第3章 セントラルパーク
第3章 セントラルパーク
今日は月曜日。大学の講義のある日だ。一志は昨日のこともあり、家から一歩も出たくない気分であったが、仕方なしに外へ出た。そして、いつものように、2階の部屋から階段を降り、外に置いてある自分の原付に鍵をさした。一志は2年前、大学1年生の時の夏に自動車の運転免許を取り、それ以降、他の学生がそうするように、原付を買い、通学などに使っているのであった。
午前8時半。大学に着いた一志は、講義のある大講義室へと向かった。今日は、歴史学の講義を受けることになっている。1限ということもあり、人はまばらで、部屋は閑散としていた。クソッ、講義をサボりやがって、という気持ちと、こんなことなら自分も休めば良かった、という気持ちが入り混じりながら、一志は友達の、斎藤と会った。斎藤とは、大学1年からの友人だ。ちなみに斎藤は、色黒で、地元でホストにスカウトされたこともあるというようなイケメンで、一志とは見た感じが全然違うが、好きなアーティストなど、趣味が一致し、意気投合している。
「おはよう一志!あれ、今日お前元気ないぞ。何かあったのか?」
斎藤が、一志の様子を見てこう言った。一志は、その瞬間、今まであったこと、フラッシュバックのようなものを見たことを、全て斎藤に話してしまいたい衝動に駆られた。
「なあ、斎藤。あのさ…。」
「うん?どうした?」
「いや、何でもない。今日1日よろしくな!」
「何だよそれ。よろしくな!」
一志は結局、斎藤に、今までのことは言い出せなかった。変に心配かけたくない、そんなことを言っても信じてもらえない、それに、自分でもあれが本当のことなのか分からない…。様々な思いが、一志の頭の中で交錯していた。
「今日の講義、難しかったな。」
一志が、講義が終わるなりそう斎藤に話しかけた。
「そうだな。まあちゃんとノートはとったからいいけどな。」
「さすが斎藤!僕も一応がんばったよ。じゃあまた後で!昼飯よろしくな!」
「おう!」
一志は斎藤と別れ、大学の休憩室へ向かった。この後一志は、午後1時まで講義がない予定だ。少し時間が空くので、いつものように休憩室で、期限の迫っているレポートをしながら、2限のある斎藤を、昼食の時間まで待とうと思っている。
一志は休憩室に向かう途中、急にトイレに行きたくなった。近くのトイレの、洋式の方に入り、用を足し、水を流した次の瞬間、またもや例のフラッシュバックが、一志を襲い始めた。
2007年8月14日、夜。一志は実家に帰省していた。ちょうどお風呂に入ろうとして、風呂場の前まで行った時、一子に呼び止められた。
「そういうのかっこええな!そういうのかっこええな!そういうのかっこええな!決められた通りにやるのがかっこいい。」
一志は突然の一子の、意味がよく分からない台詞に驚きながら、こう言った。
「何それ?あと、僕おばあちゃんのこと許したわけじゃないから。」
一志は、前に聞いた、ゼータなるものを思い出し、嫌悪感を持って自分の祖母に接していた。女の子をレイプしたいなんて、聞くだけでもゾッとする。ましてや、おばあちゃんがそれに関わっているなんて…。一志はそれを思うと、絶望的な気持ちになった。
「やっぱりその状態になると、前のこと、覚えとるらしいな。まあ待ち。今日もこの世界についての、大事な話があるんや。聞いてくれるか?」
一志は話をするのも嫌であったが、フラッシュバックを見て以降、自分の見たものについてや、「この世界」なるものなどが気になっていたので、とりあえず話だけ聞くことにした。
「…分かった。じゃあ話だけ聞くわ。」
「ありがとうな。まず、『ファインダー』の説明をせなあかん。突然やけど、一志は、どういう風にこの世界を見とる?周りの景色の見え方を訊きたいんや。」
「どういう風にって、普通としかいいようがないけど…。」
「そうやな。それを、『クリア』って言うんや。でもな一志、人間っていうのは、みんな同じようには見えてないんや。おばあちゃんはな、今『ファインダー』で見とる。」
一志は、「ファインダー」という言葉に、少し戸惑いを覚えた。ファインダーとは、カメラについている物のことであろうか?
