第6話 恩人
——東エリア 第三校舎裏
《ファントムウォール》
突然、北エリアに急いでいた拓海の前に半透明の黒紫色をした壁が現れた。
「なっ……!」
拓海は大きく右に旋回し、ブレーキを掛ける。
「誰だ……!」
拓海は注意深く周囲を警戒するが、聞こえてきたのは思いがけない人物の声だった。
「た、拓海……か?!」
背後から聞こえてきたその声だけで、それが誰だか分かった。
拓海の瞳が潤む。
「か……かっ……楓ぇぇっ!!」
「っは、やっぱ拓海だ! なーんも変わってねぇなお前!」
銀髪に真紅のヘアバンド。チャラい外見にマッチしたヤンキー口調。
「楓こそ全然変わってねぇよ!」
「おいおいおい、前より断然カッコよくなってるって、よく見ろよ!」
……確か楓と会うのは一年ぶりになるのか
「なぁ楓、あん時はホントありがとな」
拓海が深々と頭を下げる。
「なーに急に湿っぽくなってんだよ! あれから少しは強くなったか?」
「あぁ、お前の弟子から卒業した後も四人でみっちり特訓してきたからな」
「そっかそっか、そりゃ強くなってんだろうなぁ。あ、今あいつらはどこにいるんだ?」
拓海の顔が驚くほど暗くなる。
「あぁ、それな……俺、ちょっと前まで迷子だったんだよ」
「……受験しに来て、迷子?」
「いや、もう大丈夫なんだ、心配しなくていい。それより楓は何でここに?」
楓は当たり前すぎる質問に少し戸惑う。
「いや何でって、ここ東エリアじゃん、賢学科なんだよ俺」
拓海は目を大きく開けた。
「……マジかよ、すっげ、やっぱ賢いんだなーお前」
「え、お前もここなんじゃ……あ、拓海、お前まさか武学科なの?! なら急がねーとやばいんじゃね?」
「え、あ……!! やっべ! わりぃ俺もう行くわっ、またどっかで!」
「おう分かった、じゃあな!」
楓は北エリアに向かう拓海の後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。
——二人の出会いは三年前、優斗が殺された日の翌日だった。
「優斗が殺されたのは俺のせいだ」
あの後拓海は、いつもの山小屋に戻り、一晩中同じ言葉を呟いていた。
……何が世界をひっくり返すだ……友達一人も守れないくせに……ちくしょう……。
拓海の近くに他の三人も座っていたが、誰一人顔を上げるものはいなかった。
そしてついに鳥の鳴き声が聞こえ、窓から日が差し込み始めた。
するとそこに、
——ドンドンドンドン
何者かが扉をうるさく叩いているようだ。
拓海だけは顔を上げてドアの方を見たが、立ち上がる気力が湧かない。
拓海が再び顔を沈めたその時、
「誰か返事ぐらいしろやぁ!!」
銀髪でヤンキーのような格好をした少年がドアを開け、怒鳴りあげてきた。
「お前らに起きた昨日の夜のことは聞いてる。だけどな、こんなんで終わっていいのか、お前ら? 死んだ友達が聞いたら泣くぞ?」
拓海は顔を上げ、ギロリと銀髪の少年をにらみつける。
「知った口聞くんじゃねぇ」
「ふん、いい眼してんじゃねーか」
銀髪の少年は拓海の前まで歩き、大声で叫んだ。
「俺の名は村上楓、今日からお前らの師匠になる! その腐った根性叩き直してやる!」
夜明けと同時に、拓海の心にも明るい光が差し込んだ。
それから二年間、拓海、真生、凌汰、雪乃、そして楓の五人は毎日学校のあと山小屋に集まり、特訓の日々を送った。
「いいか、ギフトってのは、その人の生まれつき持つ才能だ。いくら鍛えたところでギフトの使い方は上手くなっても、ギフトの総量が増えることはない。つまり、それぞれの人間に適した戦い方があるってことだ、分かるな?」
「は、はぁ……」
「な、なんとなく……」
楓の説明は難しかったが、それでも四人はいつかSへの復讐を果たせるように一生懸命特訓に励んだ。
特訓は筋トレや走り込みから始まり二年経った頃にはギフトを使った簡易試合もメニューの一つになるくらいに成長していた。
結局、誰一人として楓に一撃も与えることはできなかったが、この二年間で四人は楓からたくさんのことを学んだ。
そして今日、自分が武学科の判定を得ることができたのも楓の特訓のおかげだ。
楓、ありがとう。
Sへの復讐、必ず成し遂げてやる。
——ウウゥゥゥゥゥゥーー
試験終了を告げるサイレンの音で拓海は我に返った。
「やっべっ、急げ急げ」
拓海はこれまで以上に全速力で北エリアの第二校舎に向かった。