第33話
「もしかして……その人が見つかったんですか!?」
乃亜は体を乗り出した。
「いや? 相変わらずわからねえけど」
乃亜は肩の力が抜けるのを感じた。
「まあ本人じゃねーけど、多少は期待できるかもよ? そいつと最後に会ったって言う奴を見つけたんだよ。明日アポイントが取れたから、話を聞いてきてやるよ」
「私も一緒に行きます!」
乃亜は即座に言った。
「来れんのか? お前、学校あんだろ?」
「明日は休みます。また小春達に迷惑かけるかもしれないし、少しでも早く呪いを解く手掛かりが欲しいので」
「そうか。じゃあ、店の場所送っておくから。11時集合な」
通話を切ると、書斎の中は静寂に包まれた。
前の住人の友人か……。正直、その人物に会うことで自分の呪いが解けるとは思えないが、他に手掛かりが無い以上、望みをかけるしかなかった。
スマホには、沙羅からの着信履歴が大量に残っていた。しかし、どうやらもう諦めたらしい。影が見えた程度ならまだ大丈夫だろう。希望的観測だけど……。
他にも大量に届いている広告の通知をスルーすると、小春の犬のアイコンを押した。
通話ボタンを押すとコール音が鳴ったが、小春は出なかった。2度、3度と掛け直しても、現在出られません、というメッセージに拒絶された。
『大丈夫?』とメッセージを送る。しばらく画面を見つめていたが、既読は付かなかった。おそらく、良くない状況になっているに違いない。
0時まで起きていたが、結局既読は付かなかった。
小春のことが気にはなるが、今夜は連絡が付かないだろう。乃亜は、部屋の灯りを常夜灯にするとシュラフに入った。
シュラフは少し黴臭い。ちゃんと洗って無いのかな、と気になりながらも横になった。フローリングの床が固く、決して寝心地がいいとは言えない。なかなか眠れそうにないので、ヘッドホンを付けて音楽を流した。
最初の計画だと今日でバイトが終わって、明日は豪遊する予定だったのに。世の中うまく行かないな。
沙羅は無事だろうか。それに、小春も……。
隣の本棚を見上げると、茶色い染みが付着した本が目に入った。常夜灯で薄暗く照らされた文字を、目を凝らして読む。
完全、自殺マニュアル……?
物騒なタイトルだ。もしかして、前の住人もこの本を読んでいたのだろうか。乃亜は、本が見えないように寝返りをうった。
そう言えば、借りて行った漫画も、汚れていた巻があったな……後で返さなきゃ。何巻だっけ……? 徐々に意識が遠のいていった。
夜中に猛烈な尿意に襲われて目が覚めた。そういえば、今日はマンションに来てから一度もトイレに行っていない。
リビングには、まだあの霊が立っているかもしれないし、通りたく無いんだけど……。
乃亜はシュラフの中で何度も寝返りを打ったが、流石にここで漏らすわけにも行かない。諦めてもぞもぞと這い出すと、トイレに向かった。
リビングには男の霊がいたような気がするが、目を細めて正視せずに急いで通り過ぎた。
用を足して、リビングを通って書斎に戻ろうとすると、ピンポーン! とチャイムが鳴った。
乃亜は心臓が跳ね上がった。トイレに行くのが遅れていたら、間違いなくその場で漏らしていたと思う。
ピンポーン、ピンポーン、と連続で音が鳴る。
当然、出るつもりは無いので、少しずつ後ろに下がって書斎側へ向かっていくと、インターホンの画面が勝手に光った。青白い光がリビングを照らす。
『あーけーて!』
野太い男の声がした。
『あーけーて開けてあーけて、アーケーテ、開けて開けてあーけーてぇ』
ノイズの混じった、気味の悪い声がリビングに響く。怖いのに、声を聞いていると次第に開けたい気持ちになって来る。怜司の言っていた通りだ。ダメダメ、絶対に開けちゃあ……。
ふと、窓際で何かが動いた。リビングにいた男の霊が、頭を抱えている。
そう言えば、こいつもいたっけ。良く見ると、男の霊は震えていた。
『か、帰って……』
か細い声が聞こえた。
どういうこと? こいつは、来訪者の仲間なんじゃないの?
わけがわからないが、男の霊に気が逸れたせいか、玄関を開けたいという気持ちは失せていた。早く逃げよう!
『開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けろおおおお!!』
インターホンの声が大きくなると同時に、部屋の中がカタカタと揺れ始める。
震えている幽霊は口を大きく開けて何か叫んでいた。
地震のように部屋が揺れた。乃亜は、よろめきながらリビングを出て、ドアを閉めた。
『今度は絶対に逃さない』
リビングのドア越しに、声が聞こえた。ドアの覗き窓から中を見ると、男の霊も消えていた。
乃亜はゆっくり呼吸を整えた。来訪者はこの部屋を目指してやってくる。おそらく、それは間違いない。だが、中にいた幽霊は……? 歴代の住人の1人だろうか?
わからない。しかし今は寝るのを優先することにして、書斎に戻った。
常夜灯のオレンジ色の灯りの下、本棚の間を慎重に歩く。本棚の影で真っ黒に見えるシュラフを見つけると、足から一気に潜り込んだ。
途端に違和感を感じた。シュラフが狭い……? いや、下がゴツゴツしていて、とても寝づらい。
さっきの揺れで、本棚から落ちた本がシュラフに入ったのだろうか? 上半身を起こして、床を振り返る。白骨化した、人間の死体が横たわっていた。
「ひっ!」
乃亜が慌てて立ちあがろうとすると、銀歯だらけの口を開け、嗤いながら乃亜の腰に抱きついて来た。
「いやああああ!」
乃亜は腕を振り払って、急いで壁際の灯りを付けると、空のシュラフが床にの上で皺くちゃになっているだけだった。
乃亜は念のため、シュラフを踏ん付けて中に何も入っていないのを確かめた。
……白骨死体はいないが、もう一度ここで眠る気にはなれない。
床で寝るのを諦めると、座りごごちの良さそうな革張りの椅子に思い切り背中をもたせかけ、目をつぶった。




