表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

03木漏れ日の途(こもれびのみち)

 先の敗走で散り散りになった仲間たちを探さなければならない――。

 その思いが、ずっと胸の底に引っかかっていた。


 おそらく誰かは、この近くの村か街に身を寄せている。

 バンジの村人たちに周辺の地理を聞くと、

 徒歩で数日圏内にいくつかの集落が点在しているらしい。

 ただ、

 この地域はどこへ行くにも森を抜けなければならない。

 道に迷えば簡単に遭難するような、深い深い森だ。


 俺は決めた。

 クエストをこなしつつ、

 周辺の村を巡って仲間を探す旅に出よう――と。


 診療所で横たわるバンジが、

 弱々しい中にも力のこもった声で言った。


「私は、しばらく入院となります。

 アレクス殿……アヤメをお連れください。

 道中は森。きっとお役に立てると思います」


 アヤメは俺の隣で、深く頭を下げた。


 こうして俺とアヤメの二人旅が始まった。

 まず目指すのは隣村のウッドレーン村。

 森を抜けて一日程度の距離だという。

 方向とざっくりした道筋は聞いたし、

 道案内はレンジャー見習いのアヤメに任せることにした。


◇ ◇ ◇


 森に入ってすぐ、アヤメは本領を発揮した。


 食べられる木の実を見つけ、

 キノコの毒を見抜き、

 軽やかに兎を狩り、手際よく捌く。

 動作に迷いが一切ない。

 俺は感心して、その後ろ姿をただ眺めていた。


 ――思えば、こういうことは全部リオに任せっきりだったな。


 大学の基礎科で最低限のサバイバル知識は習ったけど、

 それ以上はまったくダメだ。


「なあ、アヤメ。……その知識、俺にも少し教えてくれないか?」


 気づけば自然とそんな言葉が口をついて出ていた。


 アヤメは不思議そうに瞬きをしてから言った。


「このようなことは、私にお任せくだされば良いのですが……

 アレクス様がそう仰るのでしたら、喜んでお教えします」


 そう言って、作業の合間にひとつひとつ丁寧に教えてくれた。


 聞くことすべてが新鮮だった。

 木の実の見分け方ひとつ取っても、

 「なるほど」と思うことばかりだ。


(……もっと、真剣に、学んでおくべきだったな)


 リオに任せきりだった自分を少し反省しつつ、

 でも――こうして教わるのも、悪くないと思った。


 ふと、胸の奥がざわつく。

 リオがいたら、アヤメにとって最高の師匠になったんだろうな……。

 そう考えると胸が苦しくなる。


◇ ◇ ◇


 夜。野宿。


 焚き火を絶やさないようにし、俺とアヤメは交代で番をするつもりだった。

 俺は剣を抱え、木にもたれかかって火を眺めていた。

 アヤメは毛布にくるまり、寝る準備をしている。

 

 ふと、思う。

 ――十五歳の少女が、

 こんな森の中で男と二人きり。

 抵抗とか……無いのか?


「なあ、アヤメ……その、俺と二人きりで旅してて……怖くないのか?」


 アヤメは首をかしげる。


「Sランクの冒険者であるアレクス様と一緒なら、

 むしろ安心かと思いますが?」


「いや、そうじゃなくてだな……

 俺も男だし……その……変な気を起こしてだな……」


 アヤメはようやく意味を理解したらしい。

 毛布で顔半分を隠し、目だけでじろりと俺をにらんで言った。


「アレクス様。その質問……ちょっと、キモいです」


 ぐっ……。


 芯が強く肝も据わった娘だ。

 まあ、この子なら大丈夫だろう、と妙に納得したが――


「……キモい、か」


 意外と繊細な俺の心は、ちょっぴり傷ついた。


◇ ◇ ◇


 翌朝。

 靄の残る森の中を、俺とアヤメは再び歩き始めた。


「ここは……獣道ですね」


 アヤメが膝をつき、地面を指でなぞる。


「ほう。それは、どうやって見分けるんだ?」


「足跡の形と、折れた草の向きですね。それに――」


 その時だった。


 ガサッ、と低い藪が揺れ、

 地を震わせるような重たい気配が近づいてきた。

 次の瞬間、

 太い牙と丸太のような胴体を持つ大イノシシが姿を現した。


 血走った目でこちらをにらみ、前脚を踏み鳴らす。

 今にも突進してくる――そんな距離だ。


(……まずいな。逃げ場がない)


