第7章 永久欠番
第7章 永久欠番
「一志、じゃあまたな。」
大学の講義が終わった後、一志は熊野と別れた。いつもは講義が終わった後、友人とご飯を食べたり、遊んだりする一志であったが、今日はとてもそんな気分にはなれず、講義が始まる前から、終了後は一人で家に帰ることに、決めていたのであった。
講義室の外に出てみると、4月に満開の花を咲かせていた桜の木が、新緑の季節を遠に過ぎ、完全に緑の葉になっている。もう7月だから、当たり前のことだ。いつもは4月に桜を見ると、きれいだな、花見が楽しみだなとしか思わない一志であったが、フラッシュバックの世界を知ってしまった一志は、この桜の木が花を咲かせていた頃は、今のような状況になることは、想像もできなかったと、妙な感傷に浸っていたのであった。
そして、一志は大学の敷地内を出て、家までの道を歩き始めた。一志の実家は、周りに信号もないような田舎であったが、大学のある名古屋のとある地区には、たくさん信号があり、何回も赤信号で止まらなければならない。この日も信号の所で立ち止まり、その歩行者用信号が赤から青に変わった瞬間、フラッシュバックが、一志の頭を駆け巡り始めた。
2007年8月14日、夜。一志は、その前の日のように、実家の風呂場の前に立っていた。ただ、昨日とは違い、一志と一子の他に、少し前のフラッシュバックで出てきた、熊野が立っている。確かにフラッシュバックの時系列で、熊野が次に出てくることは自然なことであるし、その説明は前にも受けたが、一志は改めて、実際の時系列とはかけ離れた、フラッシュバック特有の時系列はなんて不思議なんだろうと、思った。そんなことを考えているうちに、熊野が口を開いた。
「今日は一志に、大事な説明をせなあかん。これは、一志の性格診断に関わってくることや。それに、この戦争に勝つための、切り札になるかもしれんことやから、よう聴いてくれ。」
「その通りや。おばあちゃんも補足するから、よう聴きよ。」
「一子さんに言われたくないわ。この人は、確かにかっこええけど、ゼータの使い手で有名なんや。そんな人が何で、一志の味方するんですか?」
「なんやろな。もちろん、シバトラはある。でも、それ以上に、やっぱり一志は自分の孫や。自分の孫が望むことを、叶えてやりたいっていう気持ちが強いから、一志にアドバイス、するんやろな。」
「今まで好き勝手やってきて、何を今更って、言いたいところやけど…。ここで言い争いしてもしゃあない。今回は一般的に『永久欠番』って言われとる、『タクシー』について説明するわけやけど、その前に俺の性格診断、聴いてくれるか?」
「うん、ええよ。」
一志は、親友で自分の味方をしてくれる、熊野の性格診断を、聴いてみたいと思った。
「じゃあ言うわな。今までの流れ上、意外に思うかもしれんけど、俺はジェイソンや。だから右派で、セントラルパークじゃないと寂しい。ただ、ゾンビ特有の不安定さはほとんどなくて、みんなからは、巨峰って呼ばれとる。ちなみに、俺はフェミニストや。セントラルパークが良くてフェミニストっていうのは…申し訳ないけど場合分けや。俺も昔は他のゾンビとおんなじように、いろんなことを見たりやったりしてきたけど、『女は家』には傾倒せんかった。やっぱりフェミニストに傾倒や。それで、何をメインに考えとるかというと、学問や。だから東大は分かる。俺の性格診断は、ざっとこんな感じや。」
熊野は、一志に性格診断を聴いてもらい、嬉しそうな様子である。一志は、セントラルパーク側の人間にも、自分の味方がいることを知り、嬉しくなると同時に、心強く思った。
「女は家は前提条件、って言いたいところやけど…。まぁ、持ちつ持たれつや。あと、言っておくけど、熊野君みたいなタイプは、珍しい人間や。もちろん、セントラルパーク側の人間、みんながゼータを持っとるわけやない。でも、大多数は『女は家』の考え方や。そこのところ、勘違いしたらあかんで。」
一志はそれを聴き、少し気を引き締めた。
「じゃあ、熊野君、お待ちかねの、タクシーの説明行こか。」
「その前に、『欠番』について説明せなあかん。欠番っていうのは、今まで何回も出てきた、ゼータのことや。一般的に、ゼータはそれを持ってない人から見たら、分かりにくいって言われとる。分かりにくいっていうのは、どんなアイデアがゼータで、どんなアイデアがゼータじゃないんか、例えばこの場合やったら、ただの暴力になるんか、分かりにくいってことや。もっと言うと、どのアイデアがかっこ良くて、どのアイデアがそうでもないか、分かりにくいってことになる。そう言った状況を指して、ゼータは『欠番』って呼ばれとるんや。欠番は、例外的に未使用になっとる番号って意味で、それと同じように、隠れた存在ってことやな。」
「なるほど。確かにその通りやな。」
一志は頷いた。
