第5章 性格診断
第5章 性格診断
2008年8月15日、夜。
「まずは、『ボディーガード』について説明せなあかんのやけど、詳しい話は後回しや。要は、一志がフェミニストたちにとって、選ばれた人間ということや。それで、さっきも言うたように、トレーナーカードを使えば、ゼータを止められる。でも、その時に、トレーナーカードを使える人間には、条件があるんや。」
「条件ってどんな?」
「いっぺんに言うからよう聞きよ。とりあえず、『性格診断』や。PMは場合分けでダメ。bluesは性周でダメ。新種も性周でダメ。チューバッカは首の皮一枚。AMやったら認められる。ただし特別な場合には、例外もある。」
「!?何言っとるかさっぱり分からんのやけど。」
「まあいきなり聞いても分からんわな。一応さっき言うたことが公式の決まりや。一個一個説明していくわな。性格診断なんやけど、これは人間のタイプの診断や。もちろん人それぞれ個性があって、同じように見えても一人一人は違うんやけど、おおまかなタイプには分けられる。その診断を、『性格診断』って言うんや。人間のタイプは、過去のデータの蓄積から、だいたい導くことができる。もちろん、過去には存在せえへんタイプの人間もおる。そういう人間を、『新種』って言うんや。ここで改めて一志の性格診断をせなあかんのやけど、その前に他の人の性格診断を知っといてもらわなあかんな。そのために、今日は3人のゲストを家に呼んであるんや。おばあちゃんも含めて4人の、性格診断を話すから、よう聞いて参考にしいな。まずは、立岩さんからや。」
そして、一志の前に、背が低く、小太りの男が入ってきた。
「一子さんに呼ばれてきた、立岩です。性格診断ですね。『世の中のこと、全ては、ファッションのためにある。』
一志は、見た目の割にハキハキとしゃべるこの男の言葉に、真剣に聴きいった。
「私は、完全に、セントラルパークに染まった人間です。ファインダーじゃないと物足りない。クリアでは寂しい。そして、特にファッションについて、いろいろ考え、意見を出していたら楽しい。ファッション以外にも、その時の気分で、いろんな方面、例えば音楽や映画などについて考え、意見を出すのですが、それらの考え全ては、ファッションのためにあると考えることで、心のスイッチが入りました。ちなみに、私みたいに、『全ては~のためにある』という考え方を、『右派』って言います。」
「なるほど。何か、僕の生き方とは全然違うような気がします…。右派は、政治で使う言葉ですね。ということは、『左派』の人もいるんでしょうか?あと、最初から、その『ファッションのためにある』っていう考え方だったんですか?」
「そうですね。一志さんの考え方とはまるっきり違うと思います。もちろん、左派の人もいますよ。左派の説明はまたの機会に。一応言っておくと、個人的に、左派は寂しいですね。それと、私は『ゾンビ』なので最初から『全てはファッションのためにある』という考え方だったわけではありません。昔から色々と考えてはいたんですが、中学生の頃、『全てはファッションのためにある』と考えることで、心が落ち着きました。今では、自分のやっていることを誇りに思います。ゾンビについては、後で、あなたにとっては嫌というほどその存在を思い知らされることになります。ちなみに、私みたいな右派のゾンビを、『ジェイソン』って言います。」
一志は、「ゾンビ」という言葉に、一瞬だけではあるがたじろいだ。そして、今の自分にとって、最も大事な質問を、この、立岩と名乗る男にぶつけてみた。
「もう1つ質問なんですが、ゼータや、『女は家』といった考え方についてはどう思われますか?」
「私は、ゼータを持っていません。正直、ゼータは見てられないです。でも、55年体制に反対しているかというと、それはちょっと…。一志さん、人間というのは弱い生き物なんです。ゼータの使い手は、スポーツマンシップを持っていますよね。それに逆らうのが恐いんです。私みたいな人間は、セントラルパークには大勢います。ただ、『女は家』には賛成です。もちろん、ファッションに携わっている人間なので、フェミニストの気持ちは分かります。でも、女は家です。そうでないと、寂しいです。」
「この、立岩さんは、セントラルパークには賛成やけど、55年体制はちょっと…っていう、分かりやすい例や。次はおばあちゃんの性格診断いくわな。おばあちゃんの憧れは、『東大』や。おばあちゃんの人生の中心には、学問がある。」
一子の性格診断が始まった。今まで、祖母と何度も話したことのある一志であったが、祖母の人生観などは聞いたことがなかったということもあり、いつもにも増して、一志は真剣に聞き入った。
「おばあちゃんは、学問が中心なんは確かなんやけど、右派の、『全ては学問のためにある』って考え方は、ちょっと息苦しい。気持ちは分かるんやけどな。学問以外にも、政治とか経済とか、いろんな方面に行くことがあるんやけど、おばあちゃんの場合は、学問に帰ってくるんや。」
「息苦しい」という一子の考え方を聞いて、一志は少し嬉しくなったが、すぐに気を引き締めた。
「そうなんや。どんな学問が中心にあるん?」
「一志には分かりにくいかもしれんけど、おばあちゃんみたいな人間を、『一発屋』って言うんや。一発屋の仕事は、例えば人間の精神状態とか、社会の仕組みとかを研究して、その研究の結果を、『バンカーショット』、『トレーナーカード』みたいに外に出してもらう、ってことや。ちなみにこの2つは、社会の仕組みにあたるわな。人間の精神状態を表したもので、出されとるものは、『80』とか『パラサイト』とかがある。一応説明しておくと、『80』は、ある人のことを100%好きではないけど、80%、つまり大部分は尊敬しとる、って意味で、ヤクルトの商品の、『80』という形で出されとる。好きにはなれんけど、立派な人物を讃える時に、使う言葉やな。あと、『パラサイト』は、一志が何かを始める時に、参考にする人がおるやろ?その人を、一時的に『かっこいい』って思う感情のことや。例えば一志がギターを始めるとして、近所のお兄ちゃんに、ギターを習うとする。そうすると、そのお兄ちゃんのことを、一志は、『お兄ちゃんはギターのレベルが高くて、かっこいい。』って思うはずや。その感情が、パラサイトや。でも、そのお兄ちゃんより、自分の方がギターがうまくなったら、もうかっこいいとは思わんようになる。これが、普通の『リスペクト』とは違う、パラサイトの特徴や。言葉の由来は、『ある特定の人物に、寄生する』ってことや。この場合やったら、そのお兄ちゃんに、寄生しとった、ってことやな。それで、一時的にかっこいいと思って、でもすぐにそうは思わんくなる。一応、昔映画で『パラサイト』ってあったやろ?そういう形で、世に出されとるんや。
