第25話
「ねぇ、来たかったお店って、ここ?」
大きなアニメショップの前で、ようやく一息ついた。
「……うん。マンガの新刊が出たみたいだからさ。でも、後で買うからやっぱり今は良いや」
「え……? やっぱり、何か変だよ、乃亜」
小春は心配そうに乃亜を見つめる。
「何かあったんじゃないの?」
「……ちょっと、あの店で気分が悪くなっちゃって。『良くない』気配がしたんだ」
「そうだったの? 私はわからないけど。霊感あるって言ってたもんね」
「ごめん、小春に心配かけたく無かったから……」
母が失踪した事だって、小春に言ったら、きっと自分の事のように心を痛めるだろう。バイトだって、絶対に辞めろと言うに違いない。
「しょうがないなあ。じゃあ、良いことがあるように、あそこにお参りして行こう!」
最寄駅の一つ手前で降りて、住宅街を抜けてしばらく歩くと、大きな鳥居が見えて来た。
この辺りでは大きな神社で、今年の正月は小春とこの神社に初詣に来たのを思い出す。参道は木に挟まれ、清浄な空気が漂う。鳥居の奥には箒で掃除をしている巫女が、社殿の方には参拝客が見えた。
「神社でお参りしたら、悪い気も何処かに飛んでっちゃうとよ!」
「ここって、学業成就の神様じゃ無かったっけ?」
「そんなの良いから! お守りを買って行こう!」
小春は砂利を蹴って、鳥居の向こうに走って行った。
「待ってよ!」
乃亜も小春を追いかけた。そして、鳥居に差し掛かった刹那。
パァン、と何かが破裂したような音がして、乃亜は頭の中が真っ白になった。
「……乃亜、乃亜!」
目を開けると、小春の泣きそうな顔が見えた。いつの間にか、乃亜は地面に横たわっていた。
「気がついたの? 良かったー!」
小春は乃亜に覆い被さった。
「え? なに? 何があったの?」
乃亜はゆっくり頭を起こした。参拝客や神主が遠まきに2人を見ている。
「それはこっちのセリフだよ! 振り向いたら乃亜が倒れてるんだから、びっくりしたじゃない」
「あれ? そうだっけ? 小春を追いかけてたら、急に誰かにぶん殴られた様な気するんだけど」
乃亜はぼんやりしたまま立ち上がり、服についた砂を払った。
「大丈夫なの?」
「多分ね……」
落ちた帽子を拾って被り直す。
「帰ろっか? それとも、一応お参りしてく?」
「申し訳ありませんが、本日はお引き取りください」
神主と思われる男が2人の行手を遮った。
「そんな穢れを背負って来ては、神様もお怒りになります。鳥居の先には入れませんぞ」
柔和だが、有無を言わせぬ雰囲気だった。
「え? 私達、穢れてなんて……」
小春の言葉を神主が遮る。
「そちらのお嬢さんは心当たりがあるはず。その穢れ払ってからまたおいでなさい」
神主は乃亜の目をじっと睨んだ。
「……はい、帰ります。どうもすみませんでした」
乃亜はゆっくりと後ろを向くと、神社を後にした。
「待ってよ、乃亜!」
駅への帰り道、公園の木の上に老人の顔をした鳥が木にとまり、乃亜を見るとゲラゲラと笑っていた。いくら何でも、今日は霊が多過ぎる。
「顔色悪いけど、本当に大丈夫? 家まで送ろうか?」
小春は心配そうに乃亜の顔を見つめる。
「大丈夫。ただの貧血だよ」
「そう? でも、残念だったね。せっかく神社まで行ったのに入れないなんて。神主さん、ちょっと意地悪じゃない?」
小春は口を膨らませた。
「あの人は悪くないよ。私のバイト先、最近汚部屋ばかりだったから」
「えー? 穢れってそういう意味なの?」
「広い意味ではそうなんじゃない?」
「そうだ、ちょっと待って……」
小春は、カバンに手を入れてごそごそと探ると、白い小さな袋を取り出した。
「代わりに、これあげる! 今年に買ったやつだから、まだ効果あると思うよ!」
小春の差し出した手には、『交通安全』と書かれたお守りが乗っていた。
「これ、効果あるのかな……。『厄除け』とかの方がいいと思うんだけど」
「いいから、持ってて!」
乃亜の手に強引に握らせた。
「わかった。ありがと」
小春の気持ちはありがたいが、効果は期待できそうもない。一応、ズボンのポケットにしまいこむ。その時、小春の膝頭が目に入った。
「小春、膝から血が出てるよ」
「え? さっき乃亜が倒れて助けようとした時に、落ちてた小石で擦りむいたのかも……。気にしないで、家に帰ったら絆創膏でも貼っておくから」
「私のせいなら、なおさら気になるって。そうだ、ちょっと待ってて」
乃亜は駅前の公衆トイレの水道で、ハンカチを濡らして小春の膝を拭った。
「ちょっとしみる……」
「しばらくこのハンカチで押さえてなよ」
「あ……このクマ、懐かしいなー。小さい頃大好きだったよ」
ハンカチがあのマンションから拝借したものだと思い出したが、一枚ぐらい良いだろう。
「ありがとう。後で洗って返すね」
「うん。急がなくていいよ」
夕焼け空の下、自宅にたどり着いた。気分転換にはなったものの、とても疲れた。
「ただいま」
暗いリビングに行くと、寝室から沙羅が顔を出した。
「お姉ちゃん、お腹すいた」
「まずはおかえり、でしょ?」
「おかえり。で、今日のご飯はなに?」
「しょうがないな……。弁当買って来たから、一緒に食べよ。好きな方選んでいいよ、唐揚げか生姜焼きね」
「えー、また太りそうなのばっかじゃん。私、たまにはピザとか食べたい」
小春はテーブルの上の弁当を見比べながら不満を言う。
「ピザだって太るよ。それに沙羅、太ってないんだから良いじゃん」
「太らないように気をつけてるんだよ。しょうがない、生姜焼きでいいや」
不満そうな顔で席に着く。
「ま、ケーキも買って来てあげたから」
「ケーキ!? やったー!」
「私はさっき小春と食べて来たからさ」
「え、ずるくない? お姉ちゃん、コンビニのよりもっと高いやつ食べて来たんでしょ?」
「ずるくない。文句言うぐらいなら一緒にくれば良かったのに。小春も、沙羅のこと心配してたよ?」
「小春ちゃんかあ……しばらく会ってないな」
「また3人で遊びに行こうよ。バイト代が出たら、私が奢ったげるからさ」
「えー……考えとく」
沙羅は黙って弁当を食べ始めた。乃亜は気づかれないように溜め息をつく。沙羅を外に連れ出すのはまだ難しいようだ。




