第5話
「えっ?」
「だからさぁ、何で危ない目にあってまで他人を助けようとするの?」
男は、苛立ったように言った。
「……わかりません。でも、目の前で危ない目に遭ってる人がいたら、助けるのが当然じゃないですか?」
乃亜はまっすぐに男の目を見つめて言った。
「ふぅん、そっか」
男は、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いた。
「正義感が強いのは良いけど……対処できないのに霊に干渉するのは自殺行為だ。それで今まで無事に生きて来られたのは運がいいだけだって、わかってる?」
「それはそうかもしれませんけど。関係ないでしょう?」
乃亜は男を睨み返した。
「ふむ。幽霊が見えるのは良いけど、それだけか。まぁ、それでも使いどころはあるか……」
男は下を向いて一人でぶつぶつ言っている。
「何のことですか? それより、さっきの幽霊は消えたんですか?」
乃亜は、ふと思い出した疑問をぶつける。
「いや、あのぐらいじゃ祓えないよ。ビビって逃げていっただけ」
男は乃亜に向き直ると、また薄笑いを浮かべた。
「人間で言ったら、カッターナイフで腕を切り付けられたぐらいの怪我だよ。それでも、向こうは生きた人間が自分を傷付けられると思ってないから、急に切られたら驚いて逃げる。人間だってそうだろ? 覚悟が決まってる奴ならともかく、急にカッターで切られたらまず逃げ出すだろうさ」
「あの、もしかして霊能者なんですか?」
乃亜は改めて男をまじまじと見る。
「いいや、そんな大層なもんじゃないよ。普通の人間よりはマシだろうが、俺も落ちこぼれなのさ。無いよりマシな力だけどな」
男は自虐的に笑った。
「本業は全然違う。さっき名刺を渡しただろ?」
「え……やっぱり、ホストなんですか?」
乃亜は首を傾げたが、他に思いつかない
「違う違う! ほら、名刺よく見て!」
男はもう一枚、ポケットから名刺を取り出して、指さした。
「俺は不動産会社で働いてんの!」
言われてみると、小さな文字で不動産売買の業務や、乃亜にはよくわからない認可のマークが書いてあった。
「ふーん……そうなんですね」
そう言いながらも乃亜は、胡散臭さを拭えなかった。この格好で不動産? 怪しげな霊能力もあるのに?
名刺だけで信用できるものではない。まだ、ホストと言ってくれた方が信じられるのだが。早々に引き上げた方が良いだろう。
「助けてくれて、ありがとうございました!それでは!」
乃亜は踵を返すと歩き始めた。絶対に関わらない方がいい人種だ。
「待ちなよ! まだ話は終わってないぜ!?」
呼び止められて乃亜はびくっと足を止めた。もしかして、さっき助けてくれた礼をよこせ、と金銭を要求されるのだろうか。
法外なお金を要求される→払えない→良い金融業者紹介してやるよ→ヤバい店で働かされる……。そんなバッドエンドが頭に浮かんだ。
「あの、私お金が無いので……」
乃亜は作り笑いを浮かべながらゆっくり振り返った。引き留められるようなら、逃げるしかないな。最寄りの交番までの最短ルートを頭の中で探索する。
「それはもう知ってるって。いいバイトあるんだけど、やってみない?」
あ、色々飛び越えてヤバいバイトの紹介来ちゃった……。足元を見ると、スニーカーの靴紐がほどけている。このまま走って逃げられるだろうか。
「えーとですね。やっぱり、私みたいな地味な女は夜の仕事に向いてないかと。……いや、全く自信がないわけじゃ無いんですよ? 時代が時代なら、私みたいなのでも需要高いと思いますよ、ほんと! 実際、小学3年生の時、同級生に結婚しようって言われましたからね!」
自分でも何を言っているのかわからないが、必死で逃げ道を探す。あの携帯ショップの角を曲がって、次の信号まで行けば交番がある。
「え、何言ってんの? 俺が言っているのは不動産会社の手伝いなんだけど」
男はきょとんとした顔で言った。
「今、うちが管理してる物件で誰も入居してないマンションがあるんだけど。そこで一週間過ごしてくれたら20万円出すよ」
「に、20万円!?」
そんな金額、16年生きて来て一度も見たことが無い。あまりの金額に乃亜は心惹かれたが……金額からして普通の仕事ではない。絶対危ない話だから断れ、ともう一人の自分が警報を鳴らす。
「何もなくても20万円。もし、『何か』あったら、もう20万円追加するけど、どう?」
20万円+20万円……。それだけあれば、家賃も払えるし当面の生活費もまかなえる。
「あの、危ない目には遭わないんですよね……?」
乃亜は希望を込めて恐る恐る聞いた。
「……そこは自分で考えてよ。高校生が簡単に稼げる金額じゃ無い、ってことはわかるよね?」
男は薄笑いを浮かべながら言った。しかし、目は全く笑っていない。
「あ、でも法に触れるような事はないから、安心して。それにHな事も無し。部屋に住んで、何かあったら教えてくれれば良い」
乃亜は唾を飲み込んだ。
「どうする? やらないって言うなら、この話はこれでおしまい。企業秘密もあるから、これ以上は教えられないな」
男はそう言うと電子タバコを取り出して口に咥えた。
「あ、脅すつもりはないけど、やるなら相応の覚悟で来てね。途中で辞められても困るから。何が起きるのか正直俺もよくわかんないし……それに運が良ければ何も起こらない。部屋に居るだけで20万円ゲットできるってわけ。どう? 悪い話じゃ無いと思うけど?」
乃亜は足元を見て考え込んでいる。こりゃダメかもな……。男はそう思いながら乃亜を見下ろした。
「今すぐ答えなくて良いから。少し考えてみ……」
「やります!」
乃亜は食い気味に言った。その目には決意がみなぎっていた。
「……社長、代わりのバイト見つけました。明日からやれます」
怜司は乃亜を見送った路地裏で、四ツ辻に連絡した。
「そうか。使えそうなのか?」
「見どころはありますね。『目』は良いですよ、俺よりも。ただ、見えるだけなので何かあった時にはどうにもならないですが」
「……ふん。カナリヤぐらいにはなるだろう。何かわかったら松島にでも任せろ」
「へーい」
怜司は電話を切ると、煙草をもう一本ふかした。
「カナリヤ、か。社長も冷てえな」