話を元に戻すわな。こうやって一発屋は、世の中にあるいろんなことを分析して、それに名称を与えるんや。それで、一発屋の意味は、一発ヤマを当てて、それを出してもらう、みたいに理解してくれたらええわ。」
「一発屋か…。初めて知ったわ。」
また、セントラルパークの専門用語のようなものが、一子の口から出てきた。ここで、立岩が口を挟んだ。
「僕は主に、サブカルチャーについて考えているので、学問とか政治とか経済とか、いわゆる高尚な領域に行くことはないです。ただ、一発屋は、かっこいいと思います。その中でも、一子さんは特にかっこいい。」
「おばあちゃんも、主に高尚な領域について考えとるから、サブカルチャーには行かへんな。ちなみにおばあちゃんは、右派でも左派でもない、中道や。左派の説明は後であると思うから、置いといて、中道は、例えば学問やったら学問について考えて、他の領域に行っても学問に帰ってくる、オーソドックスな考え方のことや。あと、前にも言ったけど、おばあちゃんはゼータの使い手やで。女の人でも、ゼータの使い手はいっぱいおるんや。」
「私立岩と一子さん、この2人が、セントラルパークの代表的な住人です。私たちは、アイデアを出していたら楽しいし、他の人に自分のアイデアを見て欲しい、そしてその人のアイデア作りに、自分のアイデアを利用して、参考にして欲しいんです。」
「その通りや。立岩さんもなかなかかっこいいからな。ただ、おばあちゃんはそっちに行くことはないけどな。」
一子も、立岩の意見に賛成であった。
「一子さんはかっこいいので、よく参考にさせてもらっています。こういう風に、アイデアを出し、人のアイデアを楽しみ、参考にし、利用する。それが、セントラルパークです。」
一志は、これまでセントラルパークについて散々聞かされてきたが、やはりどうも自分の肌には合わない。
「どうやら、僕の考え方ではなさそうですね…。」
「一志には一志の性格診断があるからな。次は、一志の親戚、高浜拓哉さんの性格診断や。」
一志の前に、高浜拓哉というらしい男が入ってきた。この男は背が低く、痩せていて、柔和な顔つきである。自分の親戚ということは、フェミニストなのだろうかと、一志は思った。
「こんにちは。高浜拓哉です。一志さんとは、親戚になりますね。もちろん私も、フェミニストですよ。先進国のこの現状は、見てられないです。」
「やっと味方が現れた、という感じがします。お互いにがんばりましょう!」
「そうですね。ではまず私の性格診断のキャッチフレーズから。『マーシャルです種まき息苦しい。マラッカ海峡息苦しい。』」
「あの…。よく分かりませんが。」
「いきなり言われても分かりませんよね。では説明を。まず、私みたいなタイプの人間を、『マーシャル』と言います。マーシャルの1番の特徴は、『種まき』です。種まきというのは、世の中のアイデア、例えば科学や技術などの人類の行為は、時代を経るにつれて種をまくように広がっていき、人類はその流れの中で生きている…というような考え方です。分かりにくいと思うので、図を書いて説明しますね。例えば、『私』が中心に立っているとします。そして他の誰かが、A、という学問上の業績を上げたとします。また他の誰かも、B、というサブカルチャーの、業績のようなものを上げたとします。この場合、図のおうぎ形のある部分にAの業績、また別の部分にBの業績があるというように、マーシャルでは考えます。そして、例えば学問なら学問という分野で、先人のまいた種を元にして、新たなアイデアなどが生まれ、さらに種をまいていく…。このような行為を、種まきと呼び、そして、この流れ全体のことを、『マーシャル』と呼ぶのです。つまり、アイデア、技術、業績などの大海原に、私が存在している…。これが、マーシャルの考え方です。
そして、この考えは、学問などの限られた分野でなく、全ての人間の行為に当てはまります。例えば、ここに一人のサラリーマン、詳しく言えば、銀行員がいたとします。そして、その銀行員は、融資などを結ぶために、日々努力しているとします。そして、たとえ小さな融資でも、その融資によって世の中が少しずつ変わり、より良い物になっていく…。こう考えれば、融資に向けた努力は、まさしく種まきであるとマーシャルでは考えます。その他に、ビジネス関係で例を挙げるなら、商社マンの契約の取り付けなども挙げられるでしょうか。」
「少し固い話ですね…。」
「今はまだ気づかれていないかもしれませんが、マーシャルはあなたの性格診断によく似ているのですよ。もう少し詳しく私の性格診断を話しますね。私もろいろ考えるのは好きです。そういう意味で、セントラルパークの住人の気持ちは分からなくはないのですが、やっぱりセントラルパークの体制、特に、ファインダーは息苦しいです。私も考えることにおいて、いろんな方向に行くのですが、やっぱりマーシャルという大海原に帰ってくる、ですね。次に、私がメインに考えていることについて話しておきますね。私は、田所組の一員です。」
唐突に高浜拓哉の口から出てきた言葉に、一志は面食らった。まさか、かの有名な、日本最大の暴力団である、田所組の一員が、自分の家にいるとは…。
「田所組って…。あの、暴力団のですか?」
「その通りですが、それもワイドショーですね。一志さんは、田所組は殺し合いなど、悪いことばかりしていると思っていませんか?」
「その通りです。」
一志は、正直に言った。
「まあ今の先進国の状況で育った一志さんが、そう思うのも無理はないですね。今から、本当の田所組について説明したいと思います。まず1点目ですが、田所組、いや他の暴力団や暴走族も含めて、そこにいる人間は人殺しなんてしません。やっているのは、以前あずささんから説明のあった、狙う、ということです。そして、2点目ですが、田所組は、フェミニストの集団です。前に一子さんから説明があったと思いますが、田所組に多くいるのは、『ロミオ』系のフェミニストです。『ロミオ』というのは、キャバクラや暴走族、暴力団など、裏社会の匂いのする場所、またそこで活躍する人のことです。ただし、いわゆる、人を狙うことを主目的としない人は、裏社会であっても、ロミオとは言いません。このことについては、また詳しい説明があるかと思います。そして、そこにいる人はほとんどがフェミニストです。この辺りの事情の説明も、後ほどあると思います。ちなみに、私は田所組の一員ですが、ロミオではありません。」
