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荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。  作者: しばたろう


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33/46

33航海序幕(こうかいじょまく)

 翌朝。

 俺たちは大型客船〈蒼鯨そうげいの翼〉号に乗り込むべく、

 朝靄の残る船着き場へ向かった。


 潮風が強く、帆布のはためく低い音が、静まり返った港に響いている。

 遠くでは船員たちが掛け声を上げ、出航準備を急いでいた。


「わぁ……大きい……!」

 アヤメが甲板を見上げ、目を輝かせる。


 俺たちが乗る船は、三本マストの巨船。

 船首には蒼い鯨の彫像が刻まれ、海風を切り裂くように前方を睨んでいた。


 そんな巨大な船を前にして――

 思いがけない人物が、腕を組んで待ち構えていた。


「……レグナス殿?」


 そこに立っていたのは、聖堂騎士団団長レグナス・バルシオン。

 昨日と同じ、よく日に焼けた巨体。

 その腕組みだけで、周囲の空気が一段重くなるようだ。


「アレクス殿」

 レグナスは大股で近づき、真剣な面持ちで言った。


「〈グラン=メナス〉まで、私も同行させてもらえないだろうか?

 今一度、フィーナの消息を確かめたい。

 しばらくの間、不在になる旨、神殿には許可を取った。」


 勢いのあまり、最後は一歩前へ出るほどだった。


 横でオルフィナがひそひそと耳打ちしてくる。


「……健気だな、あの団長。完全に惚れているじゃないか」


 俺も苦笑を飲み込みつつ、レグナスに向き直る。


「事情は理解しました。同行は構いません。歓迎しましょう」


「恩に着る!」

 レグナスの顔がぱっと明るくなった。

 まるで騎士団長ではなく、恋に落ちた青年のようだ。


 しかし次の瞬間、彼は胸を張って堂々と言い放った。


「君たちは護衛として乗るのだろう。

 もしよければ、私も力を貸したい。

 聖堂騎士団の団長として、多少なりとも役に立てるはずだ。」


 ――この男、少し勘違いしている。


 俺は咳払いしながら事実を告げた。


「レグナス殿。俺たちは護衛ではなく……

 船内スタッフとして、乗船するのだが」


「……船内スタッフ??」


 レグナスの表情が固まる。

 誇り高き団長が、口をぱくぱくさせている。


 こうして――

 船の雑務スタッフが一人増えた。


 蒼鯨の翼号は、間もなく出航する。

 


「あなたには、船内食堂《碧潮へきちょうの灯》で働いてもらいます」


 そう告げたのは、食堂の女チーフ──マリナだった。

 20代中頃に見えるが、背が高く、どこか凛とした空気をまとっている。

 紺のスーツ姿がよく似合い、食堂全体を一人で仕切れるだけの風格があった。


 《碧潮の灯》は、船内とは思えないほど広く、百人は入れそうな大食堂だ。

 ランチやディナーの時間になると、船客と船員が一気になだれ込み、

 食堂が大混雑するらしい。


 レグナス、オルフィナ、アヤメの三人は給仕係、

 俺とエリオットは厨房担当となった。


◇ ◇ ◇


 早速、制服に着替える。


 給仕係の制服は白いシャツに紺のエプロンという、簡素だが清潔なものだ。

 下は黒のスラックス、女性はスカートが支給されていた。


 レグナスの制服姿は、予想外に様になっていた。

 背筋の伸びた姿勢と穏やかな所作が、給仕服に不思議と映えている。

 さすがは団長というべきか、人前に立つことに慣れた男は違う。


 アヤメはというと、制服が妙に似合っていた。

 白いシャツに袖を通すだけで場がぱっと明るくなるし、

 紺色のエプロンを結ぶ初々しい仕草も絵になる。

 後ろでひとつにまとめた髪も、給仕として自然すぎて、

「ずっとこの船で働いてました」と言われたら信じてしまいそうだ。


 一方のオルフィナは、同じ制服とは思えないほど別の風格を纏っていた。

 白いシャツを着ただけで、高級店の給仕長かと思うほどの品が漂う。

 無駄のない動き、伸びた背筋、エプロンの結び目一つで絵になる。


「アレクス様。ちょっとだけ、かっこよく見えませんか?」

「ふむ……悪くないな。こういう服も、案外しっくりくるものだ」

 二人とも、思った以上に制服を楽しんでいるようだった。


 そして俺とエリオットは、厨房班ということで白いコック服を渡された。


 着てみると、普段の装備とは勝手が違い、

 妙に清潔すぎて落ち着かない。

 胸元のボタンに紺のエプロン、そしてコック帽。

(どう見ても“料理人”だな……)


 隣を見ると、エリオットは意外なほど似合っていた。

「これはこれで悪くないな」

 と、本人も満更でもない様子だ。


(……まあいい。これも修行のうち、だな)


◇ ◇ ◇


 そして、ランチタイムが始まった。


 ひとことで言うと、戦場だ。


 あっという間に席は満席になり、順番待ちの長い列ができる。

 総勢十数名のスタッフが全力で動き回り、食堂はてんてこまいだ。


 次々と入るオーダー。

 厨房では、料理長の号令のもと、ベテランのコックたちが

 まるで鍛え抜かれた冒険者のような手際で鍋を振るい、

 次々と料理が仕上がっていく。


 俺は簡単な調理補助を任された。

 日頃アヤメと一緒にイノシシを解体しているおかげで、

 包丁そのものにはすぐ馴染んだ。

 だが、山と厨房はまったく別物だ。


 切る、盛る、運ぶ――そのすべてが、息つく間もなく押し寄せてくる。

 料理長の「三番卓、魚のソテー追加!」「肉はあと二皿だ、急げ!」という声が

 矢のように飛んでくるたび、頭の中で作業の順番を組み替え、

 次の瞬間にはもう手が動いていなければならない。


 フライパンの音、鍋の沸騰、漂う香り、背中をかすめるスタッフの足音――

 すべてが混じり合い、まるで戦闘中の索敵のような集中力が必要だった。


(くそ……調理場って、こんなに忙しいのか!?)


 額に汗が滲み、腕がじんと熱くなる。

 それでも料理は待ってくれない。

 俺は頭と体をフル回転させ、ひたすら次の作業へと飛び込んでいった。


 一方、エリオットは皿洗いを担当していた。

 次々と積まれていく皿の山を前に、普通なら心が折れそうだが──

 

「《浄化》」

「《浄化》」

「《浄化》」


 油汚れが一瞬で消え、皿がみるみるうちに輝きを取り戻す。


(……速い)


 周囲のスタッフが呆然とするほどの処理能力。

 もしかすると、これはやつの天職なのかもしれない。

 

 エリオットは袖をまくり、妙に楽しそうに皿を浄化していた。

 ……正直、あいつの背中をここまで頼もしいと思ったのは初めだ。

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