第17章 トゥーン・ワールド
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第17章 トゥーン・ワールド
フラッシュバックから覚めた一志は、ぐっしょりと汗をかいていた。確かに、今の状況は、フェミニストにとって危機的なものかもしれないが、とりあえず、自分を信じて行くしかないと、一志は自分に言い聞かせた。そして、気づいたら、時計の針は4時を指しており、一志はさすがに寝ないといけないと思い、再度、自分の体に布団をかけ直した。
次の瞬間、またもや、フラッシュバックが、一志の脳裏を駆け巡った。
2007年8月19日、午後8時。一志は、バイト先の、アパレル店にいた。一志の勤めるアパレル店は、ちょうど8時が閉店時間で、今日はその時間に、一志の勤務が終わる予定であった。タイムカードを押し、これから、家へ帰ろうとする時に、さっきまでいた、客の男が、一志を呼び止めた。
「待ってください、一志さん。」
びっくりした一志は、その男の方を振り返った。その男は背は低いが、目つきが鋭く、威圧感を感じさせるには十分であった。ただ、「待ってください。」というその男の発した言葉は、丁寧で、どこか気品も感じさせた。一志は、少し驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、男の呼びかけに答えた。
「何でしょうか?」
「初めましてですね。私の名前は、広沢といいます。いきなりですが、私はゼータの使い手です。」
一志は、相手がゼータの使い手と知り、身構えた。
「今日は一志さんに、忠告をしに来ました。
一志さんは前に、『サイン、いらない。』って言いましたよね。」
「…はい。」
「致命傷です。
サインをいらない、ということは、セントラルパークのルールに準じて、ノートを扱うということです。それで、一志さんは既に、『ポリゴン、いい。』、『持ちつ持たれつ、いらない。』、『保険、いらない。』と発言しています。サインをいらないと言った以上、セントラルパークのルールになりますので、一志さんの言ったことは、絶対で無効にはなりません。そこで、豊橋君の計画です。あの計画は…、ちょっとやり過ぎかと思いますが、ゼータ側の人間の夢です。と言っても、一志さんはまだ豊橋君の計画を知りませんね。…でも、ここまで進んだ以上、もう知らないでは済まされませんよ。あとは一志さんがボギーを出せば、全ての発言が、トラップとして有効になります。
それで、これは結果論かもしれませんが、この戦争を戦うに際しての、元々の一志さんの計画に、無理があったのではないかと、私は思いますね。何のために、途上国で、優秀なタクシーのボディーガードたちが、アーティストをしているか分かりますか?それは全て、パンドラの箱を開けないように、ロミオのルールに準じて、この戦争を戦うためです。確かに永久欠番はかっこいいです。でも、欠番と永久欠番の均衡を破ることは、危険なことですよ。
さらに言うなら、先進国の地の利で、『サイン、いらない。』を拡大解釈して、タクシーのアイデアそのものを否定する、という手も使えなくはないですね。もちろん、タクシーのアイデアはかっこいいので、完全に否定することはできませんが、この戦争で、タクシーのアイデアを使えなくすることは、やろうと思えばできますよ。もちろん、その場合も、何かを発言させるなど、トラップが必要ですが。ただ、豊橋君は今完全にタクシーにハマっている状態なので、そこまではしないですかね。
こうなってしまった以上、一志さんは、これから1つのボギーも出せません。もちろん、どんな八百長がとんできてもです。それで、ボギーを出してしまったら…。豊橋君の計画が、実行されてしまいます。そして、フェミニストの暗黒時代がやってきます。そこからフェミニスト側が巻き返すことは、不可能に近いですね。でも、それにトライするには…、一旦、『死なないと』いけません。前に説明があったかとは思いますが、セントラルパークにおける『死ぬ』とは、一旦自分のノートをリセットすることです。そして、一旦リセットしてしまったら…これも前に説明があったかとは思いますが、『AM』として活動するしかありません。そうなってしまうと、本来はソリューションの一志さんから見て、ものすごく不便ですよ。
まず、AMの場合、前にも聞かれたかとは思いますが、『そちら側が自分たちの文化を守りたいのと同じように、こちら側も自分たちの文化を守りたい。』と言われたら、動けませんよ。ということは、プレスアウトを、ホイールで借りないといけないですね。他にも、相手が『~しない場合は、自殺する。』と言った場合は、必ず一旦引き下がらないといけません。たとえそれが、口先だけでもです。他の性格診断でも、フェミニストは基本的に、セントラルパークの人間に比べて人命を尊重する傾向にあるので、引かないといけないことに変わりはありませんが、相手の『自殺する』発言は、あまりにも突拍子がないということで、無視できます。でも、AMの場合は、『人命』を尊重し過ぎるあまり、これを無視することができません。そのため、AMは一旦引き下がり、何かをサクリファイスして、つまり、余分に『仕事』をするなど何かを犠牲にして、『自殺』を取り下げてもらう必要があります。この場合も、本来なら、セントラルパーク側は取り下げないといけない、という決まりですが、八百長がとんでくる可能性もありますね。