「じゃあおばあちゃんの口から、田所組について補足するわな。田所組は、ロミオやその他の、裏社会系のフェミニストのために、大正時代に、先進国である日本に作られたんや。田所組ができる前の日本でも、フェミニストは、組織を作ったりして活動しとったんやけど、どうしてもまとまりがなかった。そこで、あるロミオ系のフェミニストが、『フェミニストの統一した、心の拠り所になるような組織を持たせて欲しい。』って言い出したんや。55年体制下では、先進国である日本国内は、ゼータ側の人間が主導権を握っとるから、そういった組織を作るには、許可が必要やったんやな。それで、ゼータ側の人間は考えた挙げ句、それを許可した。まあもともとセントラルパークの人間には、持ちつ持たれつの精神があったし、それに何といってもフェミニストはかっこいいから、許可が下りたんやな。あと、フェミニストに対しての、一種のハンデのような気持ちも、あったかもしれん。今では、田所組の他にも、いろんな暴力団系の組織はあるけど、さっき言ったような経緯で、田所組が作られて、それが日本のフェミニストの総本山みたいな組織になったんや。今日では、日本の、ロミオやその他の裏社会系の多くのフェミニストたちは、田所組に憧れて、田所組に入ることを目標としとるんや。ただ、その代わりと言ってはなんやけど、メディアでは、田所組は、『悪の組織』って、酷評されるようになった。だから一志が勘違いするのも、無理ないわな。その理由は、田所組がフェミニストの集団、っていう以外にもう一つあって、それは、今の一志やったら分かると思うけど、根本的に、セントラルパークの住人は裏社会に対して、恐い、っていう気持ちを持っとるんや。そのことを、『肝試し』って言うんやけど、その気持ちがあるから、ワイドショーで裏社会を、『恐ろしい、悪の塊』みたいに表現したんや。」
一志は、田所組の本当の姿を知った。そして、自分たちの味方になってくれる、大きな組織が日本にあると聞いて、勇気が湧いてきた。
「では引き続き私の説明を。確かに裏社会は恐がられていますが、決して無差別な殺人などの行為はしません。話を元に戻しますね。
私がメインに考えているのは、『ブラックスーツ』です。」
「なるほど。それを聞いて安心しました。ところで、ブラックスーツ、というのは何でしょうか?」
「ブラックスーツというのは、任侠における倫理とでも言いましょうか。例えば、『堅気の人間に迷惑をかけない。』であるとか、『親分、兄貴分の言うことには従わなければならない。』、『上に立つ者がしっかりしていないと示しがつかない。』などですね。スーツというと、しっかりした印象をお持ちですよね?そこから、任侠と、しっかりした考えをかけて、『ブラックスーツ』と呼ぶのです。ブラックスーツについて考える時は、例えば、こういったシチュエーションでは、任侠に生きる人間としてこうするなど、ロールプレイのような形で考えることが多いです。もちろん、普遍的な道徳も考えますが。そして、ブラックスーツもいろいろあって、考えていると楽しいです。他にもいろいろ考えるのですが、やっぱり、ブラックスーツに帰ってくる、ですね。『全てはブラックスーツの為にある』は息苦しいです。」
「なるほど。確かに、その、肝試しって言うんでしょうか。少し恐いですが、僕の味方なんですね。」
「全然恐くないですよ。もちろん人それぞれで、一概には言えないですが、高浜家には、暴力団関係のフェミニストがたくさんいます。また、後で詳しく説明を受けると思いますが、あなた自身も、暴力団関係の子だと思われてますよ。本当は違うんですけどね。」
一志は、自分が暴力団関係の子だと思われていることに、びっくりした。
「そうなんですか!?それは僕が高浜家の人間だからでしょうか?」
「その通りです。あと、私は、『古き良き日本のヤクザ』で内定が出てます。『内定が出る』、っていうのは、『そこに就職ないし所属するのが、一番安定する』ということです。人はみんな、どこかの場所で内定が出ます。つまり、生まれながらに決まっている、内定の出た場所に、多くの人は所属しているということです。内定が出るのは、職業やそれに類するものだけではありません。マーシャルや東大、ジェイソンなども内定です。」
高浜拓哉のその言葉に、一志は少し違和感を覚えた。
「それは、生まれながらに人生が決まっている、という風にとれなくもないのですが…。それだとちょっと息苦しいです。」
「もちろん内定はあくまで指標なので、絶対に従わなければならないものではありません。現に、フェミニストに多いのですが、内定に従っていない人もいっぱいいます。私も最初は少し抵抗がありましたが、今では内定を受け入れています。やっぱり内定の出た場所が、1番落ち着きます。」
「おばあちゃんは全然息苦しくないで。やっぱり自分の内定の出た場所が1番や。おばあちゃんだけやなく、セントラルパークの住人で、内定を息苦しいって感じる人はおらん。
息苦しいって感じるのは、フェミニストや。」
一志は、一子の言葉を聞き、そういった所にも、自分とセントラルパークの住人との、考え方の違いがあるのかと思った。
「次に、マラッカ海峡の説明ですね。私たちは、マラッカ海峡を使って、ものを見る時間がないと息苦しいです。と言っても、マラッカ海峡はファインダーのように、自分の目をふさぐものではありません。見え方は、クリアと同じなのですが、自分の体の力の入れ方が、全然違います。自分の力、気合を入れて、その気合が極限に達した時に、マラッカ海峡は完成します。その状態で、人との会話など、日常生活を送るのです。このマラッカ海峡は、マーシャルを持っている人間が、主に使います。また、マラッカ海峡はもの凄くエネルギーを使うので、長くても10分程しか持ちません。そのため、私たちマラッカ海峡を使う人間は、人前に10分ほどしかいることができません。もちろん、マラッカ海峡を使わなければいいのですが…。このことについては、後でもう少し詳しい説明があります。以上で私の説明を終わります。」
「さあ、次は山田君の性格診断行こか。」
一子がそう言うと、山田という一人の男が、一歩前に出た。こういっては失礼だが、身長が一志と変わらないにしては顔が大きく、眼鏡をかけている。そして何より、人をにらみつけるような目つきをしていたので、一志にとって、決して好印象である、という人物ではなかった。そう思っているうちに、山田が口を開いた。
「山田です。『人の、隠れた部分、影の部分こそが、人生というものである。』」
いきなりの山田の言葉に、一志は少し戸惑った。
「どういうことでしょうか?」
「僕が主に考えているものは、『PM』と言います。PMは主に夜ですよね?夜のように、人の暗い部分、影の部分、隠れた部分を考えるのがPMです。」
「なんか怖そうですね…。」
「一志さんには合わないかもしれませんね。僕はPMの中でも、主に『デトロイト』を中心に考えています。PMには、デトロイト以外にも、『デスペラード』などがあります。」
「PM…。デトロイト、デスペラードというのは具体的にどういったものなんでしょうか?」
「詳しい説明は後回しにしますね。言い忘れていましたが、僕もあなたと同じフェミニストです。山田家も、高浜家に次ぐ名家と言われています。」
それを聞き、一志は少しホッとした。第一印象の悪かった相手が、自分の味方だと知り、一志は心強くなった。