「『ファインダー!?』何それ?」
「ここからはちょっと難しくなるから、よう聞きよ。分かりやすいように、今手鏡持っとるから使い。」
一志は、一子から手鏡を受け取った。
「まずその手鏡を自分の顔の近くに持ってくるんや。それで、自分の顔が全面に映るようにするんや。どや?できたか?」
「うん。できたけど…。」
「そういう感じで外の景色を見とる。」
「!?全然分からへんのやけど。どういうこと?」
「説明するのが難しいな…。要は人の顔ごしに、世界を見とるってことや。一志もガラスごしに、外の景色を見たことあるやろ。そのガラス全面に、人の顔が貼りついとるような感じやな。そういう見え方のことを、ファインダーごしに見ることに例えて、『ファインダー』って言うんや。おばあちゃんの説明分かるか?」
「何となく分かるかな…。でも、何でそんなことするん?普通にその、クリアで見たらいいんと違うん?」
「その理由はな一志、おばあちゃんら多くの人間は、ずっとみんなと一緒におりたいって思うとることや。クリアで見とったら、人と会ってないってことになる。自分の周りにおる人や、そうでない人まで、いろんな人の顔を、ファインダーで貼りつける。そうやって初めて、その人と会っとるって言えるんや。その人の顔ごしに見んかったら、いくら近くにおっても、その人と会っとることにはならんって考え方やな。そうやって、24時間ずとファインダーを見て、ずっと人と会っときたい。そういう風に多くの人は考えとる。そうでないと寂しいんや。一志はそういうの、息苦しいか?」
「急に言われても分からへんけど、ずっと人と会うっていうのも息苦しそうやし、人の顔ごしに見るっていうのも、息苦しそうやな…。その、ファインダーでは、どんな人の顔でも貼りつけることができるん?僕はそんなんやったことないんやけど、できるんやろか?」
「どんな人の顔でも大丈夫やで。練習すれば誰でもできるようになるんやけど、一志は『ボディーガード』やから無理やな。」
また意味のよく分からない言葉が出てきた。自分が「ボディーガード」!?ただの大学生のつもりだが…。
「ボディーガード?何それ?」
「それは次の機会に説明するわな。あと、途上国と先進国についても説明せなあかんのやけど、これは別の人がしてくれるわ。」
次の瞬間、一志は目を覚ました。しかし、一志はすぐにはその場から動けなかった。「ファインダー」という新しい概念が、一志の頭を支配していた。もしそれが本当だとしたら、人によって物の見え方が違うことになる。自分は今まで、みんなが同じようにこの世界を見ていると信じて疑わなかった、というかそんなことを考えてもみなかったが、自分の周りの人間、もしかすると斎藤たちの物の見え方も、ファインダーであり、自分とは違うのかもしれない。そう考えると、一志は少し不思議な気分になった。
一志は少しの間トイレの中で過ごした後、
休憩室へ向かった。しかし、トイレから出たその瞬間、またもや例の映像が、一志の意思とは関係なく、頭の中で流れ始めた。
2007年8月15日、夜。今日は夏休みだ。大学の夏休みは長く、一志の通う大学は、7月の始めから8月の終わりまで、休みとなっている。一志は地元の兵庫県に帰省し、お盆ということもあり、既に社会人となっている友達の敏明の家で、飲み会をしていた。敏明は工業高校を卒業し、そのまま地元の工場に勤務している。
「へぇ~。宿題とかあるんか。大学も大変やな~。俺らは宿題からは解放されたけど、毎日の仕事はきついわ。まあ、お盆ぐらいは休まなな!」
「社会人も大変やな。俺らも先のことは考えなあかんのやけど、まだ全然やな…。」
一志は他愛もない会話を楽しみながら、久しぶりの、地元の友達との飲み会を楽しんでいた。そこへ、敏明の母親のあずさが、敏明の部屋へ入ってきた。
「みんな気にしてない!」
あずさは、いきなり大声で叫んだ。すると、一志の首が、少しずつ傾き始めた。
「やっと本性現したね。じゃあ話しよか。小学生の時やけど、一志君何て言ったか覚えとる?」
一志は、戸惑いながら、自分のバイト先のアパレルメーカーの、店長との会話を思い出した。
「えっと…。『決められた通りにやらなくていい。』ですか?」
「やっぱりその状態になると覚えとるんや。その言葉はホンマに許せへんのやけど、今日はおばあちゃんに頼まれとるから、この世界について話すわ。」
