人魚の鱗の涙
時計職人で有った父親が残してくれた時計
舘の外壁は、黒い目地が覗く多彩な群青色
の磁噐タイルによって貼りめぐらされ、孤
高の色彩を放つ人魚の鱗の様に、月光の
淡い光りの中で蠢めくような妖しい艶を発色
している。
僕は、何時ものようにこの時計舘のデッキで1人黙々と油絵画の製作に励んでいた。
特に悪夢に魘された後の後味の悪さを忘れる為に
毎夜没頭した。
所謂、この煩悩が筆を握り締める要因に加担したのだ。
この孤独な単独作業は、創造や思想の中の方が心地良い僕にとって、もってこいの作業だったから、僕は画家に成れたと言っても過言では無いだろう。
静まり返った深夜の製作は思想や創造を遮
られたり脅かされ難く、満潮には孤立する小島の
上という自ら孤立を望んだ様な立地にそびえ建つ
この館では、僕の思想は留まる所を知らずに壮大
に膨らみ、抑制されない創造性をいかんなく発揮出来た。
ウッドデッキに繊細に揺れるランタンの灯火とベールに包まれた妖艶な月明かりの中で、幾千の星に見守られながらイーゼルにキャパスを立て掛けて、
油絵を描き続ける。
強く叩いては優しく滑らせて、毛筆や指で、怒り
や切なさをうねり狂うようにして彷彿し、肉感で、全身でそれ表現した。
魂を忘れたPIERROTみたいに、優雅で滑稽に舞う
様にして麻布に僕の全てを投影する。
微かに耳に聞こえる、狼の遠吠え。
ーーーーーーーーー強く静かな孤高の叫び
僕は、筆元に再び視線を戻して細部の表現
に神経を集中させた。
ぽとっ…………………。
キャンパスの麻布に一粒の雫が落下する。
夜空を見上げると、立ち込めた暗雲達が僕を蔑ろにするような眼差しで見下ろしていた。