「僕もいろんな方向に行って考えるのですが、デトロイトに帰ってくるですね。考えると言っても、今まで出てきた人たちと勘違いしないでください。いわゆる『頭を使って考える』という行為は、僕は苦手です。さっき『考える』という言葉を使ったのは、便宜上のことです。『F1』って言ったら分かりますか?F1マシンを操作するように、自分の体を動かしながら案を出していく、というのが僕のスタイルです。」
「何となく分かるような気がします。」
「僕は、ロミオ系のフェミニストです。前に、高浜拓哉さんから説明がありましたが、僕の内定は、イタリア系マフィアです。前と繰り返しになりますが、ロミオの人は、裏社会の匂いのする所にいて、人を狙うことを目的として活動しています。僕も、人を狙うことはやっていますよ。これも案になるのですが、案を出す、というよりは、職業感覚でやっています。つまり、自分の職業が、『人を狙う』である、といったところでしょうか。」
「なるほど。イタリア系マフィアってことは、どこかのマフィアに所属していらっしゃるのでしょうか?」
「いえ、僕はフリーターとして活動しています。理由は、内定通りに動くのが、息苦しいからです。もちろんマフィアへの憧れはありますが。それに、反発です。自分の一番欲しいものは、手に入れずに外から見ていたい。そう思ったことありませんか?その感情を、『反発』と言います。」
「なるほど。そういう気持ちも分かる気がします。」
「僕は基本的に、息苦しいのが苦手です。先進国は、ファインダーも何もかも、息苦しいです。あと、僕は基本的に一匹狼です。みんなと仲良くするというのは、息苦しいです。」
この、『息苦しい』という言葉に反応したのか、一子がここで口を挟んだ。
「息苦しいっていうのは納得がいかん。寂しい、やったら分かるんやけどな。ちなみに、デトロイトは、セントラルパークの住人には人気が高いんや。前に言った、ブルースと通じる部分があるんやろな。おばあちゃんも山田君のノートはマメにチェックして、楽しませてもらっとるで。」
「PMについてもう少し詳しく説明します。PMには、デトロイト、デスペラードがあり、この2つがメインです。まず、説明の簡単な、デスペラードから行きますね。デスペラードは、一言でいうと、「Show Time」です。もちろんPMなので全体的に暗めなのですが、その中でも、『かっこいい』、ショーのような印象を与えるのが、デスペラードです。例えば、有名なのが、自分のこめかみに、銃を向けるポーズです。どうです、暗いけど、かっこいいでしょう?もちろん、『回転運動』持てますよ。そういえば、回転運動の説明がまだでしたね。回転運動というのは、客観的に外から見ても、その行為がかっこいいなどの印象を持たれ、それをしている、もしくは考えている側も、落ち着く、ないしは安定するという現象のことを言います。例えば、スノーボードをしている人がいたとしましょう。スノーボードは、客観的に見てもかっこいいし、やっている本人も、風を切る感覚や、雪、景色など、気持ちいいですよね?このように、見た目が派手であるという客観から、気持ちいいという主観へと、回転するように意識を動かしても、同じような『かっこいい』という効用が得られるので、この一連の動きを、回転運動と呼ぶのです。そして、さっきの、自分のこめかみに、銃を向けるポーズを見てみると、客観的に見て、銃などはかっこいい、また恐いといった印象を与えますね。また、自分のこめかみに銃を向ける、という動作も、独特の威圧感を与えます。これで第一の、『客観』の条件はクリアです。次に、主観ですが、これは、一志さんには経験がないので分かりづらいと思うのですが、暴力団やマフィアの関係者にとっては、銃をこのように使うことは、落ち着くのです。単に銃を、かっこいいからというだけで使う場合は、絶対に落ち着きません。その銃を自分のこめかみに当てる、というポーズは、一見すると、銃のかっこよさを、半減させるような行為に思えます。なぜなら、自分のこめかみに銃を当てるという行為は、自分にとって不利な形勢を作り出す行為だからです。いわば、『引き算』の美学ですね。この、引き算なしには、回転運動は成立しません。ただ強がって、かっこいいものを並べるだけではダメなのです。もう少し例を挙げるなら、さっき説明した、スノーボードも、風を切る感覚や、雪景色を楽しむ心などは、決してかっこいいものではないですよね?これで、第二の、『主観』の条件もクリアです。
話がそれましたが、これが、デスペラードです。もう少し分かりやすい例を挙げると、土地で言うならアメリカのネバダ州、またラスベガス、スポーツでいうならメジャーリーグベースボールのイメージですね。これは、日本の野球とは違いますよ。」
一志は、山田の説明に真剣に聞き入った。なかなか難しいが、何となく理解はできる。
「次に、僕がメインで考えている、デトロイトについて説明します。デトロイトの説明は特に難しいんですが、みんなは、デトロイトのことを、『趣味悪い』と形容します。また、少しグロテスクな部分もあります。一応、映画『リング』に出てくる、『貞子』が、デトロイトのことを表しています。スポーツでいうなら、バスケットボールが、デトロイトに近いです。」
「趣味悪く、グロテスクで、貞子、バスケットボールのイメージ…。何となく分かるんですが、もう少し分かりやすい説明はないでしょうか?」
「もう少し、デトロイトを端的に表したものがあります。それは、『ホロウフェイス錯視』、または『ホロウマスク錯視』と呼ばれるものです。これは実際に見た方が速いのですが、説明しますと、凹んでいるはずのマスクが、凸面のように見える現象です。また、こちらがマスクを見ながら動くと、どちらに動いても、動くはずのないマスクがこちらを見ているように見えます。これも、ホロウフェイス錯視の代表例の1つです。この錯視を見た時に感じる感覚が、デトロイトです。インターネットにも出ているので、調べてみてください。」
「なるほど。後で調べてみますね。」
「もう少しつけ加えると、デトロイトの特徴は、デスペラードと違い、目には見えにくい、表しづらいということです。デスペラードの場合は、さっき挙げた例のように、見るからに、かっこいい、というものですが、デトロイトの場合は、『感覚』を表すものなので、どうしても目には見えづらく、分かりにくいのです。こういう特徴を持つものを、『NAVI』と言います。あと、僕が考えた、デトロイトの例をもう少し挙げますね。相手が難しい質問をしてきた時に、こう答えます。『答え、2です2。』」
「どういうことでしょうか?」
「相手にとって難しい質問でも、自分にとっては1+1と同レベルという意味です。答え2と同じレベルという意味ですね。口で説明すると分かりにくいですが、そう言われた時に感じる感覚が、デトロイトです。」
