08余韻騒然(よいんそうぜん)
こうして、アヤメをめぐる戦いは、俺の勝利で幕を閉じた。
「花嫁は、戦士アレクスのものとなったぞ!」
「結婚式はいつだ?」
「いやぁ、あの試合、思ったより地味だったな」
「そうだそうだ。
もっとこう……剣と魔法が激突して、ドーン!ってのを想像してたのに……」
「なんか、すごい一瞬で終わったよな」
皆、好き勝手に言いたい放題だ。
(まあ……奇策、というか……奇襲だったからな。
俺は勝つだけで精一杯だった。誰にも言えないけど)
街中を満たしていた“結婚式”だの“花嫁争奪戦”だのという噂は、
むしろ昨日より大きくなっていた。
(……もう、森に帰りたい)
夜。
俺たちはギルド食堂の片隅で、ささやかな戦勝祝いをしていた。
「アレクス様。本日の試合を拝見し、
慢心と油断が如何に危ういものか、深く心に刻みました。
貴重なお手本をお示しいただき、誠にありがとうございます」
アヤメはまたしても壮大な勘違いをしていた。
「う、うん。そうだな……」
煮え切らない返事をすると、
隣でオルフィナが、
なにか言いたげな顔をしながらも黙ってジョッキを飲み干す。
「いかにも……!
私は、たしかに慢心と油断がございました。よい教訓になりました。
しかし、アレクス殿――
あなたは以前より、一枚も二枚も上手になっておられる。本日は、私の完敗です」
……なぜか、すぐ隣の席でジルドたちも飲んでいる。
「しかし、アヤメ殿」
ジルドはワインを掲げ、アヤメを正面から見つめた。
「私は、まだ、あなたをあきらめたわけではありませんよ?」
「……っ」
アヤメはさっとオルフィナの背中に隠れる。
「往生際が悪いぞ、ジルド」
隣でバルナがジロリとにらむ。
「そうよ。アヤメちゃん、いやなら“嫌”って、はっきり言ったほうがいいよ?」
スズナはやさしく微笑みながら言う。
その雰囲気に、アヤメはびくりと震え、
昨日の勇ましさはどこへ行ったのか、小さく小さく縮こまった。
「ジルド様。昨日は……とんだご無礼を……」
うつむきながら、蚊の鳴くような声で謝る。
◇
しかし、当初の目的――エリオットの探索については、
現時点で成果は上がっていない。
試合の熱気とは裏腹に、ギルドでの新たな情報は得られなかった。
「明日、もう一度、聞き込みをしてみて……
それでもだめなら、次の場所へ向かうとしようか」
そう言うと、ジルドが手を挙げた。
「エリオット殿をお探しなのですな。
よろしい、私も明日、お手伝いいたしましょう」
アヤメに良いところを見せたいのがありありと伝わるが、
それでもジルドは基本的に親切で義理堅い。
協力してくれると言うなら、それに越したことはない。
「ちなみに、次の探索候補というのは、どちらになりますか?」
アヤメが尋ねる。
「この街から少し行った先に、霧湯の村があるそうだ。
次の探索地はそこになるだろう。
……温泉もあるらしい。疲れを取るには悪くない」
「温泉!」
オルフィナとアヤメが同時に食いついた。
その瞬間、スズナの顔がぱっと輝く。
「あそこの温泉、とても良いわよ。
美肌効果もすごいし、お肌つるつるになるわよ」
「ほう」
オルフィナが目を輝かせる。
「まあ……歳を取ると、肌艶ってのが気になってくるんだ」
「オルフィナ様は、まだ十分にお若いと思いますが……」とアヤメ。
「いいなあ。また今度、私たちも連れてってよ、ジルド」
バルナが肘でジルドをつつく。
女子たちは、温泉と美容の話で完全に盛り上がっていた。
(……おいおい、目的はあくまでエリオットの探索だからな?
温泉旅行じゃないぞ?)
そう思うが、
まあ……あの二人が楽しそうなら、それでいいか、
と思ってしまう自分がいた。
◇
翌日――
ジルドたちの協力を得て、俺たちはもう一度エリオットの捜索に当たった。
街中を聞き込み、宿や露店、冒険者のたまり場まで訪ね歩いたが――
結局、手掛かりは何ひとつ見つからなかった。
そしてさらに翌朝。
俺たちは、この街での探索をいったん諦め、
次の目的地――温泉と、そしてエリオットの痕跡があるかもしれない
霧湯の村へと旅立った。
背後では、朝の街がいつもの喧騒を取り戻していく。
(さて……次こそ、何か掴めるといいんだが)
そんな期待と不安を胸に抱えながら、俺たちは再び森へと入って行った。