「次に、タクシー、いわゆる『永久欠番』や。まず、永久欠番って言われとる理由からやけど、この、タクシーも、それを持ってない人、それは主に、セントラルパークの住人なんやけど、そういった人から見たら、分かりにくいって言われとるのが一点や。でも、このタクシーは、ゼータと違って危険性はないし、それに、かっこいい。だから、『欠番』に対して、『永久欠番』って言われとるんや。永久欠番って言ったら、例えばプロ野球選手とかで、かっこええイメージがあるやろ?」
「確かにそうやな。それで、その、タクシーっていうのは何なんか教えてくれん?」
「まあ焦るな一志。タクシーについて話す前に、まず分かりやすい、『エレベーター』と、ロミオの概念について言っとかなあかん。じゃあ、エレベーターの方から説明行くわな。」
一志は、熊野の説明に聴き入っていた。
「これは、セントラルパークの住人やったらみんな持っとる考え方や。この考え方は分かりやすくて、要は、『出世する』ってことや。どんな分野でもええから、特定の分野を決めて、その分野をがんばる。その積み重ねによって、どんどん出世していって、上へ上がっていく。その様子を、上へ上がる、エレベーターに例えて、こういう名前がついたんや。あと、この『出世』っていうのは、会社での出世のことやと思ってもらって大丈夫や。もちろん、直接会社と関係のないような、性格診断の人もおる。そういう人は、場合分けや。ちなみに、セントラルパークの住人の、エレベーターは、『企業戦士』とか、『秘密の部屋』のエレベーターとは質が違うで。この2つの性格診断は、後で詳しく説明があると思うわ。ここでは簡単に、違いだけを言っとくわな。まず、セントラルパークの住人は、企業戦士みたいに、出世を、他者との競争やと思ってない。あくまで自分の考えで、ちょっとずつ上に行けたらいい、って考えなんや。この点は、『秘密の部屋』と似とるわな。あと、もう1つは、セントラルパークの住人には、『エレベーターガール』って考え方があるんや。この考え方は、『どんどん出世していって、1番上まで上がったら、死んでもいい。』って考え方や。もちろん、実際に死ぬのは怖いけど、あくまで考え方やからな。自殺するわけやないで。それで、この考え方は、秘密の部屋や企業戦士にはない、セントラルパークの住人特有の考え方や。それで、セントラルパークの住人の、エレベーターのイメージやけど、みんなでアイデアを持ち寄って、楽しく語り合いながら、一人一人が自分の出世を目指していく、そんなイメージや。ちなみに、エレベーターガールとか、セントラルパークの住人のエレベーターは性周で、企業戦士とか、秘密の部屋のエレベーターは、動物にもあるんやで。」
「要は、『エレベーターみたいに、上に上がっていく』ってことやな。これは分かりやすいわ。」
「次にロミオなんやけど、これも分かりやすいんや。まず、ロミオの名前の由来からやけど、これは、ドラマ化もされた漫画『夜王』の中の、主人公が勤務するホストクラブの名前から来とる。要は、ホストクラブみたいに、ちょっと裏社会の匂いのする、性格診断ってことやな。それで、ロミオは裏社会で、どんどん出世することを考えとる人たちや。『出世する』っていう点では、エレベーターと一緒やな。だから分かりやすいやろ。ただ、ロミオの場合は、あくまで裏社会での出世や。例えば、暴力団の組長とか、No1キャバ嬢とかやな。その点が、主に会社とかでの出世を考える、エレベーターと違うとこや。」
「ロミオも分かりやすいな。」
「次にいよいよタクシーや。タクシーの担い手は、ヤンキーとか、労働者階級とかの人らで、X軸とY軸の説明で言ったら、主に『-1』近辺の人らや。まず、1番分かりやすい、ヤンキーで説明するわな。例えばその辺の街の不良は、エレベーターみたいに会社に入って出世するわけでもないし、ロミオみたいに裏社会のトップに立つわけでもないやろ?でも、不良は不良の世界で、トップに立つことを目指しとる。もうちょっと説明すると、ヤンキーという世界の、人間関係の中で、頂点をとろうとしとるんや。この、出世するわけではないけど、人間関係のトップになろうとする動きが、タクシーの基本や。この動きは、ヤンキーだけやなく、一般の労働者の中にも当てはまる場合がある。出世を考えずに、あくまで場の人間関係を考えて、そこで頂点に立とうとする人らやな。これがタクシーや。ちなみに、タクシーの名前の由来やけど、タクシーはエレベーターみたいに、上へ上がるわけやない。エレベーターが上へ上がる『垂直』の動きやとしたら、タクシーは横へ動く、『水平』の動きや。この水平の動きの中では、人間関係のトップには立っても、出世するとかの、目に見えた上昇はない。この性質を表して、『タクシー』って言うんや。あと、エレベーターが、例えばビルとか、街の上の階の方にあるとしたら、タクシーは、街の『下』の方にあるやろ?車は道路を走るもんやからな。このことは、例えばヤンキーとか労働者とか、エレベーターで表される社会の上層部やなく、底辺の階層におる人々のことを表しとるんや。これが、タクシーの名前の由来や。それで、タクシーのこの性質なんやけど、セントラルパークの住人は、まず出世のことを考えとるから、直接出世と関係ない、水平の動きは分かりにくい。あと、みんなで仲良く、がセントラルパークの基本やから、『人間関係のトップに立つ』っていう行動も分かりにくい。だから、セントラルパークの住人の中には、タクシーの存在すら知らん人も多いんや。