一志は、店長との会話を知っているあずさにびっくりした。そういえば、前にもこんなことがあったような…。
「それは前に、僕のバイト先の店長と話をしたことです。でも、ここは兵庫県ですし、おばちゃんは店長との会話なんて知らないですよね?あと、うちの祖母とは仲いいんですか?」
「それは『ノート』に書いてあったから、全部知っとるよ。一志くんのおばあちゃんは、才能あるしすごい人やと思う。それに、『同じ悩み』。おばあちゃんの頼みは断れへんわ。店長は、住む世界が違う人やな。」
あずさは、小さいが鋭さのある目で一志を睨み、こう答えた。
「店長のことも知っているんですか!その、ノートに書いてあるって、どういうことでしょう?あと、うちの祖母はそんな人じゃありません。大きな声では言えへんけど、最低な人ですよ。」
またよく分からないことが出てきた。それにしても、最近は驚くことばかりだ、と一志は思った。また、一志は、祖母である一子を尊敬している感のあるあずさに、「それは違う」と言ってみたものの、本当のことを伝えるべきかどうか、少しの時間迷った。
「ゼータのことを言っとるん?」
「ゼータについて知っているんですか!おばちゃんはどう思います?僕は許せないです。」
「私もゼータの持ち主の1人。さっき、同じ悩みって言ったよね。シバトラの説明は受けたはずやけど、シバトラを持っとる人同士は、基本的にみんな仲良くしたいと思ってる。大きな声では言えん。悩みを抱えた人同士やから。それが、『同じ悩み』。」
一志は、「自分もゼータの持ち主の1人」というあずさの言葉を聞いて、またもや愕然とした。
「そんな…。おばちゃんもその、ゼータに関係する人のうちの1人なんですね。ショックです。もう何を信じたらいいのか分からなくなってきました。今日はこの辺で帰らせて頂きます。」
「まあ待ち。今日は大事な説明がある。まず、途上国と先進国について。帰るのは説明が終わってからにして。」
「じゃあ、説明だけ聞いて帰ります。」
一志は、複雑な気持ちであったが、とりあえず説明だけ聞くことにした。「この世界」なるものの本当の姿を、もっと知りたい、という思いが、一志の心の中を占めていた。
「じゃあ質問。途上国、先進国って聞いて、どういうイメージ持つ?」
「途上国は、アジアやアフリカなどの比較的貧しい国で、先進国は、日本や欧米などの、比較的発展している国って、中学生の頃に習いました。ただ、最近は中国の台頭も著しいですが…。」
一志は、中学で習った知識を思い出しながら答えた。
「それは教科書通りの答え。基本的にこの世界の本当の姿とは全然違うんやけど、何も知らん人が答えたら、そういう答えになると思う。まず、先進国についてなんやけど、これは、同じ悩みを持つ人たちが立てた。」
「えっ!?同じ悩みって、いわゆるゼータ関係のやつですか?そんなこと、急に言われても分かりません。学校で習ったことないし…。」
一志は、予想外の答えに困惑した。
「確かにその通り。でも、本当のことやからよく聞いて。まず、今の先進国ができたんは、産業革命のおかげやんか。」
「産業革命って、ヨーロッパで起こった、技術の大発展のことですよね。蒸気機関とか…。」
「そう、その通り。でも、大事なことはまだ知らんわね。その研究者や技術者達は、みんな、ゼータを使って研究したの。普通に考えて、ゼータなしにあんなキツい研究や技術開発とかできるんやろか。」
「その、『ゼータを使う』って意味が分かりません。」
「ファインダーの説明は受けたよね?それと同じ要領で、ゼータは顔に貼り付けて、見ることができるの。ゼータを使って見てたら、暑さ寒さもほとんど感じない。疲れもほとんど感じない。ファインダーにもそういう効果はあるけど、ゼータの方がもっと強力。つまり、ゼータを顔全面に見ながら、研究をしてたってわけ。女の子をレイプする所を想像しながら、仕事をしてたってことになる。これを聞いて一志くん、どう思う?」
「ゆ、許せません。」
にわかには信じられないあずさの説明を聞き、一志の胸に怒りがこみ上げてきた。
「ゼータの世界については、この後もっと説明があると思う。それで、疲れを感じないのは、ゼータを持っとる人の特権かな。ゼータを持っとる人は、それを使って『見る』ことができる。顔に貼り付けて見るっていう意味ね。それで、ゼータ使って見てたら気持ちいい!」
