵐』と呼ばれます。嵐が来たように、人間が入り乱れて、ごちゃごちゃしているということですね。さっき一志さんも、少し言われていましたね。」
一志は、山田の説明に納得した。
「ちなみにこの特権は、セントラルパークの人間、みんなが知っとるものやないんやけど、知っとる人間から言わせれば、めちゃめちゃかっこええんや。なんでかって言うと、このバグ処理によって、一志はセントラルパークの建前の世界に留まることができるやろ?それがかっこええんや。たいていのフェミニストは、こういった状況になった時、『バグ処理できん、只野仁』ってなる。それはそれで仕方ないんやけど、それをすると、『セントラルパークから出た』っていう印象を与えてまうわな。でも一志はバグ処理できる。それが、セントラルパークにずっとおりたい人間から見て、かっこええんや。とは言っても、セントラルパークの住人はバグ処理なんか気にしてないんやけどな。こういう場合は、さっきも言ったけど、『バグ処理できん、場合分け』や。ただ、只野仁を使われると違和感があって、無理にでもバグ処理されると、かっこええって思うんや。セントラルパークの住人も、ずいぶん身勝手やな。さらに言うなら、おばあちゃん的には、さっきのバグ処理で見られる、一志のセンスは抜群や。セントラルパークの住人は、考えることに重きを置くから、この戦争に勝ちたかったら、センスも重要になる。他にもいろんなフェミニストはおるけど、その中でも、一志は独特のセンスを持っとると思うで。決して、自分の孫やからこう言うとるんではないからな。」
一志は、一子に自分のセンスを認められ、嬉しそうな顔をした。そして、いよいよ自分の番が来た、という表情で、店長が語り始めた。
「じゃあ私から、カサブランカの説明をするわね。カサブランカっていうのは、私たちタクシーの性格診断と、セントラルパークが合体して、生まれたものなの。この名前は、私たち本来の居場所である途上国有数の世界都市、つまり、途上国の要素と、先進国、セントラルパークの要素が合わさってできたもの、という所から来てる。どういうことかというと、私たち先進国にいる人間は、みんなセントラルパークで決められた通りの生活をしているの。つまり、フリータイムでものを考えて、ノートを読む時にはファインダーを使って、それ以外の、外に出る時には、あらかじめ決められた通りに動く、という生活ね。この生活は、先進国にいる限り、ロミオやタクシーでも、しなければならないことなの。」
「そうです。僕たちロミオの人間も、いやいやながらこの生活をしています。僕もちゃんとファインダーを使って、ノートを読んでいますよ。本当はクリアで、限られたノートだけを読みたいんですが…。本当に途上国がうらやましいです。」
山田がこう言った。店長の説明は続いた。
「途上国の生活については、後で詳しく説明があるから、とりあえず置いておきましょうか。それで、そのセントラルパークなんだけど、私たちタクシーの人間も、このシステムは嫌だった。なぜなら、息苦しいから。でも、物は考えようで、そのうち、このシステムは、私たちの生活パターンにも合っている、ってことが分かったの。もちろん、寂しいからセントラルパークにとりこまれた、ってわけではないわよ。この、セントラルパーク内で、私たちがタクシーらしい生活をできるようにしたのが、カサブランカなの。」
「そうですか…。イメージがわかないのですが。」
「じゃあ、今からカサブランカの生活パターンを見ていくわね。まず、フリータイムに出るのは、セントラルパークと一緒。そして、実際の生活、つまり外に出ている時の生活は、『憂いの篩』で行うの。この、憂いの篩、っていうのは、見え方はファインダーと違って、クリア、つまりはっきり見えているのと同じなのね。あと、前に高浜拓也さんから説明があった、マラッカ海峡みたいに、ものすごくエネルギーを使うわけでもないの。これもクリアと同じように、リラックスした状態の見え方なわけね。それで、クリアと大きく違う点は、『風鈴』と言われる、BGMがあるかないかなの。クリアは、きれいに外部が見えている状態だから、もちろんBGMもないわけね。でも、憂いの篩は違う。ここでもう1度生活パターンを説明すると、私たちはフリータイムで、タクシー特有の、日常生活について考える。例えば、『明日はどこどこに遊びに行きたいな。』とか、『何々をしたいな。』とかね。それで、外に出る時は、憂いの篩で、頭の中でBGMを鳴らしながら、その生活を楽しむの。」