さらに言うなら、セントラルパークの住人は、『射影』を重要視する、っていう説明が前にあったやろ?それについてやけど、タクシーの性格診断は、他の性格診断に比べて、射影がしにくいんや。エレベーターとかロミオとかやったら、出世していくことが目標やから、その『出世』に照準を合わせて、『ビジネスについての人物』とか、『キャバクラNo1の人物』みたいに、射影が可能なんや。もちろん、これはセントラルパークの都合で、ホンマのエレベーターやロミオのフェミニストは、射影なんか気にしてないけどな。
それで、タクシーなんやけど、これは上やなく、いわゆる水平の動きをするから、射影しにくい。『人間関係についての人物』って、何か違和感あるやろ?だから、さっきも言ったように、セントラルパークの住人からは、知られてないことも多いんや。」
「なるほど。よう分かったわ。でも、確か高浜拓哉さんは、田所組におるのに、タクシーやったよな?これはどういうことなん?」
「よう覚えとるな。ええ質問や。実はタクシーには、もう1つの重要な要素があるんや。ちょうどロミオが、単に裏社会におるだけやなくて『人を狙う』ことを目的とする人を表すんと一緒やな。あと、この、タクシーのもう1つの要素は、さっき説明した、タクシーの基本的なコンセプト以上に、セントラルパークの住人からは分かりにくくて、中にはその存在する知らん人もようさんおる。このことが、ゼータの『欠番』に対して、『永久欠番』ってタクシーが言われる理由の1つや。さっきもちょっと言ったけど、永久欠番って、例えばめちゃくちゃ活躍したプロ野球選手とかに与えられるもんやろ?それぐらい、かっこいい『欠番』ってことやな。ゼータの欠番は、お世辞にもかっこいいもんやないからな。 前置きが長くなったな。それで、そのタクシーのもう1つの要素、それは『ホイッグ』や。」
「ホイッグって、前に僕の性格診断で出てきたよな?」
一志は、前に聞いた説明を思い出して、こう言った。そこへ、一子が口を挟んだ。
「その通りや。今から熊野君が、この、ホイッグについて、もう少し詳しく説明してくれるわ。その前におさらいやけど、ホイッグの名前の由来は、イギリスの昔の政党の、ホイッグ党で、その意味は、簡単に言うと、ろくでもない、ゴロツキ、っていうことやったな。それでその中に、『勝ち組が嫌い』って気持ちがある、ってことやったな。」
「うん、そこまでは覚えとるで。」
一志が、前の説明を覚えているのを確かめた後、熊野が口を開いた。
「そのホイッグなんやけど、実はその、『勝ち組が嫌い』だけではないんや。そもそもホイッグっていうのは、ゴロツキのことやろ?そういう風に、自分たちを、ゴロツキって呼ぶのがかっこいい、っていう考え方が、ホイッグの基本や。分かりやすく言うと、例えば、『俺、頭悪いからな~』とかいう人おるやろ?それは、ホンマに頭悪い人かもしれんけど、そう言う人の中には、自分で『頭悪い』って言うのがかっこいい、っていう考えの人もおるわけや。もっと例を挙げると、ヤンキーなんか見てみ。テストで赤点とって、追試受けるのがかっこいい、っていう考え方の人もおるやろ?そういう考え方が、ホイッグや。それで、そういった人は、出世して、勝ち組になることは目指さへん。まさに、タクシーの動きを、そういう人らはするんや。『勝ち組が嫌い』って言うのも、その、ホイッグの特徴の1つなわけやな。それで、ホイッグを持っとったら、ヤンキーとか労働者以外、例えば田所組に代表される暴力団とか、暴走族とかに所属しとっても、タクシーって呼ばれるんや。高浜拓哉さんがタクシーに分類されるんは、そういった理由からや。」
「なるほど。よう分かったわ。確かに僕も、前にも言ったけど勝ち組はあんまり好きやないし、自分で自分のこと、ゴロツキっていうセンスも分かる気がする。やっぱり自分も、ホイッグに当てはまるんやな。」
「その通りや。それで、セントラルパークの住人は、みんな、エレベーターや。そのエレベーターの人間から見たら、ホイッグは理解されにくい。『自分で、頭悪い、っていうことの、どこがかっこええんや?』って話になるわけやな。もっと言うと、タクシーの水平の動きと一緒で、その存在すら理解してない人もおる。ここで射影の話をしておくと、この、ホイッグは、射影しにくいんや。『自分で、頭悪い、っていう人物』…何かしっくり来うへんやろ?『ビジネスについて語る人物』とかやったらしっくり来るんやけどな。それもあって、ホイッグはセントラルパークの住人から、理解されてない。それが、『永久欠番』の名前の由来やな。俺自身も、頭ではわかっとるつもりやけど、ホイッグのセンスを完璧に理解しとるかと言われると、自信ないわ。」
