プロローグ 姉妹(一)
旋律が流れる――。
そこはかとない物侘しさを纏う、蕭然とした音色。それでいて、嫋やかな芯でばらばらのパーツを串刺しにしたような一体感。清音の調べ。流れる……。
いかにも重厚な螺鈿の小箱、それはオルゴール。
少女の眼は虚ろ。空っぽの真紅。そこを甕にして、満ちては引いてを繰り返す、熔解の工程が帰結したばかりの硝子細工を思わせる“紅”い波。おおよそ情操を感じ得ぬ、少女の、空虚な……空っぽな……。
花柄の紋を鏤めた半透明のレースは、少女が仰向けに倒れる天蓋ベッドの装飾品。さながら少女を幽閉する牢獄で、微動だにせず。四角を完全に包囲する。
仰向けの――空っぽな――少女にとって、枕元で安らぎのメロディーを奏でるオルゴールは宝石箱。並びに、代理の利かない宝物。
大切な、大好きな……。少女の、“二度と取り戻す夢叶わない思い出”を象徴する、大切な品……。
あの頃、あの日、あの時の――忘れられない、いや、厳密には、全体のそこここが斑模様のように滲んだり、思い出を焼いたフィルムが順番を無視して乱雑に再生されたりして。しっかりとその物事を擬えて脳中に描き出すのは不可能なのだけれど、それで構わない、少女の精神は、美しい楽器であり宝物である小箱が演奏する“子守唄”の“縛り”で安定を保っていられる――。
と――。
造型めいた眼球が、零れださんばかりにカッと押し上げられる。
ワン・コーラス分の旋律が流れた、と合わせて音が止んだ。撥条が切れた。
短い悲鳴、口からひとつ。
上体を弾き起こし、断絶した安らぎを切望して箱に手を掛ける。やたらめったら振ってみたり爪を立ててみたり、鬼気迫る形相で旋律に執着する。のだが、音は息吹かない。
少女はいやいやと頭を振り子のように動かす。
蓋の閉じた直方体を布団に叩き付ける。
急速に腹の底から迫り上がる、自分じゃない自分の影――。いやだ、いやだあ……。両手で顔を覆い、少女を侵食するワルイモノを追い払うべく叫んだ。
――途端、さっとレースが脇に大きく開かれる。
顔を上げた。
『お姉さま……』
視認して――。湧出したドス黒い影は鳴りを潜め、少女は胸を撫で下ろした。自我と懸け離れた、この気味が悪い影は大嫌いだった。
『――***』
何か話している。
少女の理解から外れた範疇の話。これもまた大嫌いだった。
少女がベッドから飛び移る。体幹が傾き、まろぶ両人。
(***……?)
押し倒した相手が何か云っている。――気がした。
少女はしばし逡巡して。――だけどむず痒くて。それを考察の虚無に投げると、少女は真紅の――空っぽの――眼をたっぷりとした“紅”で満たし……。
ぐっちゃり。首に喰いついた。
もはや味わい飽きた液が口一杯に広がる……。
じわり、じわりと血液が……。