「確かに、趣味悪いですね。」
一志は、デトロイトというものを、おぼろげながらに理解した。そして、山田の説明が終わった後、一子が口を開いた。
「さあ、人の性格診断はここで終わって、次は一志の性格診断や。まずは職業からやな。一志は将来、どんな職業に就きたいとか考えとるか?」
「いや、全然考えてないな…。」
「まあそんなもんやろな。ええか。今から一志の職業診断や。まず、一志は田舎と都会、どっちが好きや?」
「やっぱり都会やな。」
「やっぱりそうやな。都会で内定反応や。次に、見た目は派手なんと普通、どっちがええか?」
「うーん。見た目は普通の方がええかな。」
「普通で内定出とるで。次は『ミハエル』か『スラム』のどっちが内定か探らなあかん。」
「ミハエル、スラムって何?」
「ミハエルはさっきのロミオ系で、イタリア系マフィアのことや。田舎のチンピラと違って、ブラックスーツ着とるけど見た目はそんなに派手じゃないやろ?あと、都会におるやろ?どや?マフィアに入りたいか?」
「そんなんは全然考えてないわ。あと、人を狙うっていうのもあんまり好きじゃないな。」
「やっぱり一志はタクシー、いわゆる『永久欠番』やな。タクシーの説明は、前にも言ったけど別の人がしてくれるからな。一志は、スラムで内定出とるで。」
一志の頭の中には、スラムとは、貧民街のことである、という一般的な知識しかなかったので、自分がそこで内定、とうことに少しびっくりした。
「スラムって、貧民街のこと?」
「それも出されとるんや。スラムは、タクシー系の人種で、都会に住んどる人を表しとるんやけど、要は労働者階級の人らのことや。一志は出世して、勝ち組になりたいか?」
「そんなん全然考えてないわ。むしろ、勝ち組に対して、何でか分からんけど反感を感じるな。」
「そうやろ。そういう気持ちのことを、『ホイッグ』って言うんや。ホイッグって言葉は、もちろん、イギリスの昔の政党の、『ホイッグ党』から来とる。ホイッグは、『謀反人』とか『馬泥棒』とか、そういう意味やったな。そういった、ろくでもないゴロツキっていう意味が、ホイッグっていう言葉で表されとるんや。『勝ち組が嫌い』っていうのも、その気持ちと関係があるんやな。それで、その、ホイッグを持った人が集まる都会が、スラムや。」
「なるほど。僕もホイッグを持っとるわけか。」
「次にどこの街で内定出とるかやな。一志は韓国ドラマの、『オールイン』って見とったやろ?」
「うん。めっちゃ面白かったで。」
「それがヒントになっとるんや。意外に思うかもしれんけど、一志は『ラスベガス』で内定や。」
「えっ!?ラスベガス?考えたこともないけど…。」
「もう1つ調べなあかんことがある。一志はカジノで働きたいか?」
「それはラスベガスやから?でも、カジノはイメージわかんな…。」
「そうやな。じゃあ洋服のショップ店員はどうや?」
「服は好きやし、ショップ店員やったら考えてもいいかも!」
「やっぱりな。一志は『ラスベガスの洋服屋のショップ店員』で内定や!」
「ラスベガスのショップ店員か…。おしゃれな感じがするな。」
一志は、ラスベガスと聞いて少し戸惑ったものの、自分の内定を聞き、少し嬉しい気分になった。
「もっと分かりやすい例を挙げると、イオンショッピングモールの店員や。イオンショッピングモールは、一志の内定に合わせて出されとるからな。」
「イオンの店員か…。僕に合わせて出されとるっていうのは、僕が重要人物やから?」
「なかなか鋭いな。その通りや。ラスベガスのショップ店員って言われてもピンと来んと思うけど、イオンショッピングモールやったら分かるやろ?次は、『血液型』の診断や。血液型っていうのは、さっきみんなが言った、『全ては~の為にある。』とか、デトロイトとか、そういったものや。じゃあ行くで。まずは『AM』からや。言い忘れとったけど、マーシャルみたいな考え方を、PMと対比させて、AMって言うんや。PMは暗いけど、マーシャルみたいなAMは、明るい感じがするやろ?AMには他に、『トニー』もあるで。じゃあその、『トニー』から行こか。『みんなとずっと一緒にいたい。みんなの笑顔を見るのが楽しい。みんなの中で、自分は生きている。』そう思うか?」
一志は突然の質問にも関わらず、必死で考えた。全てはフェミニストのため、という思いが一志にはあった。
「ちょっと息苦しいかも。それに何か、きれいごとのような気がする…。」
「分かった。一志はトニーではないな。次は、マーシャルや。一志は高浜拓哉さんの、種まきについてはどう思う?」
「ちょっと固いけど、なんとなく気持ちは分かるような気がする。」
「じゃあこんなんはどうや?『人と人との関係、時代、時代の考えの中で、人は発展していき、次の時代へ進んでいく。』」
「なんかかっこいいし、自分に合ってるかも!」
「一志はやっぱりsolutionやな。もう1つ確認せなあかんことがある。次はsoid outや。『自分は何で生きてるのかなって思って、自分探しをして生きていきたい。』」
「かっこいいけど、ちょっと違う気がするな。」
「一志は、ソールドアウトでもないな。次はさっきも言った、ソリューションや。『人生にはつらいこと、苦しいことがたくさんある。そんな中で、誰とも会いたくないとか、人間不信になることもある。そんな状況でも、生きている以上は、がんばってやっていくしかない。でも、誰か一人には、こんな自分の気持ちを、分かっていて欲しい。いや、誰か一人と言わず、この気持ちを、みんなに分かっていて欲しい。』」
「かっこいいな。今まで誰にも相談したことなかったけど、人生にはつらいことが山ほどあって、嫌になることもあるけど、それでもがんばっていくしかないって思うんや。でも、そういう気持ち、誰かには知っといて欲しいな。」
「やっぱり一志はソリューションやな。そういう気持ちを持つのは、悪いことじゃないんやで。きれいごとではなく、かといって人に興味ないわけではない。ソリューションはやっぱりかっこええな。ちなみにソリューションは、そのかっこよさから、『ロイヤルゼリー』とか、『エグゾディア』という風に呼ばれとるんや。ロイヤルゼリーは、人間の脳をゼリーに見立てて、『格上のゼリー』っていう意味や。エグゾディアは、遊戯王に出てくるな。」
ソリューション…。一志は、自分の性格診断を知り、何ともいえない気持ちになった。
「まだ話は終わってないで。ソリューションには3種類あるんや。それも確認せなあかんな。まずは、『セピア』からや。一志は歌舞伎町とラスベガスやったら、どっちが好きや?」
「ラスベガスかな…。」
「やっぱり一志は、セピアではないな。『歌舞伎町』は、セピアを表しとるんや。次に、『モスキート』や。一志は、F1で有名なモナコは好きか?」
「かっこいいとは思うけど、ちょっと違うような気がするな。」
