第1話 始まり
——西暦二一一七年八月十日
——待って、待ってくれみんな、どこにいるんだ、くそっ
拓海は真っ暗な人の気配もしない街中を友達を探して走り続ける。息が上がり、足がもつれながらもただ走り続ける。なぜこんなにも走るのか聞かれると面白い答えが返せそうなので今は秘密だ。
かれこれ小一時間は走っただろうか、これ以上は走れないと感じ、足を止めようとしたその時、遥か前方から女の子の声がかすかに聞こえた。
「……雪乃っ!」
何と言ったのかは聞き取れなかったが、その瞬間自分の体は今までにない速度で再び走り出していた。
「くそっ、あいつら、どこまで行ってんだよチクショウ」
息をするのも忘れ数十秒駆け抜けると、三つの小さな人影が目に入った。
「ハァ、ハァ、見つけたぞ、、真生!凌!雪乃! 」
三人の横で立ち止まったが、返事はない。様子のおかしい三人に拓海は明るく振る舞おうとする。
「ちょ、おいお前らこんなとこまで来て何してんだよ、そりゃ俺が一人でアイス全部食べたのも悪かったけどよ、置いてくのはちょっと酷くね?顔上げたら誰もいなくて泣きそうになったよ?せめて声でも掛け……」
「——優斗?」
落ち着いていて、でもどこか不安を隠しきれないような声で真生が尋ねた。
拓海が我に返り三人の視線の先に目を向けると、そこには背広姿の大男が向こうを向いて立っていた。
——あの男、どこかで見た気がする。
と思ったその時、大男がその場にしゃがみ込み何かを肩に担いだ。
そして男は立ち上がり、静かに歩き始めた。
肩に担がれた何か、は一瞬で分かった。
優斗だった。息をしている様子はない。
つい数時間前まで一緒に遊んでいたはずだったのに。
拓海の横で真生が膝から地面に崩れ落ちる。
「優斗、なの……?」
消え入るような真生の震えた声が、拓海の体を男のほうへ動かした。
「……待てよおっさん、俺の友達に何してんだ」
男が足を止め、振り返る。左目の大きな傷と左胸に付けている立派な純白のコサージュが只者ならぬ覇気を放つ。
しかし怒りに狂った拓海は尚も男に向かって歩き続ける。
「……あんたが優斗を殺したのか、?」
「あぁそうだ、君には関係のないことだ」
ニヤリと笑う男の姿を見て拓海の眼の色が変わった。
——殺す……!!
拓海は叫んだ瞬間、男のほうへ全速力で走り出した。
「っおおおぉぉぉぉぉー!!」
「ふん、威勢のいいガキは嫌いではないがな」
男は右手をポケットから出し、胸の前へ突き出した。
「——《ブラックサモン》」
男が何かを唱えた直後、拓海の前方に紫色の光が現れ、漆黒の鎧をまとった武者に姿を変えた。
「な、なんだよこれ……」
拓海の足が止まる。
「あ、あれは……何?」
拓海の後ろから凌の困惑した声が聞こえる。
突如現れた漆黒の武者は今にも目の前の拓海に斬りかかりそうな殺気を放ちながら刀を抜く。拓海は恐怖で体が動かせない。
「縁がなかったな、少年」
ニヤニヤ笑う男の声が耳に触る。
漆黒の武者が近づいてきて拓海の目の前で赤く光る刀を振り上げる。
「たっくん……!!」
少し離れたところから雪乃の声が聞こえたが振り返る余裕もない。
拓海は迫り来る死を感じ、眼をつぶった。
——グサッ。
「あー、殺しちゃったかな……ん?」
漆黒の武者の刀は地面に突き刺さり、拓海は数メートル右にいた。
拓海も真生も凌も雪乃も何が起きたか分からず固まっていると、肩に優斗を担いだ男が尋ねてきた。
「そこの白髪の嬢ちゃん、名前は?」
「……白詰雪乃」
「ほぅ、白詰さんとこの娘さんか、そりゃ立派なギフト持ってますわ、なるほどねぇ。で、そこの少年よ、まだ私を殺しにかかってくるかい?」
拓海は立ち上がり両手の拳を握り締めた。
「あんたの名前は何だ」
それを聞いた男は子供たちに背を向け言った。
「そうだな、Sとでも名乗っておこうか。今は天ヶ崎学園の普通科で教師をしている。
あぁ、私も一つ君たちに聞きたい事がある」
男は空を見上げ、深呼吸してから言った。
「君たちの将来の夢は何だ」
そう言い残してSと名乗る男は暗闇の中に消えていった。死んだ優斗と共に。
空には雲ひとつなく、星がたくさん輝いていた。
そしてこの時、彼ら少年少女はまだ十三歳だった。