「おばあちゃんも同意見や。ゼータは完璧に分かるんやけど、ホイッグは…。確かに分かりにくい。まさしく、永久欠番や。それで、この、タクシーには、ロミオと同じように、フェミニストが圧倒的に多いんや。それには理由があるんやけど、その説明はまた別の人がしてくれるわ。それでなんやけど、パンドラの箱についての説明を、熊野君、してくれるか?」
その言葉を聞いた熊野の表情が、心なしか硬くなっているように、一志には感じられた。そして、熊野が語り始めた。
「そうですね。ちょっと恐ろしい話やけど、大事なことやから、しっかり聞いてな。この、ゼータとホイッグ、欠番と永久欠番の間には、ある暗黙の了解がある。それは、『お互いに、この2つのアイデアを、ゼータ側とフェミニスト側の、戦争に使わない。』ってことや。」
熊野の説明は続いた。
「その理由は、お互いに、お互いのアイデアが、相手にとって分かりにくい、ってことにあるんや。この戦争のルールの中には、『知恵比べ』っていうものがある。これは、ある特定の分野での、お互いのアイデアとアイデアを出し合って、より優れたアイデアを出した方が勝ちっていう、分かりやすいルールや。」
「おばあちゃんも説明するわな。ちなみにこのルールでは、『人を狙う』とかと違って、勝敗が一発でつくから、ボギーも出やすくなる。もっとも、ロミオのルールでは、知恵比べに負けても、そこでバンカーショット打てたら、ボギーにはならへんのやけどな。バンカーショットもミスすると、そこで初めて、ボギーや。でも、先進国では、『八百長』、『地の利』って言って、バンカーショットも認めてないのが現状や。」
「また『八百長』『地の利』か。勝手やな…。」
何度かこの手のことを経験している一志は、憤りを隠せない。その気持ちを察するように、熊野は一志を見ている。そして、熊野の説明は続いた。
「それで、この、知恵比べで、もしホイッグのアイデアが使えたら、フェミニスト側にとって圧倒的に有利になるんや。なんでかって言ったら、セントラルパークの住人にとって、ホイッグは1番分かりにくいアイデアやからや。だから、フェミニストみたいに、ホイッグのアイデアをゼータ側は出せへん。それで、これを阻止するために、ゼータ側が考えたことがある。それが、『知恵比べにおけるゼータの使用』や。これはどういうことかというと、『もし、フェミニスト側がタクシー、ホイッグ系のアイデアを、知恵比べに限らずこの戦争で使用した場合、ゼータ側の陣営は、ゼータを知恵比べ等に使用できる。そして、フェミニスト側がこれらを使用しない場合は、ゼータ側もゼータを使用できない。』ってことや。」
「えっ、ということは、ゼータのアイデアを利用する、ってこと?」
「ちょっと、おばあちゃんが補足するわな。もちろんこのルールには、反対意見もあった。その理由は、やっぱりシバトラや。それに、永久欠番はかっこいい。そんなかっこいいホイッグと、ゼータを天秤にかけるようなことは、たとえゼータの使い手であってもしたくないっていうのんが、反対意見の主なものや。それで、この戦争は、人間が生まれた時から続いとるわけやけど、旧石器時代の頃には、さっき言った反対意見もあって、ゼータのアイデアを、この戦争に使うのは、自粛しとった。それで戦争は続いたわけやけど、そのうちフェミニスト側の人間が、『ゼータ側はホイッグに弱い。』ってことに気づいたんや。それで、ホイッグのアイデアを、フェミニスト側は知恵比べで使うようになった。そうするうちに、当然のことやけど、フェミニスト側が有利に立って、もう少しでゼータを撲滅できる、ってとこまでいったんや。それでゼータ側は、危機感を持って、ちょうど新石器時代の頃に、さっき言ったルールを考えたんや。それでも、やっぱりシバトラのせいか、ホイッグ全部が使えんようにはならんかった。あくまで知恵比べのホイッグが対象で、例えばバンカーショットとかは、普通にホイッグのもんを使ってもいい、ってことになったんや。」
「俺も補足するわな。要は、フェミニストの陣営は、この戦争に勝って、ゼータを終わらせるために、ホイッグ、永久欠番を使いたい。さっき一子さんも言われたけど、永久欠番で知恵比べすると、フェミニストに有利になるやろ?それで、セントラルパークの住人、いやセントラルパークができる前から、フェミニスト以外の人々はアイデアに弱い。こんなかっこいいアイデアをいっぱい出せるんやったら、その人の言うことを聞いて、ゼータは止める、っていう風に話が進むんや。でも、ゼータ側はそれを阻止したい。そこで考えたんが、ゼータ、欠番の使用や。相手が永久欠番を使うんやったら、こっちも欠番を使うって、ゼータ側の人間は考えたんやな。その代わり、相手がホイッグを使わへんのやったら、自分たちもゼータを使わへん。それで、欠番で永久欠番を封印して、ゼータ側とフェミニスト側の均衡を保とう、って考えたんや。それで、さっき言ったルールができたわけや。」