「なるほど。何となく分かりました。でも、それだと、座談会の章で説明のあった、ヴィクトリアのヴァーチャルボーイと区別がつかないのですが…。」
「ヴァーチャルボーイと憂いの篩は全然違うわよ!まず、見え方が違う。憂いの篩はあくまでもクリアな見え方だけど、ヴァーチャルボーイは、クリアではなくて、ヴァーチャルボーイ特有の見え方をするの。まあ、言ってみればゲームの中の画像みたいなものね。基本的にヴィクトリアのやることは、ゲーム感覚で、ドラマ感覚よ。それに、BGMの音量が違う。ヴァーチャルボーイは頭の中で、大音量でBGMが流れているの。まるで、音楽に依存しているみたいにね。でも、風鈴の方は、『風鈴』っていう名前でも分かる通り、そっと寄り添うように、頭の中で優しく、音楽が流れているの。それで、音量も小さめよ。まとめて言うなら、ヴァーチャルボーイはゲーム・ドラマ感覚で、風鈴は、人間の持つ自然な安らぎの音楽が、頭の中で流れている、という感じね。ちなみに、この、『憂いの篩』という言葉は、『ハリー・ポッター』に出てくる道具から来ているの。『ハリー・ポッター』を読んだことのある水谷君なら、分かるわよね?」
「なるほど。分かりました。憂いの篩の名前の由来も、何となくピンと来てました。」
一志は、「風鈴」で表されるようなBGMは、自分にも経験があることだなと思った。また、それがヴァーチャルボーイとは、どうやら違うものであるらしいと思い、少しホッとした。
そうこうしているうちに、山田が口を挟んだ。
「少し口を挟みますが、ロミオの人間が、人前に出る時にどういう見え方をしているか、説明しておきますね。ロミオの人間は、『クニ―ヴァ』を使います。この、クニ―ヴァは、見え方はクリアと同じですが、気合いの入り方が違います。いわゆる、『戦闘モード』ですね。とは言っても、マラッカ海峡のように、人前に10分程しかいられない、ということはありません。基本的には何時間でも人前にいられます。また、憂いの篩のように、BGMは鳴っていません。BGMはロミオの人間にとっては、頭の中にもやがあるような感じがして、息苦しいです。ちなみに、クリアは先進国では、1人の時間以外に使うことは禁止されています。」
「タクシーの中にも、常に風鈴でBGMを鳴らしながら、人前に出るのは息苦しい、って考える人もいる。そういう人は、『ドクター・ドレー』を使うの。これは、クニーヴァのタクシーバージョンね。本当はクリアで外に出たいんだけど、禁止されているから…。戦闘モードになるしかないわけね。」
一志は、店長や、山田の説明を真剣に聴いていた。
「それで、ここからがカサブランカの大事な所なんだけど、私たちタクシーの人間も、セントラルパークにいる以上、ファインダーを使わないといけない。でも、私たちは、ファインダーを使うことが苦ではないの。もちろん、セントラルパークにとりこまれたわけではないわよ。実は、私たち、タクシーの性格診断のファインダーは、一般的なファインダーとは種類が違うの。前にあずささんから説明があったと思うけど、一般的なファインダーで見ていると、スーツ姿、明治時代、京都が理想に思えてくる、ってことだったわね。それで、『それをフェミニストって言える?女は家』っていうのがセントラルパーク側の人間の言い分ね。でも私たちのファインダーは、いわゆる『祇園』のファインダーなの。それで、私たちのファインダーの世界は、姿は『舞妓』。時代は『昭和』。だから、ファインダーイコール、女は家とは限らないの。私たちのファインダーでは、舞妓のように、『和』の女の人の姿が理想になる、ってことね。ちなみにこの、祇園のファインダーは、動物にも存在しているの。それで、動物にも、いわゆる、カサブランカみたいな生活はあるわけね。だから、カサブランカは性周ではないの。