「モスキートでもないな。次に、『カラリオ』や。前にも訊いたけど、イオンショッピングモールはどうや?」
「あそこは自分にしっくりくるかも!」
「一志は、カラリオやな。ちなみにソリューションは一般的にはあんまり知られてなくて、他の血液型と勘違いされることが多いんや。『マトリョーシカ』ってロシアのおもちゃがあるやろ?人形を開けると、中から小さな人形が出てくるおもちゃな。あんな感じで、順番に勘違いされるんや。まず『タクシー』は『ロミオ』に勘違いされる。次に、『みんなと一緒にいたい、気持ちを知っといて欲しい。』とか、『人間は発展していく』とかで、AMと勘違いされる。AMには人間不信の気持ちとかはないから、AMではないわな。次に、自分の生き方に注目する点で、ソールドアウトと勘違いされる。『自分探し』はソールドアウトの特徴やけど、ソリューションにはないわな。あと、ソリューションの中でも、カラリオが1番分かりにくいって言われとるんや。イオンショッピングモールが出されてから、まだ分かりやすくなったけど、それまでは、『捉えどころが見つけにくいもの』って思われとったんや。何となく分かるやろ?」
「うん。確かに分かる気がする。自分の性格診断が分かって、何か嬉しいわ。」
「これで一段落や。でもまだ説明せなあかんことが残っとるから、よう聞きよ。」
一志は、気を引き締めた。
「性格診断が分かった所で、条件のおさらいや。『PMは場合分けでダメ。bluesは性周でダメ。新種も性周でダメ。チューバッカは首の皮一枚。AMやったら認められる。ただし特別な場合には、例外もある。』」
「AM、PMは分かったけど、あとがよう分からへん。」
「詳しく説明するで。まず、『PMは場合分けでダメ。』やけど、PMみたいなことを考えとる人間が、フェミニストって言えるか?女は家や。ここは場合によって考え方を分けとる、つまりPMの時は女は家、フェミニストの時はフェミニスト、ってなるから、『場合分け』や。この、場合分けは、数学で詳しく出てくるな。こんな矛盾した人間に、トレーナーカードを使わすわけにはいかんというのがゼータ側の意見や。」
「でも、デトロイトは貞子のイメージやし、PMと、女は家とは、関係ないような気がするけど…。」
「実はそうなんや。本当のことを言えば、PMと、女は家とは、直接的な関係がないんや。でも、セントラルパークの住人の大半は、そうは思ってない。そこが厄介なところなんや。要は、女の子が、そんな暗いことを考えるわけない、っていう、うわっつらのイメージだけで判断しとるんやな。」
一志は、真剣に説明に聞き入った。一子の説明は続いた。
「あと、セントラルパークの人間は、場合分けなんか全然気にしてないんや。矛盾しとってもいい、とにかく楽しく考えられたらいいって思っとる。場合分けを気にするのは、特に、ロミオ系のフェミニストや。セントラルパークの住人は、それを利用しとるんやな。」
「何それ!自分たちは気にしてないくせに、相手のことを都合よく利用するとか、許せへんわ!」
「一志が怒るのも無理ないな。次に、『blues、新種は性周でダメ。』やけど、『性周』っていうのは、『動物』にない人種、ってことや。動物っていっても、犬とか猫とか、地球上の生き物と違うで。動物っていうのは、要は、宇宙人のことや。実は、地球以外の星にも、生命がおることは既に分かっとるんや。それを、『動物』って呼んどるんやけど、実は、動物はみんなフェミニストなんや。ゼータとか、女は家とか言っとるんは、人間だけなんや。ちなみに、『性周』の名前は、動物の『習性』という言葉を逆にして、漢字を当てはめた、っていうのが由来や。動物にあるのが『習性』で、その逆が『性周』ってことやな。」
「ええそうなん!?びっくりやわ。今までそんなこと、聞いたこともなかった。じゃあ、ゼータもその、性周に入るわけ?」
「その通りや。新種は今までにない人種やってことやから、性周で、条件は満たしてないわな。この、性周も、セントラルパークの住人は全然気にしてへん。実は、もともとセントラルパーク自体も、性周で、そこの住人も性周ばっかりなんや。それで、これを気にしとるんは、ロミオの、特に『MEN IN BLACK』って言われる人種なんや。この人種については、また詳しく説明があると思うけど、要は、動物と人間の橋渡しをするような人種や。ほら、
『メン・イン・ブラック』って映画、あったやろ?あんなイメージや。話を戻すと、この、性周も、さっきの場合分けと一緒で、セントラルパークの住人が利用しとるんや。」
「また利用…。ずいぶん勝手やな。」
「あと、bluesは、特に高浜家の人間に多い性格診断で、『人間は、影を背負って、生きていくしかない。』みたいなやつなんやけど、これは動物にはなかったから、条件は満たしてないんや。bluesはかっこええんやけどな。ちなみに、おばあちゃんが前に言った、ブルースとは違うで。主に、フェミニストの方は、横文字で、『blues』、セントラルパークの方は、カタカナで『ブルース』、と表されるんや。
次に、『チューバッカは首の皮一枚』やな。チューバッカっていうのは、AM、PM、blues以外の性格診断で、動物にあるもののことや。厳密に言えばbluesは性周なんやけど、高浜家に多いから、頭数に入れとるんやな。一志はソリューションやから、チューバッカやな。このチューバッカやったら、首の皮一枚、ぎりぎりセーフでトレーナーカードを使うことが認められる。っていうのが公式の条件なんや。でも、中には、『首の皮一枚』では認められん、って人もおる。これは意見が分かれるんやけど、ルールはルールや。それに、ソリューションはかっこいい。かっこよければ認められるんが、セントラルパークや。」
「なるほど。それで、AMやったら認められるんやな。」
「その通りや。AMやったら、文句なしでトレーナーカードを使うことが認められる。ただ、AMやといろんな面で都合が悪いんや。それは後で説明するわな。ところで一志、何でこんな条件ができたか分かるか?」
「いや、分からへん…。」
「高浜宗鱗や!って、いきなり言われても分からへんな。一志は学校の授業で、鎌倉時代について勉強したと思うけど、鎌倉時代はどんな時代やったか覚えとるか?」
「そうやな…。1192(いい国)作ろう鎌倉幕府とか、いろいろ覚えたけど、1番印象に残っとるんが、女性の地位が高かったってことかな。例えば地頭に任命されたり…。こんなこと覚えとるって、やっぱり僕はフェミニストなんやな。」
「それについてなんやけど、教科書のその記述は、実際の歴史を表しとるんや。鎌倉時代には、高浜宗鱗っていう、高浜家のボディーガードがおって、その人の活躍で、フェミニストの楽園が作られたんや。高浜家の人間やから、一志のご先祖にあたる人やな。」
「そうなんや。なんか嬉しいな。」