「でも、みんながみんなそういう人たちばっかりではないと思います。」
「まぁそうやね。そうではない人、いわゆるフェミニストたちがいて、そいつらが途上国を建てたんやけど、先進国の説明には続きがある。先進国のもう1つの要素、それは、ファインダー!」
「ファインダーについては知っています。」
「さっきも言ったけど、ファインダーを使って見てたら、暑さ寒さもほとんど感じない。疲れも、クリアで見るよりは感じない。それに最初に目をつけたのが、徳川家康。」
あずさの口から、また意外な人物の名前が出てきたので、一志は戸惑った。
「徳川家康って、江戸幕府を開いた人ですよね?」
「教科書にはそう書いてあるけど、実際の歴史は少し違う。家康は、ファインダーに目をつけて、24時間、ファインダーを使って周りを見るようにお触れを出した。どう、息苦しい?」
「前に祖母にも訊かれましたが、僕は息苦しいです。」
「やっぱりそうね。そういうと思った。でも、多くの人は、喜んでそれを受け入れた。やっぱり、クリアでは寂しい。ずっとみんなと一緒にいたい。そういう考えの人が多かった。」
「僕には信じられないです。」
一志は、率直な感想を言った。あずさの説明はさらに続いた。
「それで、家康が考えたのが、通称『セントラルパーク』。24時間、いろんな人の顔を貼り付けて生活する。例えば、何時から何時まではこの人のファインダーで見て生活する。そして次の時間はまた別の人のファインダーで見て生活する。という具合にね。そして、『フリータイム』って言って、学問、芸術、スポーツ、ビジネスからエンターテインメントまで、いろんな案をみんなで考えて出し合う。もちろん、ファインダーで人の顔を見た状態で。そうやって、いろんな案を考えとったら楽しい。もちろん、ゼータもね。ここで質問やけど、『考える』って言ったら、男の人と女の人、どっちのイメージがある?」
「考えるって言ったら…。男の人のイメージでしょうか。」
「そう。その通り。セントラルパークでは、『考える』ことに重きが置かれる。さっきも少し言ったけど、それぞれの人が、自分に合うもの、学問なら学問、スポーツならスポーツ、ビジネスならビジネス、エンターテインメントならエンターテインメントの案を考えて、みんなで話し合う。そうやって、みんなで仲良く物事を考えて、案を出し合ってたら楽しい。人を狙うなんて、趣味悪い!」
「『人を狙う』とは、どういうことでしょうか?」
「それは後で説明する。それで、そうやって考える時、それをフェミニストって言える?女は家!」
一志は、沈黙するしかなかった。反論したいのはやまやまだが、言葉が全くと言っていいほど出てこない。
「それと、京都、明治時代、スーツ姿についても説明するわね。ファインダーを通して世界を見てると、スーツ姿が1番かっこいいって思うようになる。って言っても、若者が着るリクルートスーツは対象外。もっとスーツっぽい、おじさんが着るようなスーツのことを言ってるの。それで、女性ファッション誌に出てくるようなファッションは邪道。あんなもの、フェミニストの自己満足。それで、理想の時代は、明治時代。あと、理想の街は、京都。明治時代の京都で、スーツを着ながら、いろんな物事について考えて案を出し合う。それが究極の理想。そんな世界があったとしたら、それをフェミニストって言える?昔の時代を考えれば、そんなこと分かるでしょう!」
あずさの説明は、一応筋が通っているように聞こえた。しかし、やはり一志は、納得することができなかった。
「…でも、それが全てではないでしょう。」
「まだ説明は終わってない。そんな、日本が産んだ、セントラルパークに、産業革命で力をつけたヨーロッパ諸国が注目して、それを取り入れた。それで、先進国は、みんな、セントラルパークになった。ただ、ゼータだけは例外。ゼータについて考える時は、ファインダーじゃなく、ゼータを使って見る。それ以外にも、例えば女の子と実際にやる時など、ゼータはファインダーの例外とされた。それで、先進国内では、クリアで見ることはほとんどなくなった。」
「そうやって先進国ができたわけですね。でも、素朴な疑問なんですが、そういったことを、どうして学校では教わらないのでしょうか?あと、途上国についての説明をお願いします。」
