37名声独歩(めいせいどっぽ)
海賊騒動から一夜明けて、
〈蒼鯨の翼〉号は、
西方の大陸都市〈グラン=メナス〉へと入港した。
港に降り立つと、
俺たちはマリナチーフや料理長、そして《碧潮の灯》の
スタッフたちに別れを告げた。
マリナチーフからは、改めて海賊から食堂を守ったことへの礼を述べられ、
今度はぜひ、落ち着いて食事をごちそうしたい、とまで言われた。
再会の約束を交わし、船を後にする。
食堂スタッフとして働いた数日間は、
俺にとっても、皆にとっても、かけがえのない経験になった。
俺たちは、捕縛した海賊たちを引っ張りながら、
〈グラン=メナス〉の大門をくぐった。
オルビアとは比べものにならないほど巨大な都市。
人の波、建物の密度、街に満ちる活気――
どれを取っても圧倒的だ。
俺たちは思わず周囲をきょろきょろ。
完全に、田舎から出てきたお上りさんだ。
もっとも、
イノシシを引きずりながら街に入った経験は何度もあるが、
海賊を引っ張りながら、というのはさすがに今回が初めてだ。
◇
海賊たちを街の警備隊へ引き渡した後、
俺たちは冒険者ギルドを訪れた。
目的は二つ。
ひとつは、フィーナとリオの消息についての聞き込み。
そしてもうひとつは、今回の海賊討伐についての正式な報告だ。
通されたギルド長室で、
俺たちはギルド長本人の出迎えを受けた。
話を聞く限り、
首謀者のドロンドは以前からの賞金首だったらしく、
今回の一件で、俺たちには賞金が支払われるという。
思いもよらぬ臨時収入に、
俺は内心、ホクホクしていた。
「それにしても、」
ギルド長は目を輝かせ、身を乗り出す。
「ドロンド一味の襲撃を事前に読み切り、
船内スタッフに扮して潜伏した上で、完璧な返り討ち……
さすがはSランクパーティーですな」
「……うん?」
思わず、きょとんとする。
この人、なにか大きな勘違いをしていないだろうか。
だが、俺の内心などお構いなしに、ギルド長は続けた。
「しかも、
かの〈ヴァルナ神殿〉聖堂騎士団の団長様まで
討伐メンバーに引き込みなさるとは!
なんという人望、なんという戦略でしょう!」
「ドロンドは、我々も長年追っていた大物。
策士と呼ばれる男を、逆に策で打ち負かすとは……まことにお見事!」
「ああ、まあ……な」
ギルド長の怒涛の称賛に対し、そう返すのが精一杯だった。
「策士策に溺れる、というやつだな」
オルフィナが得意げな顔で頷きながら言う。
「そうだったの? アレクス」
エリオットは、ギルド長の話を、すっかり信じ込んだ様子だ。
アヤメに至っては、
「今回も、ご指導ありがとうございました」
などと言い出す始末。
レグナスはというと、
そんな俺たちの様子を、どこか楽しげに眺めていた。
――どうやら、
この勘違いを正すタイミングは、
完全に失われてしまったらしい。
◇
「ところで、ギルド長。こちらからも、伺いたいことがあるのだが」
この妙に居心地の悪い空気に耐えきれなくなった俺は、
そそくさと次の話題を切り出した。
「聖騎士フィーナ、またはSランクレンジャーのリオという人物を探している。
なにか心当たりはないだろうか?」
ギルド長は、わずかに眉を動かし、
一瞬、何かを思い出すように視線を宙へ泳がせた。
「フィーナという名かどうかは定かではありませんが……
1年ほど前になりましょうか。
聖騎士がドラゴンを討伐した、という話があります」
俺たちは、思わず身を乗り出した。
「『女聖騎士のドラゴン退治』として、この辺りでは有名な逸話ですぞ」
「詳しく、聞かせていただけるだろうか?」
「よろしいとも」
ギルド長は頷き、語り始める。
「当時、近隣の街がドラゴンに襲われましてな。
しかも、三匹同時に、です。
ギルドは急ぎ討伐隊を編成し、対応に向かいました」
その声は、次第に重くなる。
「しかし、相手はあまりに凶暴で……
討伐隊は返り討ちに遭い、全滅寸前まで追い詰められました」
俺は、思わず息を呑む。
「生き残った者たちの証言によれば――
そこに、女聖騎士殿が突如現れ、
たった一人で、ドラゴン三匹を、いとも簡単に討ち倒したそうです」
その場に、沈黙が落ちた。
「その戦いぶりは、まさに神々しく、
武神の顕現かと思われたほどだった、と」
ギルド長は、静かに続ける。
「討伐後、女聖騎士殿は生き残った討伐隊を治療し、
名も告げぬまま、どこかへ去っていった……
そう記録されています」
「……その後の行方は?」
「捜索は行いました。
しかし、結局、見つけることは叶いませんでした」
「間違いないな。フィーナ殿だ」
俺は、確信をもってレグナスに告げる。
「信じられん……
ドラゴン三匹を、たった一人で、だと?」
レグナスは、唖然とした様子で呟いた。
「だが……肝心の消息が分からないとなると、手の打ちようがないな」
そう言った俺の言葉を受け、
レグナスが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「ギルド長。
ここ最近で、名のある人物、あるいは高位の人物が、突然姿を消した……
そのような話は聞いたことがないだろうか?」
俺は、その質問の意図がつかめず、首をかしげる。
ギルド長は、しばし顎に手を当て、
記憶を探るように目を伏せた。
「この街の北の丘に、神殿〈セイクリオン大聖殿〉がありましてな」
ギルド長は、声を潜めるように言った。
「そこの大司祭、リアナ様が、ある日突然、旅に出てしまったのです。
街中、大騒ぎになりました」
俺は、思わず息を止めた。
「時期は……そうですな。
例のドラゴン退治の騒ぎから、さほど経っていなかったはずです」
「リアナ様は、聖女とも称されるお方でしてな。
大変お美しく、信仰も篤く……
それはもう、噂でもちきりでしたぞ」
「……やはり、か」
レグナスは、低く呟いた。
そこでようやく、
俺にも、彼の質問の意図が見えてきた。
フィーナと、同じ構図。
名のある存在が、突如として姿を消す。
そして、その背後に――リオ。
胸の奥に、言いようのない違和感が広がる。
「詳しい話を聞きたい。
〈セイクリオン大聖殿〉との伝手は、ないだろうか?」
「よろしいでしょう」
ギルド長は、力強く頷いた。
「ギルドから大聖殿へ使いを出します。
しばらくお待ちください。
追って、結果をお知らせいたしましょう」
俺たちは、深く礼を述べ、ギルドを後にした。
大聖殿からの返事は、
俺たちが滞在する宿へ届けられる手筈となった。
――リオに、また一歩、近づいた。




