38導かれる者、探す者
ギルドを出た俺たちは、
そのまま〈グラン=メナス〉の街を見物することにした。
大通りには大小さまざまな店が立ち並び、
行き交う人々の服装も、話し言葉も多種多様だ。
港町オルビアとはまた違う、洗練された都会の空気が漂っている。
そんな中、オルフィナとアヤメは顔を見合わせ、
「ちょっと、あそこ見てくる。」
そう言い残し、洒落た洋服店へと吸い込まれていった。
……これは、しばらく出てこないな。
俺とエリオット、レグナスは、
向かいにあるカフェのテラス席に腰を下ろし、
女性陣の帰りを待つことにした。
温かい飲み物が運ばれてきたところで、
俺は、〈蒼鯨の翼〉号での一件以来、
胸の内に引っかかっていた思いを、レグナスに向けて言葉にした。
「船で賊と相対したとき、強く感じたんだが……レグナス。
あなたの聖騎士としての判断力と、剣の冴えは見事だった。
俺には、とても真似できないと思った。感服した。」
「アレクス。
君も、なかなかの腕だったぞ?」
「ありがとう。
だが……もう気づかれているとは思うが、
今の俺は、Sランクを名乗れるほどの実力ではない。」
レグナスは、静かに頷いた。
「ああ。
なにか事情があるのだろうとは、思っていた」
「スランプなんだ。ぼくたち」
ぽつりと、エリオットがそう口にする。
「だが、精進は続けるつもりだ。
いつか、Sランクの名に恥じない戦士に戻れるように。
……そこでだが」
俺は一度、息を整えた。
「俺に、稽古をつけてほしい」
「稽古!?」
エリオットが、思わず肩をすくめ、ぶるっと身震いする。
レグナスは「ほう」と短く声を漏らし、
どこか楽しそうに表情を緩めた。
「いいだろう。
ここまで連れてきてもらった恩もある。
それに君は、少々自己流なところがあるようだ」
そして、こちらを真っ直ぐ見据える。
「私でよければ、手を貸そう。
……君は、筋がよさそうだ」
「ありがとう。恩に着る」
こうして俺は、
聖堂騎士団の団長直々に稽古をつけてもらえることになった。
厚かましいお願いだという自覚はある。
だが、機会は逃してはいけない。
頼れるものには、素直に頼る――それも、生き残るための技術だ。
「アレクスは、ほんと頑張るな」
エリオットが、カップを手にしながら言う。
「俺も……もう少し、頑張るよ」
その顔は、やけに真剣だった。
◇
しばらくして、
オルフィナとアヤメが、どこか満足げな表情で戻ってきた。
「アヤメの、あの姿……
アレクスにも見せてやりたかったな」
「もう、やめてください。オルフィナ様!」
顔を赤らめて抗議するアヤメを見て、
どうやら試着で相当盛り上がっていたのだろうと、
容易に想像がついた。
その後、
俺たちは宿へと戻り、併設された食堂で夕食を取ることにした。
海の幸が豊富なのはオルビアと同じだが、
こちらはどこか一段、洗練されている。
素材の良さを生かしつつ、
香草やソースの使い方が巧みで、
盛り付けも美しい。
料理が運ばれてくるたび、
アヤメが目を輝かせる。
「……すごく、きれいです。
食べるのが、もったいないくらい」
そう言いながらも、
一口食べると、すぐに頬が緩む。
食事の途中、ギルドの使者が現れた。
「〈セイクリオン大聖殿〉は、明日の訪問を許可するそうです。
大司祭マルコ三世様をお訪ねください」
場の空気が、すっと変わった。
◇
翌日、
俺たちは丘の上にそびえる神殿〈セイクリオン大聖殿〉へと向かった。
春の日差しは日ごとに力を増し、
石畳の坂を登るうち、自然と額に汗がにじむ。
「なんでさ、
神殿ってだいたい丘の上とかに建てるんだろうな」
息を切らしながら、エリオットがぼやく。
「お前がそれを言うか?」
思わず突っ込むと、
エリオットは肩をすくめて笑った。
それにしても――
丘の途中から見下ろす〈グラン=メナス〉の街並みと、
その向こうに広がる海の景色は、息を呑むほどだった。
陽光を反射する白い屋根の群れ。
港を行き交う船影。
遠くまで続く蒼い水平線。
「……す、すごい」
アヤメが思わず声を漏らす。
「これは……
我が神殿より、見応えがあるかもしれんな」
レグナスも、感嘆の吐息をこぼした。
◇
眼前にそびえる〈セイクリオン大聖殿〉は、
規模も威容も、オルビアの〈ヴァルナ神殿〉をはるかに上回っていた。
白い石で築かれた外壁。
天を突くような尖塔。
精緻な彫刻で飾られた正門。
まさに、
この街の信仰と権威を象徴する建造物だった。
正門へと続く大階段を登りきり、
神殿の者に訪問の旨を告げる。
ほどなくして、
俺たちは奥の一室へと通された。
そこにいたのは――
大司祭、マルコ三世。
かなりの高齢と見えるが、
背筋はまっすぐで、眼光も鋭い。
その声は驚くほど明瞭だった。
「旅の方々、よく来られました」
そして、ゆっくりと視線を巡らせる。
「――前任の大司教、
リアナ様について、お聞きになりたいとのことでしたな?」
部屋の空気が、静かに張りつめる。
大司祭マルコ三世は、
ゆっくりと息を整えると、静かに語り始めた。
「リアナ様は――
まさしく、神の子と呼ぶにふさわしいお方でした。
幼い頃より、数多の加護を授かり、
祈りは必ず届き、
癒やしは奇跡のように成就しました。
人々は、いつしか畏敬を込めて、
あの方を『聖女』と呼ぶようになったのです。
あの若さで大司教の座に就かれたのも、
異例中の異例。
ですが――
それは決して、軽い判断ではありません。
リアナ様ご自身、
大司教という地位の重さも、
この神殿が果たすべき役割も、
誰よりも理解しておられました」
そして――
「あの日です」
遠い過去を見つめるように、
大司祭の視線が宙を彷徨う。
「突然、リアナ様は仰いました。
――神より、お告げを受けた、と」
仕えるべき人がいる。
導かねばならぬ魂がある。
そう言い残し、
ほとんど準備らしい準備もなく、
あの方は、この大聖殿を後にされたのです。
大司祭は、
再び遠い目をした。
「リアナ様が、
“神のお告げ”があったと仰る以上……
我々には、それに従う以外の選択肢はありませんでした」
その声には、
悔恨とも、諦観ともつかぬ響きがあった。
俺は、静かに問いかける。
「……そのリアナ様が、
どちらへ向かわれたのか。
心当たりは、ありますか?」
マルコ三世は、
少しだけ逡巡してから、口を開いた。
「出立の際、
西へ向かう、とだけ仰っていました」
そして、低く付け加える。
「神が示された“かの地”――
おそらくは、
隠れ里〈セフィラ〉でしょう」
その名を聞いた瞬間、
俺たちは顔を見合わせた。
確信があった。
これ以上の手がかりは、ない。
――こうして。
俺たちの次なる目的地は、
静かに、しかし確かに、定まった。
西方。
隠れ里〈セフィラ〉。
そこに、
リアナがいる。
そして――
リオの足取りも、
きっと、その先に続いているはずだった。




