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04破鏡再照(はきょうさいしょう)

 翌日の昼過ぎ、俺たちはウッドレーン村に到着した。


 大イノシシを売った後、さっそく村人に最近の来訪者について尋ねて回る。

 すると、一人の老人が言った。


「女の魔法使いが村の入り口で倒れておってな。

 今は診療所で看病を受けとるよ」


 女の魔法使い――その言葉を聞いた瞬間、胸が跳ねた。


(まさか……オルフェナか?)


 診療所へ駆け込むと、薬草の匂いが鼻をつく。

 奥の部屋のベッドに横たわっていたのは、やはり――オルフェナだった。


「オルフェナ!」


 駆け寄る俺を見て、彼女はかすかに目を開き、微笑んだ。


「アレクス……生きていたのか……」


 その瞳が潤み、胸が締めつけられた。


 オルフェナは敗走の最中、他の仲間とはぐれ、ひとりで森を彷徨ったという。

 食料も尽き、体力も底をつき、最後はこのウッドレーン村の手前で力尽きた

 ――そう語った。


「ほかのメンバーの安否は、わからないんだ……」


 その美しい横顔が、静かに曇る。


 オルフェナは、

 俺たちと同じ〈アレクス勇技総合大学・魔法使い科〉の出身だ。

 統合実践(インテグレーション)で俺とリオとともにパーティを組み、

 一気に才能を開花させた。


 彼女の放つ魔法は、大胆で、可憐で、研ぎ澄まされていて

 ――本当に、美しかった。


 ……そう。告白しよう。

 俺は、そんな華やかな彼女に、いつの間にか恋をしていた。


 だが、

 パーティを組み、共に行動するようになってしばらくして、気づいてしまった。


 ――オルフェナは、リオのことが好きなんだ。


 そして。


 俺がリオを追放した理由。

 その根本には、そのことへの“嫉妬”があった。


(なんて、小さな男なんだろう)


 リオを追放した瞬間にも、胸の奥でうっすら感じていた“自分への失望”。

 その感情は、俺の実力のメッキが剥がれていくほどに大きくなっていった。



 オルフェナもまた、気づいてしまったのだ。

 自分が輝けていたのは、リオの支えあってこそだった――と。


 叩きのめされたような表情。

 以前のあの自信に満ちた瞳は、もうどこにもなかった。


(オルフェナは……支柱を失ったんだな)


 アヤメには席を外してもらい、俺はオルフェナと向き合った。


 しばらくの沈黙のあと、彼女はぽつりと言った。


「……わたしは、冒険者を辞めようと思っているんだ。

 故郷に帰って、静かに暮らすつもりだ」


 その声は落ち着いていた。

 けれど、あまりに深い影が落ちていた。


「アレクス、お前も気づいているのだろう?

 私たちは……せいぜい、CかDランク程度の実力しかない」


 真っ直ぐに見つめられ、言葉を失う。


「自分の“壁”が見えることの恐怖を知るには、遅すぎたと思う」


 それは、静かで、残酷な諦めの言葉だった。


 オルフェナの言葉を聞きながら、俺はしばらく黙っていた。

 彼女の諦めは、ただの弱さではない。

 限界を知ってしまった者だけが抱く、深い痛みだ。


 それでも――


「オルフェナ。俺がお前を故郷に送ろう。

 だから、せめて……あと一人。

 俺たちの仲間、エリオットを探すのを手伝ってくれないか?」


 気づけば、その言葉が口からこぼれていた。


 オルフェナは目を伏せ、弱く首を振る。


「……もう、戦える自信がないんだ。

 誰かの役に立てるとも思えない」


「役に立つかどうかじゃない。

 俺は、お前に来てほしいんだ」


 オルフェナの肩がわずかに揺れた。


 迷い、苦しみ――

 それでも、彼女の瞳には微かな光が戻りつつあった。


 オルフェナは唇をかすかに噛み、しばらく目を閉じ、

 そしてゆっくりと頷いた。

 

「……わかった。行こう」


 その一言に、胸の奥がじんわりと熱くなる。



 診療所を出ると、外は薄い夕暮れに染まっていた。

 アヤメが待ち構えるように立っており、

 俺たちを見るとほっとしたように微笑む。


「アヤメ。……オルフェナも一緒に行くことになった」


「はい。よろしくお願いします、オルフェナ様」


 オルフェナはまだ疲れた顔をしていたが、

 さっきより少しだけ背筋が伸びていた。


 残る仲間は、エリオット――俺たちの僧侶。


 ――こうして俺たちは、再び三人で歩き始めた。

 散り散りになった仲間を探すために。

 そして、自分たちの失った“支え”を取り戻すために。

読んで頂きありがとうございます。

新たな仲間オルフィナが加わり、次回から、物語は加速していきます。

毎日19時更新します。

ぜひ、次回作も読んでみてください。_(._.)_

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