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09気迫一閃(きはく いっせん)

 霧湯きりゆの村を目指し、俺たちは再び深い森へと入った。

 ウッドレーンから一日と少し――そんな距離だ。


 先頭を歩くアヤメが、ふと足を止めた。


「……獣道、ですね」


 地面にしゃがみ込み、草の倒れ方や土の形を確かめている。

 本当にこの娘はレンジャー向きだ。

 同時に、胸の奥に微かな不安がよみがえる。


(またイノシシ、だったりしないよな……)


 嫌な予感が、ほんの一瞬頭をよぎった、その刹那――


 ――ビリッ。


 皮膚が逆立つような殺気が、森の奥から吹きつけてきた。


「来る……!」


 藪を割って現れたのは、またしても丸太のような胴体をした大イノシシ。

 どうしてこんなに遭遇するんだ。

 このままでは“イノシシスレイヤー”なんて二つ名をつけられかねない。


 まあ、

 この前みたいに三人でかかれば安全に倒せる

 ――そう思って剣を構えかけた、

 その時。


「アレクス様」


 背後から静かだが、芯の通った声がした。


「今回は……私ひとりで戦わせていただけないでしょうか」


「なに?」


「前回の戦いで、狩りの流れは完全に理解したつもりです。

 この腕、試してみとうございます」


 いったい何を言い出すんだ。

 バンジから預かった大切な娘だ。そんな危険なこと、させるわけにはいかない。

 そう(たしな)めるつもりで振り返った瞬間、

 俺は思わず息を呑んだ。

 

 ――覇気。

 

 アヤメの全身から溢れている。

 これは……

 まるで、歴戦の戦士のようだ。


 オルフィナも気圧されたように固唾をのんでいる。


「……わかった。やってみろ」

 自分でも驚くほど自然に、その言葉が口をついていた。


「ただし、危なくなったらすぐ加勢する。いいな」


「はい。」


 おれとオルフィナは左右の茂みに身を潜め、いつでも援護できる態勢をとる。



 アヤメは太い木を背に、真正面から大イノシシを見据えた。


 イノシシは、何かを感じ取ったのか、一瞬だけ動きを止める。


 アヤメは地面の小石を拾い、くるりと指で回してから、軽く投げた。


 ――カンッ。


 澄んだ音とともに石がイノシシの鼻面を撃ち抜く。

 

 怒り狂ったイノシシが、土砂を巻き上げながら突進してくる。

 風圧がアヤメの髪を後ろへ払った。


「――っ!」


 アヤメは直前で地面に身を投げ、横へ転がり抜けた。

 突進の轟音とともに、イノシシは背後の巨木へ激突。

 木がミシミシと軋み、振動が地面を伝って俺の足裏まで響く。


 イノシシが方向転換しようともがく――

 その“溜め”こそが最大の隙。

 

 アヤメは転がりながら弓を引き絞った。

 動作に一分の無駄もない。


 反転が終わった瞬間、弓弦が鳴る。

 放たれた矢は、地面から跳ね上がるように鋭く走り――


 ドスッ。


 心臓を正確に射抜いた。


 巨体が揺れ、土を巻き上げて倒れ伏す。


 即死だった。


「……ふぅ」


 アヤメは弓を下ろし、こちらへ笑顔を向けた。


「やりました、アレクス様!」


 いつもの素朴な表情に戻っている。


「すごい!すごいぞ、アヤメ!」

 茂みからオルフィナが飛び出し、そのまま勢いよく抱きついた。


「ああ……大したものだ」

 胸の底から漏れた言葉は、それだけだった。

 あんな動き――教科書のどこにも載っていない。


 アヤメは少し照れたように微笑み、深く頭を下げた。

「ありがとうございます、アレクス様」


 アヤメはすぐに屈み込み、手際よく血抜きを始める。


 その背中を眺めながら、オルフィナがぽつりと言った。


「なあ……さっきのアヤメの気迫……」


「ああ」


 俺はゆっくりうなずいた。


「アヤメは……本物かもしれない」



 その後の作業は驚くほどスムーズだった。

 アヤメは血抜きを終え、手を洗いながら言った。


「おそらく、このあたりの大イノシシは繁殖期なのだと思います。

 遭遇率が上がるのも自然なことです」


「なるほどな。……でも、にしたって遭遇しすぎじゃないか?」


 俺がため息交じりに言うと、アヤメはくすっと笑った。


「アレクス様が“呼んでいる”のかもしれませんね」


「呼んでない! 本当に呼んでないからな!?」


 オルフィナが肩を揺らして笑った。


「しかし、お前……少し前まで震えていたとは思えんな」


「はい。アレクス様と、オルフィナ様のおかげです。

 お二人が見てくださっていると思うと、力が湧いてきました」


 照れもなく、真っ直ぐに言うものだから、

 俺もオルフィナも返事に困った。


 ……なんだか、妙に胸が暖かい。


「よし。イノシシを運んで、先へ進むぞ」


「はい!」


 アヤメとオルフィナが軽やかに歩き出す。

 その後ろで――


 巨大な大イノシシを、ずるずると引きずる俺。


(……このパーティ、なんか元気出てきたな)


 そんなことを思いながら、俺は静かに歩き出した。

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