第6話 1日目
1日目。火曜日。
乃亜と怜司は、夜の新宿のオフィス街のはずれのマンションの前に立っていた。
「このマンションですか!? でっか!」
制服姿の乃亜が、マンションを見上げた。
「どう? なかなか良いとこでしょ?」
怜司は夜でもサングラスを外さないらしい。相変わらず細身のスーツをラフに着崩している。バッグから鍵を取り出すと、エントランスのオートロックの扉を開けた。
乃亜は、自動ドアが閉まる前に慌てて怜司に付いて入る。エレベーターホールで怜司がボタンを押すと、2機のうちの左のエレベーターが降りてきた。怜司は乃亜が乗ったのを確認すると、6階のボタンを押した。
「思ったより荷物少ねーな」
乃亜は、小さめのスポーツバッグを肩掛けにしている。制服を着ているので、部活帰りにの学生にしか見えない。
「平日は学校が終わったら、家に寄ってここに来るので。部屋着と着替えがあれば十分です!」
乃亜は気が昂っているのか、興奮気味に言った。
「そーか。一応念押ししておくけど、このバイトの仕事内容は秘密にしとけよ。家族だろうが、聞かれてもごまかせ。もしバレて面倒なことになったら、バイト代は出さないからな」
「信用してください。私、口は固い方ですし」
「自分を信用しろって奴ほど、信用できねえな」
怜司が疑わしげに睨む。
「大丈夫ですって! それに母は今、失踪しているので家族から漏れることも無いですよ!」
「ふーん……結構ハードな人生歩いてんだな。ま、細かいことは聞かねえよ。このバイトに来るのは訳ありの人間ばかりだからな」
6階に着くと、怜司は先にエレベーターを降りた。廊下の奥へ歩いて行く。604、と書かれたドアの前で立ち止まった。その瞬間、乃亜は嫌な予感がした。
怜司が鍵を開けると自動で明かりがつき、綺麗な玄関とその先の廊下が照らし出された。
廊下の左側にはトイレ、右側には脱衣所とバスルームが見える。突き当たりのドアを開けると、大きなリビングが広がっていた。入って右側はキッチンになっており、奥には革張りの大きいソファーとテーブル、大型のテレビが見える。
キッチンには食器や調理器具もあり、大きな冷蔵庫もある。
「ここがリビング……て、見ればわかるか」
「すごい! 広いですね!」
今住んでいるアパートの3倍ぐらいの広さがある。
「置いてある物はなんでも勝手に使いな。冷蔵庫に入ってる物も食っていいぜ」
「えっ? 良いんですか?」
乃亜は即座に冷蔵庫のドアを開けた。中にはハムやチーズ、缶ビールやサワーが見えた。残念ながら乃亜が期待したような、ガツンと腹を満たせるような食べ物は無いらしい。
「一応、消費期限は確認しろよ。それから、テレビも見られるしネットも通じてる。Wi-Fiもあるから、スマホを繋げていいぜ」
「良いですね! それでは早速……」
乃亜はスマホを操作して、Wi-Fiに接続した。
テレビの横には観葉植物も置いてある。オシャレな照明も置いてあり、住んでいた人間の裕福さが窺える。
「こっちから他の部屋に行けるから」
そう言うと、怜司は入って来たドアと反対側のリビングのドアを開けた。
奥にはさらに廊下が伸びて、右手に2つ、左手に1つドアが見えた。怜司が右手奥のドアを開くと、中にはクイーンサイズのベッドが見えた。ベッドの横にはクローゼットの扉が見える。
「ここが寝室、それから」
右手の手前のドアを開けると、中には畳が見えた。奥に三面鏡が置いてある。
「こっちが和室。最近珍しいけど、前に住んでた奴がわざわざ和室に改造したらしい」
左手のドアを開けると、大きな本棚が見えた。
「最後に、この部屋が書斎。全部で3LDK。どう、なかなか住みやすそうでしょ?」
怜司は乃亜を振り返って言った。
「はい。とても綺麗だし、私のアパートより倍は広いです。リビングを通らないと他の部屋に行けないのは少し気になりますけど。ところで、家具がたくさん置いてありますけど、本当にここは空き部屋なんですか?」
本棚には本がたくさん置いてあるし、まるで、ついさっきまで人が住んでいたようだ、
「今は、ね。前の住人が急に出てったから、その家具が残っている」
「もったいないですね。結構新しいのに。それにしても、ここの家賃いくらなんですか?」
「ああ……家賃、な。驚きの15万円だ。一般には公開してないけどな」
「15万円? 高いですねぇ……」
乃亜の住んでいるアパートより、余程高い。
「アホか、安すぎるんだよ。本来なら4、5倍は取れる部屋だぞ!」
「そ、そうなんですか!? 何でそんなに安いんですか?」
怜司はにんまりと笑った。
「まあまあ、今から細かいことは気にしないで。変な先入観は持って欲しく無いからさ」
そう言うと、怜司は乃亜の背中を押してリビングに戻った。
「それじゃあ、俺は用事あるから帰るけど。もう一度確認、キミの任務を言ってみて?」
「……えーと、この部屋で一週間、夜から朝まで泊まることです」
「そう。必ず夜9時以降はこの部屋で過ごすこと。一週間、ずっとね。それから?」
「何かあったら、柊木さんにすぐ連絡すること」
「オーケー! すぐに通話アプリで呼んでね。乃亜のコールなら、秒で出るからさ」
乃亜はスマホで、怜司のLINEのIDを確認した。
「じゃあよろしく! 他に何か気になることある?」
怜司はサングラスを拭きながら言った。
「あの、何かあったらって、やっぱり……そういうことなんですか?」
乃亜は、ためらいがちに言った。
「あれ? それ聞いちゃう? ていうか何か感じる?」
怜司は笑いながら言った。
「今はそうでも無いんですけど。この部屋に入る時、嫌な感じがしました」
「そっか、さっすが俺が見込んだだけのことはあるよ!」
そう言いながら乃亜の肩を叩いた。
「さっきも言ったけど余計な先入観を持って欲しく無いから、あまり詳しくは言わない。正直なところ、この部屋で何があったのか、その原因が何なのか俺達も良くわからないんだ。それを調べるために、お前を呼んだってわけ」
「はあ……」
乃亜は不安な表情を見せる。
「大丈夫、お前ならできる! 自信持てって!」
怜司は腕時計を見ると玄関に向かった。
「じゃ、1日目頑張れよ! 夜9時までなら出歩いていいけど、この辺不審者も出るみたいだから、一応気をつけてな」
怜司はそう言うと、玄関のドアを閉めた。
リビングに戻り、玄関側のドアを閉めると、部屋の中はは静寂に包まれた。
慣れない部屋にいるのは、それだけで居心地が悪い。一人暮らしをしたらこんな感じなのかな、と思いながら窓を開けて外を見た。眼下には道路とその先に小さな公園が見える。サラリーマンだろうか、スーツ姿で駅の方に歩いて行く人が見えた。
ひとしきり外の風を吸うと窓を閉めて、時計を見た。午後8時を回ったところだった。