もう1度、カサブランカの生活パターンを、おさらいしておくわね。まず、フリータイムに出る。そして、外に出ている時は、憂いの篩などで、決められた通りに動く。それで、ノートを読む時は、祇園のファインダーを使って読む。これがカサブランカの生活ね。ちなみに、このカサブランカも、セントラルパークの人間にはあまり知られてないの。だから、私たちのことを、セントラルパークにとりこまれた、って思っている人はたくさんいるわね。」
「ちなみに、祇園のファインダーを使えるのは、タクシーだけです。ロミオの人間は、祇園のファインダーを持っていません。使えるのは、京都の方のファインダーです。これは性周になるのですが、『お試しセット』と言って、この戦争で、ファインダーの性周は問われない、ということになっています。そうしないと、あまりにも不公平ですからね。祇園のファインダー…。うらやましいです。」
山田がこう言った。さらに、一子が説明を加えた。
「じゃあおばあちゃんから、お試しセットについて補足しとくわな。セントラルパークの人間は、物事にすぐに熱中して、没頭しやすい、っていう特徴を持っとる。つまり、物事に一旦ハマると、そこから抜け出にくい、セントラルパークの用語で言うと、とりこまれやすいんや。反対に、ロミオやタクシーの人間は、物事に熱中した状態でも、冷静に物を見られる。つまり、とりこまれにくいんや。そのことを、『お試しセット』を使う、って表現するんやけど、それが、セントラルパークの住人にとっては、自分らにはないものを見るような感じがして、かっこええんや。一志も、自分にないものを持っとる人は、魅力的に映るやろ?まあそんなこんなで、ファインダーのお試しセットもかっこええ。この戦争で、ファインダーのお試しセットの性周が問われん、っていうのは、単に不公平やからだけではなくて、それがかっこええからなんや。」
「あと、カサブランカの大事な要素として、HPの、『QB』についても触れておかなければならないわね。水谷君、私が昔、『こういう頭に生まれて…。』って言ったの、覚えてる?」
「はい、覚えています。」
「その言葉の意味を今から説明するわね。まずはHPのおさらいから。人間の頭脳には、何種類かの型、例えば『スクリーン』や『チューナー』などがあるのね。それで、これは祇園特有のことで、京都のファインダーでは関係ないんだけど、そのHPの型によって、ファインダーの『濃度』が違うの。その濃度は、『次官』っていうHPの型の時に、1番濃くなる。つまり、次官の時が、見える景色のうち、人の顔の割合が高くなる、ってことね。それで、『回転』型の時に、濃度が1番薄くなるの。それで、カサブランカでは、濃度が1番濃い、次官が理想とされているの。ちなみに私のHPは、チューナーで、これは、回転の次に濃度が薄いのね。それで私はあの時、『こういう頭に生まれて…。』って言ったわけ。」
「そういう理由があったのですね。知らなかったとはいえ、軽はずみなことを言ってしまい、すみません。でも、どうして濃度の濃い、次官の方がいいのでしょうか?」
「なぜかというと、カサブランカの住人は、1人の時には、実社会とは違う、別の世界に入り込みたい、っていう願望を持っているの。もちろんカサブランカの住人全員ではないけれど、このことは後で詳しく説明があるからね。それで、その理由は、ずっと実社会にいると、息苦しいから。だから、祇園のファインダーの世界が、濃ければ濃いほどいいってわけ。ファインダーが濃いほど、別の世界って感じがするでしょ?もちろん、ずっとファインダーで見ていると、逆に息苦しいけどね。」
「なるほど。分かりました。」
次の瞬間、一志はフラッシュバックから覚めた。そして一志は、先進国という、フェミニストにとって圧倒的に不利な状況でも、たくましく生きている、自分の味方がいることを知り、心強くなった。その後、一志はパソコンを開き、インターネットで、カサブランカについて調べてみた。そこには、当たり前かもしれないが、いわゆる、『建前』の世界における、一般的な情報しか載っていない。それでも、一志には十分だった。そして、少しの間、一志は『カサブランカ』に、思いをはせた。