「なるほど、悔しいけど、確かに話の筋は通っとるわ。」
「それから、ここからが許せへんのやけど、こんなルールも追加されんや。『フェミニスト側が先述のアイデアを用い、ゼータ側がゼータの知恵比べで勝利した場合、ゼータ側はそのゼータを、実際に使用することができる。』。」
「何それ!?どういうこと?」
「今から詳しく説明するわな。さっき言った、ゼータとホイッグで均衡を保つルールが定められた後、ゼータを使う一部の過激派から、このルールだけでは不十分や、って意見が出た。それで、考えられたんが、世にも恐ろしい、通称、『インプレイ』のルールや。このルールは、もし、フェミニスト側が、欠番と永久欠番の均衡を破った状態で、ボギーを出した場合、ゼータ側は、考えたゼータを、女の人に実際に使用してもいい、ってルールや。」
「それって…。実際にレイプするってこと?」
「その通りや。もちろん、これはあくまでも過激派の考えたルールであって、たとえゼータの使い手でも、みんなが実際にゼータを使いたいわけやない。何より、セントラルパークは、あくまでアイデア重視で、それはゼータでも変わらんからな。でも、一部の過激派の考えたレイプ、セントラルパークの用語で言うと、インプレイをしてもいい、ってルールのせいで、ホイッグを使おう、っていう人はほとんどおらんようになった。失敗したら、あまりにも恐ろしい結果が待っとるからな。」
「おばあちゃんもゼータは持っとるけど、過激派には反対や。あくまでセントラルパークは、アイデア重視の方がええ。それで、さっき熊野君が説明してくれたルールができて、欠番と永久欠番の間には均衡ができた。それで、その均衡を破ることは、『パンドラの箱』になったんや。パンドラの箱の話は知っとるやろ?ギリシャ神話の言葉で、絶対に開けたらあかん箱、ってことやな。それで、こんな厳しいルールやけど、その、パンドラの箱を開けようとした、フェミニストも、過去にはおったんや。その話を、今から熊野君にしてもらおか。あと、今から熊野君に説明してもらうことは、フェミニストにとって恐ろしいことも、逆にゼータ側の人間にとって恐ろしいことも含まれとるで。」
一子はそう言い、ぎょろりとした目で、一志を見つめた。
「じゃあ説明するわな。今までこの、パンドラの箱を開けようとしたフェミニストは何人かおる。まずは、思い出したくないけど、失敗した例から見ていこか。一志は、『ロサンゼルス暴動』って知っとるか?」
「一応聞いたことはあるけど…。確か90年代に起こった、ロサンゼルスでの暴動のことやんな?それがその、パンドラの箱と関係があるん?」
「そうやな。表向きは、ロサンゼルスで起きた大規模な暴動、っていうことで、一見この戦争とは何の関係もないように見える。実際、メディアでも、一般的な暴動としてしか報道されてない。まあ、その『暴動』も大事なニュースやけどな。話を元に戻すな。この、『ロサンゼルス暴動』は、ゼータが実際に使われたことのバグ処理や。」
「ゼータが実際に使われた…。バグ処理って、前にも聞いたことがあるけど、それも何かを表しとるん?」
一志は、素直な疑問を口にした。熊野の説明は続いた。
「ゼータが実際に使われたとか、聞くだけでもゾッとするよな。バグ処理は、一志が言うように、出されとるんや。元々、『バグ』っていうのは、コンピュータープログラムの製造上の誤りや、欠陥のことやろ?それを処理するのが、バグ処理や。これを分かってもらうには、セントラルパークの構造について、もっと理解してもらわなあかん。この、セントラルパークは、建前と本音の、二重構造になっとるんや。具体的な例を挙げると、一志は、映画『マトリックス』を見たことあるやろ?あの映画の中では、実際の世界と、コンピューターが作り出した仮空の世界があったよな?それで、仮空の世界の方は、20世紀の社会を表した、作りになっとったな。それと同じで、セントラルパークも、仮空の世界と、実際の世界の二重構造になっとるんや。どういうことかというと、セントラルパークの住人は、フリータイムで、いろんな案を出し合う、っていうのは前にあずささんから説明があったな。その、フリータイムと、1人になって案を考える時間が、いわゆる『実際の世界』や。もちろん、その間もファインダーは使っとる。それで、それ以外の時間は何をしとるかというと、『決められた通りに』動いとる。」
「それ、前に聞いたことある!確か、めっちゃ怒られたような…。」
「そうや。一志が小さい時に言った言葉やな。一志は、その時一志が考えたなりに言ったんやとは思うけど、セントラルパークでは、『決められた通りにやらんでいい』っていう言葉は受け入れられん。俺も、一志やからええけど、他の人が言ったら、カチンとくると思うわ。まあバイト先の店長が怒った理由は、純粋なセントラルパークの住人とはちょっと違うけどな。説明に戻るわな。セントラルパークの住人は、フリータイムと、案を練る時間以外は、決められた通りに、つまり、『ノート』に書いてある通りに動くんや。ここでいよいよ、ノートの説明や。ノートのことは、前に聞いたことがあるやろ?」