 後ろでアヤメがぶるっと震えた。

 無理も無い。先日、大イノシシに殺されかけたのだから。


 リオがいた頃なら、こんなのは“通りすがりの雑魚”だった。

 軽くあしらって終わり。そんな相手だ。


 だが今の俺は――違う。

 一歩読み誤れば、そのまま死ぬ。


 喉が乾くような緊張の中で、昔の記憶がよみがえる。

 大学の実践講義で習った、大イノシシの対処法。

 真正面からぶつかってはダメ。

 突進の“溜め”を見極め、左右どちらかに強制的に体勢を崩す――。


(教科書通りにするしかない)


「アヤメ。俺が“すき”を作る。……そこを狙え」


「はい!」


 アヤメは瞬時に距離を取り、矢をつがえた。

 恐怖を押し込み、一拍で覚悟に変える――本当に強い子だ。


 森の空気が、音を失ったように重くなる。


 大イノシシが、前脚で地面をかき、後ろ脚をぐっと沈めた。

 土がきしみ、空気がびりっと震える。


 ――来る。


◆ 戦術:基本その1

『突進を誘い、側面から射る』


 俺はあえて一歩前へ出る。


「こっちだ、来い」


 山道を裂くような勢いで突進してくる。


 俺はギリギリで横へ跳ぶ。

 土煙を上げてイノシシが通り抜けた瞬間――。


「今だ!」


 アヤメの矢が、横腹の柔い部分へ深く突き刺さった。

 獣が悲鳴を上げる。だがまだ止まらない。


◆ 戦術:基本その2

『方向転換の瞬間を狙う』


 突進後のイノシシは必ず振り返る。

 しかも大きい個体ほど、方向転換が遅い。


 イノシシが体をねじり方向を変えようとした瞬間に、

 一気に距離を詰める。


 ――ここだ。


 俺は剣の柄を逆手に持ち、

 大イノシシの肩口の“支点”へ正確に叩き込んだ。

 衝撃で獣の体勢が崩れる。そのまま膝が落ちた。


◆ 戦術:基本その3

『崩れた体勢に、確実な追撃』


「今だ! 撃て!」


「はい!」


 アヤメは息を止め、二射目を放つ。

 今度の矢は、首の付け根――心臓に近い急所へ。


 大イノシシは大きくのけぞり、そのまま土の上へ倒れ込んだ。


「……ふぅ……」


 俺は息を吐きながら言った。


「今のが、基本的なイノシシの倒し方だ。

 真正面を避けるのがコツだ。覚えておくといい」


 アヤメは目を輝かせ、勢いよく頭を下げた。


「ああ、アレクス様。

 イノシシを倒すなど造作もないでしょうに!」


「うん?」


「私を指導するために、

 わざわざ“基本の戦い方”を見せてくださったのですね!

 大変勉強になりました。

 ありがとうございました!」


 いや、そうでは、ないのだが……。

 嬉しそうに頭を下げるアヤメを見て、否定する気にはなれなかった。


 倒したイノシシは、村で高く売れるらしい。

 アヤメはさっと血抜きを済ませる。その手際に思わずうなる。


「運べますよ、アレクス様。後脚をお願いします」


「ああ、任せろ」


 俺は大イノシシの足をつかみ、ずるりと引き上げた。

 重いが――勝てたぶんだけ軽い。


 森の獣道を歩きながら、

 差しこむ光が、俺たちの背中を静かに照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