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思い出の国  作者: 熊矢石
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 先週も、人が独り消えた。消えたあの人とは、面と向かって話をしたことはないが、すれ違えば挨拶をする程度の仲だった。好きな花は、マリーゴールド。嫌いな虫は、テントウムシ。どんな顔をしていたのかなんて、ぼんやりとしか思い出せないが、妙なことだけ覚えているものだ。ただ、いくら顔見知りと言えど、知り合いが消えるというのは、やはり目覚めが悪い。

 煙草に火をつけて、少しだけあの人のことを考えてみる。交わした言葉はさほど多くないが、笑顔の素敵な人だった。今さらながら、もう二度と会えないと思うと、じんわりとした寂しさがゆっくりとやってきた。

「人はいつか消えてしまうものだけど。何回経験しても、慣れないものだ」

二本目の煙草に火をつけながら、思考を廻らす。やはり気になったのは、あの人の最期の場面だった。あの人は、どんな消え方をしたのだろうか。知りたい。知りたくてたまらない。泣きながら消えたのか、笑いながら消えたのか。どうしても気になってしまう。消えるとき、まわりに人はいたのか、それとも独りぼっちだったのか。この感情は、きっと不謹慎。しかし、自分もいつか消えてしまうのだから、興味がないと言えば嘘になる。消える瞬間、あの人は、何を思っていたのだろう。

 私は、一度だけ人が消えるところをこの目で見たことがある。あれは儚いものだった。消えたその人は、私の数少ない友人で、おとなしく口数が少ない、とても静かな人だった。その人が消えた日のことは、今でもよく覚えている。あれは、久々に一緒に酒を飲もうということになり、安酒と焼き鳥を買って、友人の部屋に邪魔をしていたときのことだ。

「最近、思うことがある」

と、友人。

「どうしたね」

と、私。

「人と人が付き合うというのは、なんとも難しいものだね。未だに、私はそれがわからない。どうも私は人間関係を損得やリスクで考えてしまう。他の人の腹の底なんてよく知らないが、なんだか自分だけがすごく汚い人間に思えてくるよ」

彼の悩みは、中学生の頃、ベッドの中で誰もが考えるようなことだった。しかし、その悩みはだいたいの場合、解決されずに有耶無耶にされて、社会に出ると同時に大人な付き合いという言葉に潰されていく。私は、とっくに潰してしまった側の人間だ。

「そんなことはない。子どものときならまだしも、付き合う人間に対して、あれやこれや考えるのは普通だと思う。誰も彼もを受け止めて、全ての人と心の底から付き合うような、そんな聖人君子のような人はいないよ」

本音である。そんな人は、いない。絶対に。神様にだって、好き嫌いや隠し事くらいあるはずだ。それを否定をするのなら、今すぐ地獄でサタンと和解をしてもらいたいものだ。

「そんなことは頭ではわかっているが、どうしてもな。男と男の付き合いですらよく分からないというのに、男と女になったら、もう、想像もできない。結婚など、私には夢物語のように思えてくるよ。あれは、弱点を増やすだけの行為にしか思えない。既婚者は、純粋にすごいと思う。あれか、無償の愛というものか。離婚や托卵がこんなに流行っているのに、私たちだけは大丈夫というやつか。こんなことを言っている時点で、私に結婚は向かないはずだ」

世間を敵にまわすような言葉を並べながら、友人が言った。お酒が入っているからだろうか。今夜の友人の唇は、とても流暢だ。そして、やはり彼は少し屈折している。

「みんなすべて納得しているわけじゃないだろうからな。きっと無意識のうちに天秤にかけるんだ。バランスが大切なんだよ、きっと。愛だけじゃ生きていけないからな」

「天秤か。メリットとデメリット、今の自分と未来の自分。愛も天秤にかけるものなのか」

「それは人それぞれだろう。愛は、重いからな」

「すべてを捨てる愛は、きついな。衣食住が保障されている愛がいい。できれば、福利厚生もしっかりとしていたほうがいい」

こんなことを話している時点で、我々が愛に生きることなんてできないと思った。

「まあ、腹の底なんてのは本人にしかわからないのだから、一生他人と自分を騙せるのなら、可能かもしれない。他人はまだしも、自分は無理だろう。自分は絶対に騙せない。騙そうと思っている時点で、嘘なんだよ。それにすら気付いちゃいけない。疑うことも許されないような、洗脳でもされれば別だが」

「ちがいない」

「自分で強く思い込んで、自分自身を洗脳してしまうような馬鹿もいるがな」

コップに残った安酒をぐっと飲みほし、会話を続ける。

「人間ていうのは、近すぎても遠すぎても駄目なんだ。その人その人のベストな距離感っていうのがある。誰とでも、何とでもっていうのは無理だよ。わかりあえっこない。昔、世界平和をうたった世界一有名なミュージシャンは、自分のバンドの三人とすら仲良くできなかったんだぜ」

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