「学校では教わらない1番の理由は、出されたくないから。『出されたくない』って分かる?本当に大事なことは、ノートの中にしまっておきたい。ノートの中、みんなの中に留めておきたい。」
「さっきから気になっていたんですが、その、『ノート』というのは何ですか?」
「それはおいおい分かると思う。要は、大切なことを、みんなの目に触れる所には、置いておきたくない、ってことね。さっきの話なんやけど、学校で教わる歴史と実際の歴史とが食い違っている現象を、『ワイドショー』って言う。ワイドショーみたいに、本当かウソか分からへんっていう意味ね。あとは、教科書に書かれている歴史は、『エカテリーナ』が考えているってのも理由の1つ。エカテリーナっていうのは、学問とか政治とかを、主に考えて語り合っている特殊な人種のこと。学校で教わる歴史は、全部エカテリーナの自己満足。みんな気にしてない。でも、それでもいいの。セントラルパークの世界は、『持ちつ持たれつ』!自己満足でも、アツいのがあればいい。おばあちゃんにも聞いたと思うけど、『1回見たら何されてもいい』っていうやつね。やっぱり息苦しい?」
「そうですね。信じられないです。」
一志は、そう言うのがやっとであった。
「やっぱり一志くんは途上国向きやね。これから途上国についての説明をする。途上国は、先進国と違って、フェミニストのための国。フェミニストって言ってもいくつかの人種がいるけど、特に『人を狙う』ことを目的とした人種のためにあるのが途上国かな。」
「さっきも聞いたんですが、『人を狙う』というのはどういうことでしょうか?ドラマとかでは、『人をだまして100万奪う』というようなものがありますが、そういったことでしょうか?」
一志は、聞き慣れない説明を必死に聞こうとしていた。
「それもワイドショーやね。狙うといっても、さっき一志君が言ったような、『人をだまして100万奪う』といった、恐ろしいことはしない。狙うっていうのは、簡単に言うと、一種のゲームのようなもの。説明するのが難しいんやけど、できるだけ分かりやすくするから聞いてくれる?例えば、一志君が、『羊たちの沈黙』のような、ちょっと怖めの映画を見て、緊迫した場面で震えたとする。これを『種明かし』っていうんやね。つまり、自分の弱さ、恥ずかしい所などを人に見せてしまうこと、それが種明かし。種明かしされたら、『バンカーショット』を打たないといけない。」
「バンカーショットって、ゴルフで聞くやつですか?」
「そう。そうやって世の中のことはいろんな形で出されてるの。『出される』の説明は後にして、続き言うわね。種明かしされた後は、ゴルフのバンカーと同じで、追い込まれてるわけやから、ショットを打つの。この場合は、震えた理由を言えばいい。例えば、『武者震いだった』とかね。バンカーショットを上手く打てない場合は、『ボギー』って言って負けになる。ボギーもゴルフ用語やね。他にもいろいろなルールみたいなものはあるんやけど、それはまた別の機会に。こうやって人を狙って、コミュニケーションをとっているのが、フェミニスト。アイデアは確かにかっこいいんやけど…趣味悪い!」
「なるほど。ちなみに、人を狙うっていうのとフェミニストって、どういう関係があるんでしょう?僕にはその辺りのことが、よく分からないのですが…。」
「おばちゃんもそこはよく分からないんやけど、クリアで見ないと息苦しくて、クリアで見とったら、見た目が綺麗な女の子の方に傾くんじゃないかな。でも、おばちゃんは断然ファインダー!ファインダーで見とったら、自然と、男の方がいい、女は家、ってなる。でないと、寂しい!」
「何となく分かりました。説明ありがとうございます。」
一志は、激しい憎悪に駆られながらも、こう答えた。
「ただ、気になるのが、バンカーショットの中に、『今日は寒かったから』みたいなものもある。自分で『寒い』って言っといて、種明かしとは違うんやろか。…まあいいか。以上が途上国についての説明ね。」
一志は次の瞬間、フラッシュバックから覚めた。そして、そのまま、その場にしゃがみこんだ。今まで見たことは、全て本当のことなのだろうか?それとも幻なのか?一志はまだその答えを出せないまま、少し間を置いた後、トイレから出、家の近くのスーパーの方角へ歩き始めた。