それが嫌な場合は、ロミオ等の『無視』をホイールで借りる必要があります。その場合は、貸した側と借りた側が連帯責任になるので、自分はボギーを出さなくても、貸した側がボギーを出せば、また最初からやり直しで、死ななければいけません。
まあそういうわけで不便なAMですが、ここまで来た以上、AMとしてがんばるしかないですね。では、言いたいことは言えたので、これで失礼します。」
広沢と名乗る男は、一志から離れ、帰って行った。一志は、一方的な広沢の発言を、ただ聞くばかりであった。
そうこうしているうちに、豊橋が、一志の前に現れた。豊橋はどうやら上機嫌らしく、この日が来るのを楽しみに待っていた、というような面持ちである。
「今日は一志に、土つけに来た。何としても、一志にボギーを出してもらいたい。じゃあ、これからバトルや!」
その言葉を聞き、一志は戦闘モードになった。
「とりあえず先攻は俺やな。まずは、セントラルパークの基本からや。『一志にボギーつけられへんのやったら、自殺する!』こう言われて動けるか?確か、普通のロミオとかタクシーやったら、無視できるはずやけど、ここで八百長や!これで、無視はできん。次に、AMが使うサクリファイスやけど、サクリファイスの内容は、こっちで決めさせてもらう。それは…拷問や!もちろん、拷問はゼータ使ってや。これで一志は、ボギー出したくなかったら、拷問に耐えなあかん。あと、ホイールで『無視』を借りるんやったらええけど、その場合はホイール貸してもらった人を倒せばええわけやから、一志を倒すより、ずっとやりやすいわな。さあ、どうする、一志?」
どうやら一志は、窮地に追い込まれているらしい。しかし、当の一志はいたって冷静である。
「別に自殺したらええんちゃう?消えるだけやし。」
豊橋は、一志のその発言に驚き、こう言った。
「どうした一志?自暴自棄になったか?逆効果やぞ!確かに、ホンマに自殺するわけではないかもしれん。でも、何のアイデアもなしにそんなこと言っても、この世界では通用せえへん。もしかして、ロミオとかの、『無視』のつもりか?それは使えん、ということで、ボギーや!ついに、夢が叶ったぞ!」
「人の話聞いとる?だから、別に消えればええやん。」
「ん?どういうことや?確かに、アラームは鳴ってない。…でも、この状況を乗り越えられる方法なんて、…ないはずや。もしかして、ホイールを誰かから借りるつもりか?」
「いや、違うで。セントラルパークはアイデア勝負やろ?それやったら問題ない。豊橋が、この世界から消える…。ちょっと恐い空想やけど、ノートと一緒に、豊橋の存在も消してしまう…豊橋の全てが、砂粒のようにざらざら崩れ落ちていく…。そして、全てをデリートや。この空想やったら、気持ち悪い所もないし、かっこええはずや。」
「さすが一志さんです。かっこいいですね。ちなみに、そういった空想も、ソリューションの『特権』の1つで、『トゥーン・ワールド』と言います。」
ここで、山田が現れた。一志は、久々の山田の登場を、心強く感じた。
「『トゥーン・ワールド』?特権か?詳しいこと、聞かせてもらおか。」
「では今から、それについて説明しますね。まず、『トゥーン・ワールド』の名前の由来ですが、これは、アニメの『遊戯王』から来ています。この、アニメの『遊戯王』の中のカードゲームで、トゥーン・ワールドは、おもちゃの世界として、描かれていますよね?そして、ソリューションの特権の、『トゥーン・ワールド』の世界も、それに似ています。
ただし、ソリューションの特権の方は、『おもちゃの世界』ではありません。こちらは、『クラーの世界』です。ここで、ソリューションの『トゥーン・ワールド』における、独自のルールを説明します。