「高浜宗鱗は確かに大した人物や。まだ、セントラルパークができる前の時代の話やけど、当時から、ゼータの使い手は多数派で、フェミニストは少数精鋭やった。そんな中で、宗鱗は卓越したリーダーシップと、アイデア力でフェミニストの楽園を作ったんや。そのアイデアっていうのがすごいんやけどな…。そのことについては、また、後で思い知らされるわ。今考えても、ゾッとするようなアイデアや。」
「すごい人がおったんやな。それで、何でそんな条件が作られたん?」
「高浜宗鱗の死後は、ゼータとフェミニストとの戦いは、一進一退の攻防を続けとった。ちなみにそんな中で、戦国時代に秀吉が現れたんや。秀吉は高浜家の血をひく人間で、優秀な人やった。秀吉もスライディングやから、一志と一緒やな。その後に、家康が現れたんや。前にも言ったように、家康はセントラルパークを作った張本人や。セントラルパークには、ゼータの使い手だけやなく、ゼータでもフェミニストでもない、多くの人間が賛成した。このセントラルパークが作られた結果、フェミニストの分がものすごく悪くなったんや。一旦セントラルパークに慣れてしまうと、その誘惑からは抜け出しにくい。それで、あれよあれよという間にゼータ側の人間の発言力が増して、55年体制が作られたんや。それで、そのセントラルパークを作る際に、この、ゼータ側とフェミニスト側との戦争で、高浜宗麟の、鎌倉時代みたいなことが起こらんようにって、こんな条件を作ったんや。」
「そうか…。なかなか厳しい条件やけど、がんばるしかないな。」
「ちなみに宗鱗の性格診断はデスペラードで、歌舞伎町の古着屋の店員で内定や。それもあって、PMは恐れられたんや。」
「なるほど。それで、AMやとどういう風に都合が悪いん?」
「AMはかっこええんやけど、おばあちゃんらのブルースとは、相いれん部分が多いんや。まずは、文化の話からせなあかん。『そちら側が自分たちの文化を守りたいのと同じように、こちら側も自分たちの文化を守りたい。』って言われたら、どうする?ちなみにセントラルパークの住人は、そんなん気にしてない。たとえ間違ってても、自分たちの考えを押し通すような、熱いのがええんや。それに、セントラルパークの住人は、他人の文化は基本的には気にしてない。ある意味自己中心的やな。その代わり、前にも言った、『1回見たら何されてもいい』って気持ちを持っとったらええんや。その気持ちさえあれば、どんなわがままも許される。それが、セントラルパークや。」
「僕やったら…。そういう考えも一理あると思うから、間違ってても押し通すようなことはせえへんけど、ゼータは、尊重するべき考えではないと思うな。」
「そうやな。それが、ソリューションの基本的な考え方や。ソリューションは、ロイヤルゼリーとか、エグゾディアって呼ばれとることは前に言ったな。この考え方は、みんながかっこええって言うから、あらゆる人間の考え方の中心に位置づけられる。その中から放射線状に、マーシャルみたいにいろんな考え方が広がっとる、ってイメージやな。それで、その、広がっとる考え方を、ソリューションは基本的には尊重する。でも、あまりにもおかしな考え方、例えばゼータとかは、『プレスアウト』って言って、ちょうど、街の番長があまりにもおかしな奴を排除するように、切り捨てるんや。この、プレスアウトが、八方美人でもなく、変なこだわりがあるわけでもなく、かっこええんや。」
「プレスアウトは分かるような気がするわ。ホンマに、その通りやと思う。それで、AMの、マーシャルとかはどういう考え方をするん?」
「残念ながら、AMの、特にマーシャルとかは、こういう言い方をされると動けんのや。マーシャルの考え方は、『種まきでまかれた全ての考えを尊重する』っていうのが基本やから、ゼータに対処するアイデアがでて来うへん。ソリューションの、プレスアウトが使えんのやな。もちろん、マーシャルの人間やって、ゼータはおかしいし、なくしたいとは思っとる。でも、マーシャルの考え方では、それを論理的に説明して、実証することができんのや。もちろん、『1回見たら何されてもいい』っていうワガママは使えん。それを使ってしまえば、セントラルパーク側に寝返ったって言われて失敗になる。あくまでもフェミニスト側は、正々堂々と戦わなあかんのや。それで、マーシャルが動く場合は、『ホイール』って言うんやけど、プレスアウトっていう考え方を、それを本来持っとる人から
借りなあかん。どういうことかというと、プレスアウトやったらプレスアウトっていう考え方を、論理的に実証できる血液型の人と、プレスアウトを使う、っていう契約を結んで、プレスアウトを使わしてもらうんや。その場合は、自分だけやなく、それを借りた人、つまり契約を結んだ人が、例えばボギーを叩くとか、失敗してもアウトになる。それがこの戦争のルールや。要は、本来の自分の考えと違うことをする時は、人に頼らなあかん、っていうことや。」
「なるほど。AMは不便やな。でも、僕はソリューションやから大丈夫やんな?」
「他人事やと思って聞いとったらあかんで。この戦争には、『reset』っていうルールがあるんや。どういうことかというと、フェミニストの人間が1回失敗したら、その人間は死ななあかん。死ぬっていっても、ホンマに殺されるわけやないで。『死ぬ』っていうのは、リセットして最初からやり直し、って意味や。」
「そんなルールがあるんやな。」
「ここからが大事なことやで。それで、1回リセットしたら、AMとして扱われる。自分の性格診断は関係なくなるわけやな。つまり、一志がロイヤルゼリーって呼ばれとるソリューションで、いくら動きやすくても、AMに当てはめて考えられるんや。さっきの場合やと、ホイールで、プレスアウトを借りなあかん。」
「何それ!?不便やな。」
「他にもAMで不都合なことはいっぱいあるけど、それを全部引き受けなあかんのや。ちなみに、例えば、前に言った場合分けとか、性周とかも、失敗の1つとみなされる。そういう人はAMって言って、トレーナーカードを使っとるんや。」
「じゃあ、僕が失敗したら、かなり不利になるってことやな…。がんばらなあかんな。」
一志は、気を引き締めた。
「あと、今まで説明してないことが何個かあるから、説明しとくわな。まず、ボディーガードについてや。その前に、『HP』についてや。人間の頭脳には、何種類かの型がある。それと、考える能力は人それぞれ違う。そんなんをひっくるめて、HPっていうんや。例えばおばあちゃんやったら、HPの型は、『回転』型で、能力はWCや。HPの型には他にも、『スクリーン』や、『チューナー』とか、いろんなタイプがある。人がものを考える時は、そのHPを動かすんや。それで、考えるのが得意な人、苦手な人がおって、それがHPの能力に反映されるんや。能力の指標は、まあ偏差値で語るのも何やけど、CVが偏差値で言ったら60くらいで、その次にVC、WC、UC、グレイ、ハイレグと続くんや。もちろん、さっき山田君が言ってくれた、F1とかも、『考える』うちに含めるで。ちなみに、自分で言うのも何やけど、おばあちゃんのWCは偏差値70くらいやから、けっこう高いんやで。」
