第3話 ツンデレ
「ゆーきのー、ゆーきのー、どこだー、ゆきのー……ゆき……。はぁ、ゆきの……俺迷ったわ。」
近くに人影はなし。周りには立派に花を咲かせた桜の木が二十本ほど並んでいるが、その他に建物も見当たらない。
拓海は雪乃を求めて近くのトイレを駆け巡っていたうちに凌や真生たちとずいぶん離れた場所まで来てしまった。
しかしただ一つ、トイレを駆け巡る前と変わらぬものもある。ずっと前から見えていた真っ白な巨大な塔である。高さは百階建てのビルを遥かに超えている。あまりに遠すぎて距離感が掴めないのか、全く大きさが変わっていない。それどころか、どこから見ても全く同じ外観である。
「ここの敷地ってどうなってんだよ……つーかやっべ、もう試験始まったのに、雪乃どこだよ全く。それよりも早く試験官見つけねーと……あぁもう誰かいねーのかよ!」
——ササーッ。
桜の木が揺れた。そこまで風は吹いていない。
……何かいるな。
拓海は直感的に音が聴こえたほうを向いた。
「おい、誰かいるんなら出て来てくれ、聞きたい事があるんだ。」
音は聴こえない。何だ、気のせいだったか、と思い拓海が桜の木に背を向けて歩き出したその時、
——ガササッ、ガササッ。
また揺れた。これはもはや自然な音ではない。確実に誰かが木の上にいる。
拓海は脳をフル活用し、取るべき行動を考えた。
——仮に木の上にAさんがいたとして、なぜ二度も音を鳴らしたのか。単純に考えるとAさんは近くを通った俺に気付いてもらいたいのだろう。
だがそれならば俺の呼びかけに応じないのはなぜだ。何か声を出せない状況にあるのか。いや、だとすればもっと木を揺らして音を出せばいい。
何だ、何かを見落としているようだ。Aさんは俺に何を伝えようとしているんだ……——
と、その時。
「……ヒント、ツンデレ」
何だろう、どこからか自分にささやきかける女の子の声が聞こえた。いや、ここは誤魔化してはならない。桜の木の上からAさんの声が聴こえた。ような気がした。
しかしその瞬間、この声のおかげで拓海の脳内が全て繋がった。
拓海はもう一度音の聴こえたほうを向いた。
こんなことは生まれて初めてだが、今ならできる気がする。拓海は大きく息を吸った。
「……俺っ! お前の事がずっと好きだった! 初めて見たとき、俺にはお前しかいねぇって思った! 俺ってばもともと可愛い子に目がないから、お前の他にも気になる女の子ができるかもしれねぇ! けどっ俺は! お前の事が大好きだっ!!」
——言い切った。どうだ、これで……
「……っふん、何よ、あんたは私のことだけ見てればいいのよっ。だから……その……私もあんたのことだけ見てるからっ……。」
——予想通りの反応だった。なんだこれ。笑っちゃていいですか。
「そーゆーのもういいからさっさと降りて来いや。」
しぶしぶ桜の木から降りてきたのは、拓海がトイレを駆け巡って探していた白髪の天使と並ぶほどの可愛さをもった茶髪のツインテールの美少女だった。背が低く、子猫のような大きな青色の瞳をしている。
「私、雛菊ユイ。あんたと同じ受験生だから。さ、試験官探しに行くわよ。」
拓海は思った。
——あぁ、ついに俺にも春が来た、と。