一志は、前から気になっていた、ノートの説明を聞けると知り、少しだけ嬉しくなったが、すぐに気を引き締めた。
「実は、セントラルパーク、いや途上国も含めて、人間は生まれてくると、自分のノートが与えられる。それで、そのノートに、自分の言った言葉、とった行動とかが、書き込まれていくんや。このノートの仕組みは、セントラルパークができる前からあって、昔は、特に記憶力のええ人が、人の言葉、行動を覚えて、書いとったんや。ちなみに、人の言葉とか、行動を、一字一句漏らさず覚えて、ノートに書く、っていうのは、ボディーガードになった一志からしたら、難しいとは思うけど、ファインダーを使えは、そんなに難しいことじゃないんや。もちろん、ずっと覚えとくんは難しいけど、ノートに書くまでやったら、たいていの人は覚えられる。まあでも現代では、監視カメラとか、ボイスレコーダーがその役目を果たしとるんやけどな。ちなみに、それが息苦しいということで、途上国の一部では、未だに記憶力のええ人がノートを書いとるんや。まあ、とりあえず、セントラルパークでは、監視カメラとか、ボイスレコーダーやな。それでそのノートは、時間のある限り、他人の分まで読む決まりになっとる。一応決まりの上では、死んだ人も含めて、全員分、一字一句漏らさずに読む決まりになっとるんや。なんでかっていうと、セントラルパークの住人は、できるだけ多くの人と関わりたい、って思っとるからや。それで、その人との関わりの基本が、ノートを読むことなんや。極端な話、外に出てしゃべらんでも、ノートを読んどったら、人と会っとることになる。その時はもちろん、ノートに書いてある人、つまりそのノートの元の持ち主のファインダーを使って読むんや。つまり、その人のファインダーを使って、その人のノートを読む、これが『人と会う』、つまりセントラルパークでの、コミュニケーションの基本なんや。
でも、全員分読むっていうのは、時間的に不可能やろ?だから、ノートを読める人は、近くにおる人とか、有名人とかに限定される。それで、セントラルパークのルールでは、それは仕方がない、ということになっとる。ただ、あくまでも原則は、全員分や。あと、その人の全ページを読まんでも、最近のページだけでもいい、ということにもなっとる。これも時間の都合やな。
それで、今からセントラルパークの住人の、1日の行動を解説するで。まず、フリータイムに出るために、1人で案を考える。これは意外に思うかもしれんけど、トイレでやる、って決まっとるんや。ちなみに、他の人のノートも、基本的にはトイレで読む決まりになっとる。それで、フリータイムに出る。それ以外の、外に出る時間帯の行動は、フリータイムの時に、前もってこういった行動をしますって、みんなの前で発表しとくんや。その行動は、自分で新しく考えたものでもええし、今までの行動、つまり昔のノートに書いてあったことをそのまま使ってもええ。そうやって発表した行動通りに、外に出とる時間は動くんや。
もっと分かりやすくするために、サラリーマンを例に出そか。このサラリーマンは、ビジネスについて考えとるセントラルパークの住人、って設定な。まず朝、トイレでビジネスの案を練る。その後、フリータイムに出席して、みんなでビジネスについて案を出し合う。この時に、新しいビジネスの案だけじゃなくて、外へ出るときの行動パターンも、一緒に決めとくんや。とりあえず。その日は今まで通りの仕事でええんやったら、過去の、他の人のノートとかを参考にして、今まで通りの行動パターンに設定する。逆に、新しい仕事をしたい場合は、新しい行動パターンを、前もってみんなの前で発表しとくんや。他にも、例えば会社の上司から、新しい仕事をやって欲しい、ってことで、行動パターンを指定されることもある。まあそんなこんなで、行動パターンが決まったら、社会に出て、その行動パターンを踏み外さんように、『決められた通りに』動くんや。」
「それがセントラルパークか…。かなり息苦しそう…。」
一志は、つい本音を漏らしてしまった。
「おばあちゃんは全然息苦しくないで。セントラルパークの住人が、なんでこんなパターンの行動をとるか分かるか?それは、寂しいからなんや。何回も言うようやけど、この一連の流れの間、ゼータ以外は、ずっと、ファインダーを使っとる。ファインダーを使って、前もってみんなが知っとる行動をとると、精神的に落ち着くし、みんなが自分の行動を見とる、みんなの中に自分の行動があるような気がして、寂しくなくなるんや。だから、おばあちゃんはこのシステムには賛成や。」