まず、トゥーン・ワールドの発動要件ですが、今回のように、極限の状態に、あるソリューションの人間が追い込まれた時、その極限の状態を脱するための、クラーのアイデアを出したところで、トゥーン・ワールドは発動されます。そして、トゥーン・ワールドにおいて、その仕掛け人、この場合は一志さんを倒すためには、一志さんをクラーのアイデアで上回るか、トゥーン・ワールドをブレイクする、つまり、クラーのアイデアを出せない状態に、この場合の一志さんを追い込むか、どちらかの要件を満たす必要があります。それ以外の、例えば八百長であったり、通常の知恵比べであったりは、一切使用することができません。さらに、クラーを打破しようとして、いわゆるバックパスの、あまりにも無茶な難題をぶつけすぎると、その相手は負けになります。このことを、専門用語で『ブルー・アイズ』と言います。この、ブルー・アイズも、遊戯王のカードに出てきますね。ご存知かとは思いますが、最強と呼ばれるドラゴンのことです。ちなみに、この、ブルー・アイズを発動して良いかどうかは、近くにいる人、この場合は私、山田が審判として判断するのですが、トゥーン・ワールドはクラーを使うソリューションの人間、この場合は一志さんにかなり有利なルールとなっているので、滅多なことでは発動されません。ブルー・アイズを乱発し過ぎると、信用されませんからね。
次に、どうしてこの、トゥーン・ワールドができたかを、説明しておきますね。そもそも、この、トゥーン・ワールドは、この戦争が始まる前から存在し、動物にもあったので性周ではありません。これはそもそも、さっきの『自殺する』など、特殊な状態の、クラーの世界を表すものでした。それが、この戦争において、使うことができるようにルール整備されたのは、江戸時代初期のことです。家康が、『セントラルパーク』という仕組みを作り、江戸時代が始まったのは周知の通りですが、その時に、前に少し触れた、高浜雄全が、これではあまりにも、ゼータ側に有利過ぎるということで、この、トゥーン・ワールドを利用し、新たな戦争のルールを作ったのです。そして、それを家康に提案し、家康はそれを承諾しました。なぜ、家康は自分たちに不利なこのルールを採用したか?それは、もちろん『持ちつ持たれつ』が、セントラルパーク側の人間の原則である、ということもありますが、何より、トゥーン・ワールドが、かっこいいからです。元々、ソリューションのクラーは、人気があったのですが、それにも増して、特殊な状況で出されるクラーはかっこいいと、家康を始めとしたセントラルパークの人間は思いました。さらに、『トゥーン・ワールド』という、クラーの世界に入り込んでいる姿が、セントラルパークのファインダーと似ている、ということも、人気の理由の1つです。もっとも、クラーとファインダーとでは、私に言わせれば全然違いますが。
あと、ブルー・アイズのルールは、無理難題を押しつけられないように、ということで作られました。ここは、『持ちつ持たれつ』の精神ですね。
というわけで、ここからはトゥーン・ワールドの世界なので、豊橋さんにもそれに従ってもらう必要があります。」
山田が説明を終えた。豊橋は、その説明を聞き、感服した様子でこう言った。
「トゥーン・ワールドか。かっこいい!確かに、このルールを、家康が認めたんは分かるわ。特殊なクラーといい、その世界観といい、めっちゃかっこええやんか!さすが一志やな。」
「ちなみに、最初の『自殺する』への対応は、いわゆる『デリート』系のクラーですね。人を殺すわけでもなく、存在そのものを、ちょうど特撮等の映像効果のように消してしまう、そんなクラーです。」
「デリートか…。かっこいい!それで、俺も一応、さっきの俺のアイデアで勝負がつかんかった時のために、もうちょっとアイデアを練って来たんや。まさか、さっきのアイデアを突破できるやろうとは思ってなかったけど、念には念を…ということで、考えてきたで。まあ、結果的に、突破されたわけやから、考えてきて良かったわ。じゃあ、仕切り直しや、一志!トゥーン・ワールドやろうが何やろうが、絶対に破ったるからな!」
一志は、豊橋の言葉を聞き、気を引き締め直した。
「じゃあ一志、今からタイマンや!」
「望むところや!」
一志は、急な豊橋の挑発にも、動じない。
「じゃあ一志、ここで質問や。俺は普通の人間やけど、一志は高浜家のサラブレッドや。タイマンを普通にやったら、俺が絶対に負けると思うわ。でも、それで血だらけになった俺の姿を、一志は見とけるか?もちろん、ただ見とくだけやったらできるのは当たり前やけど、ここはセントラルパークや。アイデアで勝負せなあかん。普通やったら、目を背けたくなるような光景を、きれいなアイデアとしてまとめなあかん。もし、個人的な恨みで見るんやったら、そんな恨みに頼ったことになって、ボギーや。それで、見れん場合は、アイデアやなく、腕っぷしに頼ったってことになって、これもボギーや。さあ一志、どうする?」
一志は、しばらく考えた。
「問題ない。ちょっとグロいけど、それもアングラカルチャーや。アングラカルチャーの一環としてやったら見れる。」
「アングラカルチャーか…かっこいい!さすが一志やな。」
「そうですね。アングラカルチャーに、どっぷり浸るということですね。もちろんクラーも使えます。ちなみに、クラーでアングラカルチャーのようなアイデアのことを、『REMI』と言います。」
山田が、説明を加えた。
「レミか…。よし、まだアイデアはあるぞ。勝負や!
