最終章3 名は響けど、姿は遠く
俺たちは、ついに貿易都市〈アルバトロッサ〉へと到着した。
アルバトロッサ――
西方でもっとも国際色豊かで、冒険者・商人・魔術師が渦巻く大都市。
高い城壁に囲まれ、巨大な城門をくぐった瞬間、
まるで潮のように人と音と匂いが押し寄せてくる。
露店の呼び声、馬車の車輪、異国語の喧騒、多種多様な魔道具の光。
大陸都市〈グラン=メナス〉に匹敵する規模でありながら、
その雰囲気はまるで別世界のようだった。
俺たちは、巨大な建物と人の波に圧倒され、
思わずキョロキョロと周囲を見回してしまう。
まずはギルドへ向かうことにした。
ギルドもまた巨大で、外観も内装も洗練されている。
どこか〈グラン=メナス〉の冒険者ギルドを思い出させる構造だ。
受付カウンターへ進み、俺たちは探し人の名を告げた。
「レンジャーのリオ。
それから、聖騎士フィーナ、聖女リアナ、大魔導士ヴァレンティナを探している」
受付嬢は少し目を瞬かせたあと、意外な言葉を返してきた。
「……レンジャーのリオ様?
その三名の方を従えておられるのは、おそらく――大賢者リオ様のことでしょう」
「大賢者……? レンジャーでも、従者でもなく?」
俺たちは思わず顔を見合わせた。
これまでの街では、リオは彼女たちの陰にひっそりと隠れるようにしていた。
名前すら知られていないことも珍しくなかった。
それがここに来て――
突如、リオの名が前面に出てきた。
しかも、“大賢者”などという、とんでもない称号つきで。
「詳しい話をお聞きしたいのだが」
「承知いたしました。しばらくお待ちください」
受付嬢が奥へ下がるとほどなくして、
案内役を名乗る男が姿を現した。
名は、ドラゴ。
俺たちは彼に案内され、ギルドの応接室へと通された。
椅子に腰を下ろすと、ドラゴは丁寧に頭を下げ、語り始めた。
「大賢者リオ様について、お知りになりたいとのことですね。
そうですね……
リオ様がこのギルドに登録されたのは、もう一年近く前になります」
俺たちは思わず息を呑む。
「リオ様のパーティは、困難なクエストを次々とこなされ、
その名は瞬く間に街中へ広まりました。
やがて王族、有力貴族、軍にも噂が届き――
国家レベルの依頼が舞い込むようになりましてな」
ドラゴは感慨深げに続ける。
「それらの依頼も、次々と、鮮やかに成功へ導かれました。
美貌の三名の女傑を従え、中心に立つリオ様は、
いつしか“大賢者リオ”と呼ばれるようになったのです」
言葉が頭に入ってこないほど衝撃だった。
「今では、この街の西の丘にある古城を買い取り、そこで暮らされております。
リオ様へのクエスト依頼は殺到しておりますが……
よほどの案件でなければ、最近はお受けになりません」
「城を訪れる者も多いものの、
余程の地位ある御仁でも、容易には会えぬとか」
そこまで聞き、俺は椅子に沈み込んだ。
(……あのリオが?)
俺の知るリオは、控えめで、飄々(ひょうひょう)としていて、
とても英雄然とした人物ではなかった。
「それは……本当に、あのリオなのだろうか。
あいつ、そんな派手に振る舞うやつじゃなかったはずだが」
オルフィナも困惑を隠せない。
「人が変わった、って感じだね……」
エリオットが小声でつぶやく。
不安を察したのか、アヤメは黙ったまま、
ぎゅっと手を握りしめていた。
俺は、胸の奥にわだかまる疑問を抑えきれず、口を開いた。
「リオに会うことは……そんなに難しいのか?」
ドラゴは、気まずそうに眉を下げ、静かに答えた。
「そうですね。
大賢者リオ様にお会いするのは、なかなか……困難かと」
「なぜだ?」
俺は身を乗り出した。
「なぜ、そんなにも会おうとしない?」
ドラゴは、言葉を選ぶように一度息を整え、それから続けた。
「……あくまで噂話の域を出ませんが。
国家級の依頼も含め、かなりの数のクエストを受けておられたようでして」
彼は曖昧に肩をすくめる。
「その中には、報酬や名目ばかりが先に立つ依頼も多かった、と耳にします。
詳しい事情までは、我々にも分かりませんが……
最近は、あまり人と会おうとされない、という話は聞いております」
静かな部屋に、その言葉だけが重く落ちた。
そんなリオは俺の知るリオではなかった。
けれど、あいつの性格を知っているからこそ――
妙に納得もできてしまう。
すると、隣でエリオットがぽつりと言った。
「まあ……有名人ならではの悩み、ってやつかもね。
ぼくたちみたいな一般人とは、背負ってるものが違いすぎるよ」
軽く言ったつもりなのだろうが、
その声音には、どこかしらの寂しさが滲んでいた。
(リオ……本当に、どうしてしまったんだ)
胸の奥に、不安とも焦燥ともつかないざわめきが生まれた。
俺はドラゴに向き直り、静かに頼んだ。
「だめもとでいい。
リオに面会の依頼を出してもらうことはできるだろうか?」
ドラゴは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに真面目な表情で頷いた。
「……わかりました。試してみましょう。
また、明日にでもお越しください。返事が来ているやもしれません」
丁寧に礼を告げ、俺たちはギルドを後にした。
まずは宿へと向かうことにする。
◇
夕食の席。
香草の蒸し肉が湯気を立てる中、俺たちは自然と話し合いを始めていた。
「ようやくリオにたどり着いた。
……が、もっと気楽に顔を見られると思っていたのだが、だいぶ想像と違ったな」
思わず弱音が漏れる。
異国の大都市に来たせいだけではない。
胸の奥にざらつく不安が広がっていた。
「会うのにも一苦労とはな」
オルフィナが腕を組んで唸る。
「それでも……昔の仲間であるアレクス様たちには、お会いになるのでは?」
アヤメが、小さな声で、けれど明るい希望を込めて言った。
その期待に応えたいのに――
なぜか俺の心は重く沈んでいた。
「……いや。あいつは、俺たちに恨みもあるだろう。
余計に会いたくないと考える可能性のほうが高い気がする」
口にした瞬間、自分でも驚くほど弱気な声だった。
仲間なのに。
もう一度会いたいと思っているのに。
それでも、不安が拭えなかった。