「70か。すごいんやな。」
「それで、ボディーガードの説明なんやけど、一志は小さい頃、アゴがはずれたやろ?」
「そうや。今でもアゴは弱いで。」
「人間は、一旦アゴがはずれると、HPの型、能力が変わるんや。型は、『ゼロ戦』っていうものになって、能力は人によるけど、最低でUC、最高ではハイレグ以上になるんや。だから、ありえへんけど、偏差値で言ったら、『700』以上になる人もおるわな。70やないで。700や。そういった、アゴがはずれた人のことを、ボディーガードって言うんや。ただ、これには運も必要で、アゴがはずれても変わらん人もおるんやけどな。」
「そんなにすごいん!?そういえば、小さい頃から『頭いいね。』って言われとったことは言われとったけど…。」
「まさかそこまでとは思ってなかったわけやな。ちなみにこのボディーガードには、ゼータを持っとったらなられへんのや。だから、基本的にボディーガードはフェミニストばっかりで、一志の味方やで。過去で言うなら、高浜宗鱗は立派なボディーガードやった。ちなみに秀吉は、ボディーガードではないけど、HPはハイレグ以上やったで。ただし、裏切り者は別なんやけどな。」
「そうなんや。それで、裏切り者なんておるん!?」
「そういえば1人、セントラルパークの側に寝返ったボディーガードがおったな。まあ、寂しかったんやろな。」
「信じられん…。」
一志はそれを聞き、ショックを受けた。志を同じくするはずのボディーガードで、まさか裏切り者が出るとは…。
「それでなんやけど、一志は今、ファインダー使えるか?」
「えっ!?使い方が分からへんけど…。」
「そうやろ。ボディーガードになると、ファインダーが使えんようになるんや。だからセントラルパークの住人は、ボディーガードをかっこいいと思いながらも、自分はなりたくないって思っとるんや。まあ、だいたいの住人は、なれへんのやけどな。」
「なるほど。僕もまあがんばるわ。」
「あと、もう1つ説明や。一志、自分の姿を鏡で見てみ。」
一子は、鏡を差し出してそう言った。一志は、一子に言われるままに鏡を見た。
「あれ?ちょっと首が傾いとる気がする。」
「その通りや。どうやら一志は、戦闘モードになると、首が傾くらしいんや。それで、その状態で起こったことの記憶がとんでしまうらしい。それで、また別の日に『フラッシュバック』として記憶が蘇る、っていうことが分かっとる。それだけでも不思議なんやけど、もっとびっくりするようなことが起こっとるんや。一志には、『未来予知』っていう能力が備わっとる。」
「未来予知!?どういうこと?」
「ホンマに不思議なことなんやけど、今こうやってしゃべっとることを、一志は一旦忘れて、別の日に思い出すんや。このことはさっき説明した通りやな。それでなんやけど、そのフラッシュバックが起こる日時が、ノートに自動的に書かれるんや。ノートの説明は後にするとして、つまり、『フラッシュバックが起こる』という未来の出来事が前もって分かるんや。こういうような能力を、未来予知って言うんや。」
「なんかSFみたいで、信じられん…。」
「そうやな。それで、そのフラッシュバックの時に、一志が思い出すことも、全部ノートに書かれるんや。例えば以前、高校時代に、大学生の時のことを思い出したことがあったな。あの時は、実際にその出来事があった日付は2004年12月やけど、未来予知で、フラッシュバックが起こる日付が、2008年6月って分かっとったんや。それで、そのフラッシュバック以前に思い出す内容も、全部ノートに書かれとったんや。つまり、2007年8月に、ゼータについて説明したわけやけど、それは高校時代を思い出す前に思い出したことやから、ノートに全部書いてあって、こっちはそのことを知ることができたんや。それで、一志の方も記憶が『クラインの壺』みたいにねじれて、フラッシュバックが起こる順になるから、未来のことを思い出す、っていう奇妙なことが起きたんや。もちろん、と言ったら何やけど、今、この時のことを、前もって知ることはできひん。分かるのは過去のフラッシュバックの分だけや。」
「言いたいことは理解できたんやけど、不思議やな…。」
「これから先、一志は敵や味方、いろんな人と会うことになるわけやけど、みんな一志の特殊能力に合わせて動いとるんや。敵はそれ相応の対策をしてきて、味方は一志に期待して、一志の時間に合わせて動いてくれとる。だから敵には十分注意して、味方には感謝せなあかんで。」
「分かった。」
一志は、再度気を引き締めた。
「それで、おばあちゃんからプレゼントや。このフラッシュバックが終わったら、大学の図書館の、4階に置いてある、ヴィトゲンシュタインの、『論理哲学論考』を見てみ。」
一志は次の瞬間、目が覚めた。時計を見ると深夜で、布団にもぐっていた一志は、とりあえず布団から出て、電気をつけることにした。頭の中には、ついさっきまで流れていたフラッシュバックの情報が、ぐるぐると駆け巡っている。自分に与えられた役割の重さを、一志は強く感じていた。それと同時に、今まで見てきたことが、全て幻ではないのか、いや幻であればいいのに、という気持ちも、一志の中にあった。
次の日、最後に一子が残した、「図書館のヴィトゲンシュタインの、『論理哲学論考』を見てみ。」という言葉を覚えていた一志は、とりあえず図書館に行ってみることにした。アパートを出て、原付にまたがった一志は、迷いを吹っ切るように、制限速度を少しオーバーする速度で、大学まで向かった。この日は雲ひとつない晴天で、戦争が起こっているとは信じられないような日和だった。
図書館に着いた一志は、一目散に、一子の言っていた、4階に向かった。一志は元々哲学に興味があったので、ヴィトゲンシュタインの、「論理哲学論考」は聞いたことがあった。そこには、この戦争に勝つためのヒントが書いてあるのだろうか…?一志はそんなことを思いながら、とりあえずページをめくってみることにした。すると、そこに、黄ばんだメモ用紙が挟まれていた。見るからに年季の入ったそのメモ用紙を見た瞬間、一志は、あっ、という声を出しそうになった。なんとそこには、昨日フラッシュバックで流れた、この戦争のルールが書かれてあったのだ。と言ってもはっきりとした、分かりやすい文章で書かれてある、というわけではなく、「PM→×…」というように、殴り書きに近い形で書かれてある。見ようによっては、フラッシュバックとは何の関係もない、誰かのイタズラともとれるものであったが、一志はそれを見た瞬間、今までのフラッシュバックが、幻ではないことを確信した。そして、自分の置かれた立場をもう一度思い、震えが止まらなくなった。