今度は、知恵比べや!ここまで来たら、もう退却はできんはずや。ということで、こっちからはゼータのアイデアや!俺は、女をバナーで燃やしてみたい。さあ一志、このアイデアに勝てるか?もちろん、失敗したら、パンドラの箱を開けることになるぞ!」
「ゼータですか…。私たちフェミニストは、考えただけでもゾッとします。1つ補足ですが、ここはトゥーン・ワールドなので、ゼータそのものの知恵比べはできません。それでもいいですか?」
「もちろんや。さあ、俺からのこの攻撃、トゥーン・ワールドで切り抜けられるか?」
一志は、少しの間考えた。
「じゃあ逆に、男の人をバナーで燃やす、ってのはどうやろう?例えば、廃墟にゼータ側の男を連れて行って、火をかけるとか…。その時の僕の表情は、ちょうど、映画の『チャッキー・プレイ』に出てくる人形みたいな顔やな。まあ、ホラー映画のワンシーンを想像してもらえたら、分かると思うわ。それで、その時のBGMも、考えたで。
♪雪やこんこ あられやこんこ。降っても降ってもまだ降り止まぬ。 犬は喜び庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる。♪」
「…。何か、気味悪いけど、かっこええわ。これが、トゥーン・ワールドの真髄、ってところか。」
「さすが一志さんですね。確かに気味悪いですが、『チャッキー・プレイ』の表情と言い、BGMと言い、屈折はしていません。ちなみに、例えばバナーで燃やすなどの、少し激しめのクラーのアイデアのことを、『ブルース・リー』と言います。」
山田が、説明を加えた。
「ブルース・リーか…。かっこええ。じゃあ最後に、もう1番や!
俺らの理想は、『魔女狩り』や。魔女狩りは知っとるよな?一応、教科書では、特に中世ヨーロッパで、魔女と思われる人を迫害したこと、ってなっとるけど、この、魔女狩りは、ホンマのところは、ゼータの中でも1番激しい勢力の、理想を描いたバグ処理や。さあ、この、魔女狩りに、トゥーン・ワールドは対抗できるか?言うまでもなく、ここでも、失敗したら即、パンドラの箱、オープンや。もちろん、アイデアはゼータでなくてもええ。さあ一志、できるか?」
一志は、前に少しは聞いていたものの、改めて聞いた魔女狩りの真実に、ショックを受けたが、落ち込んでいる暇はない。とりあえず深呼吸をし、一志は冷静になり、考えた。
「『惨劇』のクラーはどうやろう?どこかの洋館で、血の惨劇があった、っていう…。それで、BGMも考えたで。『DREAMS COME TRUE』の、『Winter Song』や!」
「『Winter Song』で惨劇か…。意外な組み合わせやけど、かっこいい!」
「一志さん独特のセンスですね。ちなみに、この、『惨劇』のようなクラーのアイデアのことを、『Blu―ray』と言います。それにしても、意外な組み合わせで、かっこいいです。」
「そうやな…。今回は俺の負けや。でも、待っとれよ一志!絶対、ボギーつけたるからな!」
豊橋は、こう言い残し、退出した。
「一志さん、今私たちフェミニストは、絶体絶命の状況です。私も、ついさっき、豊橋の計画を知りました。…でも、一志さんのアラームは、鳴ってないですね。この状況、切り抜けられるかどうか、分かりませんが、僕は一志さんを信じることにします。何とか頑張ってください、一志さん!」
山田も、一志を励まし、退出した。
次の瞬間、一志はフラッシュバックから覚めた。