第24話
スマホが振動し、メッセージの着信を知らせる。
『14時に、池袋に集合!』
そういえば、今日は小春と約束していたっけ。足の傷が気にならないわけではないが、ここにいるよりは数千倍マシだ。
気を取り直して身支度を整え、マンションを出た。
日曜日の池袋駅はひどく混雑していた。池袋を選んだのは、乃亜と小春の家から近いのと、何より土地勘があるからだ。周りの人間に気後れする事も無い。
池袋駅の定番の待ち合わせスポットで小春を探すが、見当たらない。壁際でスマホを見ると、少し遅れるとのメッセージが入っていた。
仕方ないな、と思いながらスマホで動画を見ていると、近くに誰かが立った。自分と同じように待ち合わせをしている人だろう、とスマホを見ていたが、視線を感じる。
もしかして知り合いか? 黒いキャップの下から横目で覗き見ると、男がこちらを見ていた。
若者らしい、南国の植物をあしらった夏物のシャツを来ている。ただし、その顔はミイラ化していて、土気色の顔の両目は空洞になっていた。
うわー、こんなに人がたくさんいるのに、何で近くに来るかな。
乃亜はキャップを深くかぶり直すと、動画に集中して気付かないフリをする事にした。
だが、ふと正面の壁の近くを見ると、痩せたワンピースの女が目に入った。いや、いくら何でも細すぎる。足なんて、ほとんど骨だし。
……ん? 本当に骨じゃね? 視線を上げると、骸骨がこちらを見ていた。
急いで下を向く。2人の霊の視線の圧が強く、動画に集中出来ない。小春に早く来い、と念じていると前方から「お待たせー!」と言う声が聞こえた。
声のした方を見ると、天井から逆さになった女の首がぶら下がっていた。左右の目の焦点があっていない。誰彼構わず、通行人に「お待たせー!」と声をかける。
前から歩いてきた小学生ぐらいの女の子が、悲鳴をあげて逃げて行った。おそらく『見える』子なのだろう。
今日はやたら多いな、と思いながらヘッドフォンを取り出した。もうこの程度じゃ驚いてられないんだよ、と誰に言うでも無く呟いた。
ヘッドフォンを耳に当てようとしたところで、突然手を掴まれた。驚いて顔を上げると、いつの間に来たのか、小春が立っていた。
「お待たせ!」
天井からぶら下がった女とハモって小春の声が聞こえて、乃亜は苦笑した。
「何か、軍人みたいだね、その格好」
小春は笑いながら言った。
「どう言う事よ? 良いじゃん、楽なんだから」
乃亜は、黒いTシャツとデニムに、黒いキャップを被っていた。一方、小春は白いフリルのついたブラウスにミニ丈のスカートで、女の子らしい格好だ。
「乃亜らしくていいと思うけど。そうだ、電車の中で面白い動画見つけたんだけど」
「……ちょっと、そんな動画はこんな公衆の面前じゃ恥ずかしいよ!」
乃亜は小春の手を引いて出口へ向かった。
「え? エッチな動画じゃ無いってば!」
小春のすぐ後ろにミイラ男が立ち、うらめしそうに覗きこんでいた。
駅の地下のショッピングパークからデパートを覗いて、サンシャインシティの方まで小春の好きそうな服や小物を見て回った。
小春とは時々一緒に出かけているが、高校に入ってからほとんど機会が無く、久しぶりにゆっくり過ごせた気がする。
「あー、疲れた!」
サンシャイン通りから少し離れたカフェで座ると、小春はテーブルに倒れ込んだ。
「そりゃ、あれだけはしゃいで見て回ったらね」
乃亜は帽子を取って顔をあおいだ。
「杏奈も来れば良かったのに」
「杏奈も誘ったんだけど、まだ体調が良くないんだって。ちょっと心配だよね」
小春は細長いメニューを開いた。
「ねえ、ケーキ食べようよ。ここ、シフォンケーキが美味しいんだって」
「へぇー」
小春は生キャラメルのシフォンケーキを、乃亜は苺のパンケーキを頼んだ。
「シフォンケーキがお勧めって言ったのに……」
二枚重ねのパンケーキを豪快に口に運ぶ乃亜に、小春は頬を膨らませた。
「ごめん、昼ごはんあんまり食べてなくてさ。お腹空いちゃったんだよね。小春のも一口ちょーだい!」
「ちょっと、取りすぎだって!」
「あ、これもおいしい! さすが小春は外さないね! 無難・オブ・無難って感じ」
「意味わかんないし、全然嬉しく無いんだけど……」
小春は乃亜の苺を素早く奪って食べた。
「あ、それ最後に取っておこうと思ったのに!」
「お返しだよ」
小春はゆっくり紅茶を口に運んだ。
「でも、良かった。最近の乃亜、元気無さそうだったから」
「そうかな?」
そう言いながらも、小春の気遣いが嬉しかった。
「絶対そうだよ! 顔色も良くないし」
「あまり食欲無かったんだよね。夏バテかな?」
腹をさすりながら言う。
「少し物足りないから、もう一個頼もうかな」
「えっ! よく入るねー。でも、普段の乃亜ならそのぐらい珍しくもないか」
確かに、平素と比べるとマンションにいた時は食欲が無い。よし、今のバイトが終わったら焼肉屋で気絶するまで食べよう。
「バイト代も入るからね」
乃亜はバイト代を想像してニヤニヤした。
「そういえば、何のバイトだっけ?」
「え? 確か言ったよね……? 掃除のバイトだけど」
「本当に? 危ない仕事じゃないの?」
小春は乃亜の目をじっと見つめた。
「本当だよ。ちょっと体力いるけどさ……」
乃亜は誤魔化すようにアイスコーヒーを音を立てて啜った。
「じゃあさ、今度私も紹介してよ! お店の接客は自信ないから、私もそういう仕事の方が向いてると思う。乃亜と一緒なら安心だし」
「駄目駄目、絶対やめなよ!」
乃亜は思わず立ち上がって言った。
「えっ……何で?」
小春は驚いた顔で見上げている。
「えーと……詳しく言ってなかったけど、体力いるしさ、汚部屋みたいなとこばかりだから、臭いキツイし、後ゴキブリも出るよ」
「そ、そうなの? それはちょっときついかなぁ」
小春は眉根を寄せた。実際はゴキブリよりヤバいものが出ているが。
「そうそう、やめといた方が良いって! 私も二度とやりたくないぐらいだし。あ、すいませーん、注文お願いします!」
乃亜は、小春の斜め後ろに立っていた人影に声を掛けた。しかし、返事がない。今度はもう少し大きな声を掛けようとして、思いとどまった。
スキンヘッドの男が立っていた。しかし、よく見ると頭が白骨化しており、骨に皮だけが貼り付けたような状態である。目も唇も無いので、表情はわからない。脇には、干からびた猫の死骸を抱えていた。
「どうしたの? 誰もいないけど?」
小春は不思議そうに振り返る。
スキンヘッドの男は、腕に抱えた猫の口を、両手で上下に開いた。口の中から、吐瀉物と共にボトボトと蛆虫がこぼれ落ち、テーブルの上で跳ねた。
「で、出よう!」
乃亜は小春の手を引っ張った。
「えっ!? 急にどうしたの?」
「行きたい所思い出したんだ、付き合って!」
「ちょっと待ってよ!」
乃亜は振り返らずにレジに向かった。




