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荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。  作者: しばたろう


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40春野旅情(しゅんやりょじょう)

 うららかな春の日差しの中、俺たちは隠れ里〈セフィラ〉を目指し、

 草原を進んでいた。


 前回、港町オルビアへ向かった冬の旅路と比べれば、状況は断然よい。

 装備も道具も軽く、足元も乾いて歩きやすい。

 何より――歩いていて気分が良い。

 緑の木々、心地よい風、鳥のさえずり、そして川のせせらぎ。


 〈セフィラ〉までの道中は、どうやら自然の表情が豊かなようだ。

 草原、高原、森林、街道、そして海沿い――

 さまざまな絶景を見せてくれることだろう。


 気分が高揚する。


 ……本来なら。


 しかし、今朝から少し頭が痛く、その高揚感がいくぶん削がれているのが、

 なんとも残念だった。


 昨晩は、ギルドの食堂で、

 アヤメの誕生日会と成人祝い、そして正規冒険者登録の祝賀を兼ねた宴を

 開いたのだが――


 ささやかに済ませるつもりが、蓋を開ければ大盛り上がり。

 ギルドの面々も次々混ざり込み、深夜まで大騒ぎとなった。


 その結果が、これだ。

 おかげで、見事な二日酔いである。


 しかし――

 二日酔いにもかかわらず、胸の奥では確かな期待が高まっている。


 隠れ里〈セフィラ〉。

 リオの手がかり。

 そして、待ち受けるであろう未知の景色。

 痛む頭を押さえつつ、俺は深呼吸した。

 

 

 夕方、草原の真ん中で、レグナスに稽古をつけてもらった。


 基本的な動作から応用技術、

 さらには聖堂騎士団独自の訓練法まで教えてくれ、

 どれも大変ためになる内容だった。


 手合わせもしたのだが――

 やはり、まったく相手にならない。


 全力で踏み込み、斬り込む。

 しかし、レグナスはそれを当然のように受け止め、

 わずかに身をひねるだけで俺の攻撃を流してしまう。

 逆に、軽く見える一撃が、

 まるで大木に叩きつけられたかのような重さで返ってくる。


(……これが、騎士団長の力量か)


 地力の差を、嫌というほど思い知らされた。


 離れた場所で見ていたアヤメが、ぱあっと目を輝かせながら駆け寄ってくる。


「互角の勝負に見えました!

 流石、Sランクの戦士と騎士団長の手合わせですね!」


 その言葉に、俺は苦笑するしかなかった。


(互角? とんでもない……)


 実際には、

 レグナスが手を抜き、力を抑え、軌道すら調整してくれていたおかげで、

 ようやく「戦っている形」にしてもらっていたに過ぎない。


 レグナスは穏やかに微笑んだ。


「アレクスは、素直で良い動きをしている。

 伸びしろは大きい。あとは経験と練度だ」


 その一言が、悔しさよりも嬉しさを与えてくれるあたり、

 やはりこの男は、団長として人を導く力に長けているのだろう。

 

 

 夜。

 俺たちは草原の一角に野営地を整え、焚き火を囲んでいた。


 春とはいえ、夜気は思った以上に冷たく、

 焚き火の赤い炎がぱちぱちと弾けるたび、ほのかな暖かさが全身に広がる。


 アヤメが手際よく鍋をかき回し、香草の良い香りが漂っている。

「はい、できました……草原風ポトフです。あたたまりますよ」

 

 俺は、木の椀を受け取り、ふうふうと息を吹きかけてから口に運ぶ。


「っんま。」


 頬がほわっと緩む。

 

 オルフィナは、ポトフを味わいながら夜空を見上げていた。


「星が綺麗だな。この旅は、以前よりずっと穏やかで良い」

 

 レグナスもゆっくりと頷き、湯気立つ椀を両手で包む。


「うむ。こうして静かな夜を過ごすのも、悪くない」


 エリオットも隣で頷きながら、スプーンをくるりと回した。


「ね。たまには、戦いじゃなくて、こういう夜のほうが体に優しいよ」


 焚き火の火の粉が夜風に乗って舞い上がり、空へと溶けていく。

 少し離れた場所では、虫の声が微かに響く。

 それが逆に、この静寂を際立たせていた。


 アヤメが、おいしそうにポトフをほふほふと頬張っている。

 湯気の向こうで、嬉しそうに笑うその表情を、俺はぼんやりと眺めていた。


 ――冒険者になって、やりたかったこと。


 リオがそばにいてくれた頃の俺は、

 ただ強くなりたい、上に登りたい、名を上げたい――

 そんな“成り上がり”の願望ばかりが先に立っていた。


 だが、いまは違う。


 目の前の仲間たちと、こうして焚き火を囲み、

 見た景色、知ったこと、感じたことを分かち合う。

 それがどれほど尊い時間か、ようやく理解できるようになった。


 気の合う仲間たちと、心躍る冒険がしたい。

 

 古代の遺跡、知らない街、手つかずの森、伝承の峠。

 

 いろんな場所へ行き、いろんなものを見て、

 その驚きや楽しさを同じ火の周りで語り合う。

 

 ただ、それだけのこと――

 だが、その“ただそれだけ”が、とても大事な理由なのだと。


 レグナスが静かにスープを飲み、

 オルフィナが星空を見上げ、

 エリオットが鍋の火加減を気にしながら鼻歌を歌う。


 その何気ない風景が、胸の奥をじんわりと温めた。


(……ああ。こういう冒険が、したかったんだ)


 俺は焚き火の炎を見つめながら、

 自分でも驚くほど素直に、そう思った。

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