「俺もフェミニストやけど、このセントラルパークのシステムじゃないと寂しい人間や。あと、途上国は全く違う行動パターンをとるんやけど、それはまた説明があると思うわ。それで、セントラルパークの行動パターンについて補足やけど、基本的に、セントラルパーク内では、昼も夜も、春夏秋冬の季節も関係ない。あるのは、トイレでの案練り、フリータイム、みんなの前での決められた通りの行動、のサイクルだけや。さっきのサラリーマンの例では、朝に案練りとフリータイム、ってことにしたけど、これは、セントラルパークについて知らん人が分かりやすいようにそう言っただけで、実際には、昼間とか夜とかにフリータイム、なんてことも普通にある。なんでそうなるかというと、ゼータほどではないけど、ファインダーで見とったら、暑さ寒さは関係なくなる。それに、昼も夜も関係なくなる。そんなん感じるくらいやったら、ファインダーで人と会っときたい、っていうのがセントラルパークの住人の考え方や。まあ、睡眠時間は夜にとるけどな。」
「ますます息苦しく感じるわ…。僕は、春夏秋冬の季節もすごい好きやし、昼とか夕方とか、夜とかの時間の感覚も大事にしたいってタイプの人間やから、セントラルパークは耐えられへんと思う。なんか、頭がおかしくなりそう…。」
「一志はそうやろな。それで、こういった、セントラルパークの生活の一連の流れのことを、野球になぞらえて、『ペナントレース』っていうんや。野球やったら、サッカーやバスケとかと違って、実際の時間やなく、イニング制で試合が進むやろ?そのことを、実際の季節や時間と違う、セントラルパーク独特の生活リズムにかけとるんや。まあ、そういう風に出されとるってことやな。」
「なるほど。ペナントレースか。野球は好きなんやけどな…。」
「それで、『バグ処理』の説明やな。さっき言った、建前と本音の二重構造、っていうのは、『決められた通りに動いとる』時間と関係があるんや。具体的に言うと、『決められた通りに動いとる』時間が建前や。つまり、『決められた通りに動いとる』時間は、さっきの『マトリックス』の例で言ったら、映画の中での、20世紀末の社会を表したつくりになっとる。だから、ノートを持ってない人から見たら、ちょうど20世紀末レベルの科学水準の、日常的な生活が営まれとるように見えるんや。でも、実際は違う。科学水準やって、これは後で説明があると思うけど、20世紀末レベルをはるかに超える水準やし、何より実態は、セントラルパークや。こういう風に、何も知らん人から見たら、普通の生活を送っとるように見えて、その実は、別の世界になっとる、っていうのが、セントラルパークの特徴や。」
「なんかややこしいけど、何となく分かったわ。でも、何でセントラルパークはそんなシステムになったん?」
「これは、おばあちゃんが説明するわ。このシステムは、一志みたいな、何も知らん人をだますために作られたわけやないんやで。セントラルパークがこういう作りにになった原因の1つは、科学の進歩やな。詳しくはまた説明があると思うけど、科学が進歩し過ぎて、それをそのまま使うだけの生活では、人間味が失われるって、特に途上国の住人は考えたんや。もちろん、セントラルパークの住人はそんなことは気にしてない。それに、せっかく作ったセントラルパークは失いたくない。そんなわけで、セントラルパーク側の人間の中には、途上国側のこういった意見は無視しよう、っていう人もおったんや。でも、そこは持ちつ持たれつやな。結局、途上国側の意見も尊重しよう、ってことになって、建前の世界だけでも、いわゆる『20世紀』の科学水準や、生活水準の暮らしを送ろう、ってことになったんや。まあそういった理由で、こういうシステムになっとるんや。」
「なるほど。途上国への配慮もあったわけやな。」
一志は、セントラルパーク側の、途上国への配慮を知り、少し勇気づけられた。そうしているうちに、熊野がまた、説明し始めた。
「バグ処理の説明に戻るけど、ここまでの説明で、何となく言いたいことは分かったやろ?要は、人々の、フリータイムとか以外の行動を、『建前の世界』の中で成り立たせるように、つまり、『バグ』という現象が起こらんようにすること、それが、バグ処理や。『マトリックス』の映画の中でも、何回もバグが起こったな。これの具体例として、1番分かりやすいんはゼータやから、ゼータの話に戻るで。ロサンゼルス暴動なんやけど、この時にゼータが実際に使われたっていうのは、前に話したな。とりあえず、そのいきさつは後で説明するわな。その、ゼータが実際に使われる、ってことは、バグになるんや、普通に考えて、20世紀の世界では、ゼータなんか存在すらせえへんやろ?一志も、この世界の建前の世界を見てきたから、分かるはずや。それで、そのバグ処理として考え出されたんが、暴動や。暴動が起こって、街がめちゃくちゃになったってことで、ゼータのバグ処理をしたんや。暴動やったら、普通の世界でも起こりうることやもんな。」
「何それ…。」
