30冬路を越えてオルビアへ
篝村を後にした俺たちは、数日後、タルミアに到着した。
タルミアは、港町オルビアへ続く《バーレント商路》の要衝として知られる、
小さくも活気に満ちた商業の街だ。
街道沿いには馬車宿や荷馬車置き場が並び、
商人たちが声を張り上げ、荷の取引や値段交渉に明け暮れている。
通りを歩けば、香辛料の匂い、干し肉の匂い、馬車の油の匂いが入り混じり、
旅の者と商売人が絶えず行き交っていた。
規模は小さいが冒険者ギルドの支部もあり、
護衛依頼や荷運び、商隊の道先案内など、軽めの依頼が多く出されている。
オルビアへ向かう旅人の大半は、一度この街で補給を済ませていくという。
冬の静けさに慣れていた俺たちには、この喧騒がむしろ心地よかった。
俺たちは、街の中心にある冒険者ギルドへ向かった。
せっかくタルミアまで来たのだ、
護衛依頼を受けてオルビアまで同行できれば、一石二鳥だ。
ギルドの扉を押し開けると、
依頼書を掲げる商人や旅人、荷物を抱えた冒険者たちが忙しなく出入りしていた。
◇
まずは、ジルドからの報せが届いていないか受付に尋ねた。
だが――残念ながら、何も来ていなかった。
胸が少しだけ重くなる。
だが、待ってばかりもいられない。
「……仕方ない。依頼を探すか」
掲示板には、荷運び・護衛・商隊同行などの軽い依頼がずらりと並んでいる。
冬場は野獣の活性が低いぶん、商路の盗賊が増えるらしい。
「アレクス様、ここなどはいかがでしょう?」
「お、オルビア行きの護衛依頼か」
アヤメが指した依頼書には、
『タルミア → オルビア間 馬車護衛』 とあった。
この商人が使う道は、崖と森に挟まれた細い小道で、
確かに最短ルートではあるが、そのぶん危険も多い。
依頼書を受付嬢へ渡すと、
彼女はぱちりと瞬きをして、思わず姿勢を正した。
「Sランクの皆さまが、この依頼を……?
依頼主が泣いて喜びますよ!」
そんなにか、と苦笑しつつ、受付嬢に案内され、依頼主との顔合わせとなった。
依頼主は気のいい商人で、俺たちが受けたと知るや恐縮しきりだった。
「おおっ……! 本当にSランクの!
いやぁ、こんな安い依頼料で引き受けていただいて……申し訳ない!」
恐縮されると、こちらも妙に気まずくなる。
どうにもこういうやり取りには慣れない。
「明日の早朝に出立いたします。どうぞよろしくお願いします!」
商人が深々と頭を下げ、顔合わせは終了した。
◇
その後は、タルミアの市場をゆっくり歩くことにした。
香辛料の山、乾物の屋台、手織り布の露店――
狩人の村とは比べものにならないほどの賑わいだ。
「こんなにぎやかな市場、はじめてです!」
アヤメが目を輝かせる。
冬の静かな村とはまるで別世界だ。
久々に肩の力を抜いて歩ける、貴重なひとときだった。
◇
翌日。
依頼主の馬車に乗り込み、俺たちはタルミアを後にした。
「うわぁ……馬車って、こんなふうに揺れるんですね!」
アヤメは目を輝かせ、座席の窓にへばりつくように景色を眺めている。
冬の森を抜け、ようやく落ち着いた旅路だ。
こういう小さな体験にも新鮮さがあるのだろう。
旅は順調に進む。
そんな中、
俺は盗賊との戦い方について、大学時代の講義を思い出しながら
アヤメたちに説明しておいた。
ついでに――
かつて“英雄アレクス一行”が山賊を撃退したという古い逸話も交えながら。
◇
やがて夜が訪れ、月明かりさえ届かない細道へ差しかかった。
崖と森に挟まれた危険区間――
本来なら、夜通し駆け抜けるのが定石だ。
馬車の中に、じわりと緊張が広がり始めた、その時。
ヒュッ――ッ!
一本の矢が、馬車の行く手に突き刺さった。
「っ……!」
馬車の前方からざわりと物音。
木陰から、数人の人影が浮かび上がる。
見るからに山賊だった。
「出たか……!」
「殺されたくなかったら、荷物を置いて立ち去るんだな!」
頭領らしき男が、殺気混じりの声を張り上げる。
剣や槍を構える者、弓を引く者――典型的な山賊の編成だ。
「先生、お願いします!」
依頼主の商人が、事前に打ち合わせていた台詞を震えながら口にする。
「うむ」
俺は、馬車の中からゆっくり降り立った。
わざと“威厳たっぷり”に。
弓兵が一斉にこちらへ照準を合わせる。
――その刹那。
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!
馬車の暗闇から矢が飛び出し、
弓を構えていた山賊たちを次々と射抜いた。
「この俺を――Sランクのアレクスと知っての狼藉か!」
俺の啖呵に、山賊たちの視線が集中する。
「Sランク……!?」「まさか、本物か……?」
怯えの声が上がりかけたが、頭領が怒鳴る。
「はったりだ! かかれ!」
――まあ、確かにはったりなんだが。
しかし、山賊相手に遅れを取るつもりはない。
俺は剣を抜き、前へ出る。
馬車の中には弓兵――手前には俺。
山賊たちは不利を悟ったのか、じりじりと後退し始めた。
「たいしたことありませんね」
アヤメが矢をつがえながら馬車から姿を現した。
その時だった。
◇
ガサッ――!
崖の上に、多くの人影が現れた。
同時に――
天から矢の雨が降り注ぐ。
目の前の連中はおとりだった!
矢は俺たちを串刺しに・・・・・・・
そのはずだったのだろう。
――しかし
ぱきんッ!
軽快な破砕音が頭上で弾けた。
エリオットが事前に張っていた《魔法障壁》が、
降り注ぐ矢をすべて弾き返したのだ。
エリオットとオルフィナが、勢いよく、馬車から飛び出す。
「《中域照明》!」
エリオットの詠唱で、崖上が白光に照らされる。
潜んでいた大量の山賊が一斉に姿を現した。
「えいいいいいいいいいぃっ!」
オルフィナが杖を頭上に掲げ、全身の力を振り絞って魔力を解き放つ。
崖上で《特大爆発》が炸裂した。
轟音。
爆炎。
山賊たちは悲鳴を上げて吹き飛んだ。
「ひ、ひぃ……」
目の前で固まる“おとり役”の山賊。
『だまし討ちのつもりが、返り討ちにあった。』
その状況を理解するより早く、俺の斬撃が終わっていた。
◇
「アレクス様。想定通りですね。さすがです!」
「ああ。長居は無用だ。すぐ出発するぞ」
馬車は加速し、そのまま危険地帯を抜けていく。
◇
そして――
数日後。
俺たちはついに、港町オルビアへ到着した。
冷えた風の中に、潮の香りが混じり、
その奥にほんのわずか――春の匂いがした。
冬を越える旅路も、ようやく終わりが見え始めていた。