「ここから、そのいきさつについての説明や。ロサンゼルス暴動、つまり、ゼータが実際に使われるという事件が起きる前、あるボディーガードが、アメリカにおった。そのボディーガードは、デイヴィッド・ピーターソンって名前や。ちなみに性格診断は、セピアのエグゾディアで、歌舞伎町の古着屋の店員で内定や。そのボディーガードが、この戦争を終わらせるために、パンドラの箱を開けてもたんや。どうしたかっていうと、1ヶ月っていう期限を切って、永久欠番のアイデアを戦争の、知恵比べとかに使う、って宣言した。それで、この宣言がゼータ側に認められたんや。それでゼータ側は、1ヶ月間、ボギーを出さんかったら、ゼータを廃止する、って約束した。ピーターソンもエグゾディアで、ロイヤルゼリーやったから、みんなの尊敬を集めとった、っていうのが、こういう風な約束ができた理由やな。
それからの1ヶ月間は、双方とも死に物狂いの戦争や。最初は永久欠番の知恵比べにフェミニスト側が勝って、フェミニストの優勢で、戦いが進んだ。でも、途中から、卑怯な話やけど、ゼータ側は『八百長』を使い始めたんや。一志も経験あるやろ?敵が一瞬、油断した時に『八百長』って言って、『気を抜いたからボギー』っていう、あれやな。それで、二言目には、『先進国、セントラルパークの地の利』や。『八百長が嫌やったら、途上国に行け』ってことやな。この八百長にもうまく対処して、途中までピーターソンはがんばっとったんやけど、あと1日で1ヶ月達成、ってところで、ピーターソンは気を抜いてもた。」
「それは卑怯やな…。それで、フェミニスト側は負けてもたん?」
「その通りや。それで、最初のルール通り、一部の過激派が、ゼータを実際に女の人に使うことになった…。これが、ロサンゼルス暴動の正体や。」
一志は、ロサンゼルス暴動のいきさつを聞き、言葉を失ってしまった。ここまで汚く、恐ろしいことが他にあるだろうか?そして一子が、そんな一志の気持ちを察しながら、口を開いた。
「過激派もそこまでせんでもええとは思うんやけどな…。ちなみに、実際にゼータを使われたんは、嫌われ者のオオカミや。さすがの過激派も、オオカミ以外の、一般人には手、出せへんかったな。もちろん、だからええってわけではないけどな。」
「オオカミは俺も嫌いやけど、それとこれとは話が別や。ちなみに、ピーターソンは前に説明があったルール通り、一旦死んで、今はブラジルで、AMとして、この戦争に参加しとるんや。AMやったらプレスアウトも使えんし、何かと不便なんやけどな…。それで、ピーターソンも、一志には期待しとるで。」
一志は、まだ見知らぬ味方からの期待を受け、嬉しくなると共に、プレッシャーを感じた。
「じゃあ次は、パンドラの箱の成功例や。いよいよゼータ最大の敵、高浜宗鱗の説明やな…。じゃあ熊野君、説明お願いしよか。」
「高浜宗鱗については前にも説明がちょっとだけあったと思うけど、今から詳しく説明するわな。まず宗鱗の性格診断なんやけど、宗麟はタクシー系のフェミニストや。それで、デスペラードで、歌舞伎町の古着屋の店員で内定や。」
「ふうん、そうなんやな。」
「それで、宗麟のおった鎌倉時代は、タクシー系のフェミニストの楽園、って言われとる。宗麟の生きとった頃は、ゼータ側の人間も手出しできんかったんやな。どうやってゼータを封印したかっていうと、宗麟も、パンドラの箱を開けたんや。」
「なるほど。それで、1度もボギーを出さんかったんやな。すごいな。」
「もちろん、宗麟は生涯で1度も、ボギーを出さんかった。でも、それだけやない。宗麟は、ゼータ側も震えあがるような方法を使って、ゼータを止めたんや。」
「それってどんな方法?」
「なんと宗麟は、自分から、ゼータの知恵比べを持ちかけたんや。」
「えっ!?宗麟はフェミニストじゃないん?」
「もちろん宗麟はフェミニストや。だから、ゼータは当然持ってない。それでも、宗麟は自分の感覚だけで、ゼータの知恵比べで勝負したんや。それで、1度もその知恵比べで負けたことがなかった。これにはゼータ側も震えあがって、ゼータを考えることを止めたんや。それで鎌倉時代は、フェミニストの楽園になった。」
「自分はゼータを持ってないのに、ゼータ側に負けん、ゼータのアイデアを出す…。ちょっと考えられんのやけど、高浜宗鱗って、すごい人なんやな。」
「その通りや。まず、ゼータで知恵比べをする、っていう発想が度胸があるし、それで1回も負けん、っていうのがすごいな。でも一志もその血を受け継いどる人間やから、大丈夫や。ゼータの知恵比べをしろとはとてもよう言わんけど、一志は一志なりに、がんばらなあかんで。」
「その通りやな。」
次の瞬間、一志はフラッシュバックから覚めた。気づけば、信号は赤に変わっており、大勢の車が、一志の周りで止まり、迷惑そうにクラクションを鳴らしている。一志は、申し訳なく思うと同時に、この中の何人が自分の味方で、何人が敵なのか、知りたいという気持ちを強く持った。