28白熊破撃(はくゆうはげき)
ハヤテからひととおり村を案内してもらい、
日が落ちる頃には、吐く息が白く凍りそうな寒さになっていた。
俺たちは宿屋へ戻り、そのまま夜間待機となった。
食堂の灯りが落ち、薪ストーブのパチパチという音だけが響く。
テーブルを囲むのは俺、アヤメ、オルフィナ、エリオット。
「さて……狼については、よく知っている通りだが――」
少し緊張していた空気がゆるみ、俺は椅子にもたれながら口を開いた。
「熊、特にスノーベアの攻略について話しておこう。
アヤメ、覚えておくといい」
アヤメは姿勢を正し、真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
◇
俺は、大学の講義を思い出しながら、説明を続けた。
「まず 近づけないこと。突進を受けたら終わりだ。
外側に散開して、魔法や弓で注意をそらすのが基本だな。」
「次に弱点。脚の関節・胸の合わせ目・鼻梁・眼。
このあたりは毛皮が薄い。アヤメの矢なら通る。」
「……覚えました!」
「戦い方は、たった三つに集約される。
崩す → 怯ませる → 急所へ一撃。」
アヤメが真剣にうなずく。
「魔法は基本“牽制”だ。派手さより、動きを止めることを優先する。」
最後に三本指を立てる。
「そして――やっちゃいけないのはこの三つ。
正面に立つな、背後に回るな、攻撃後に突っ立つな」
「……全部、死につながるんですね。」
「そういうことだ。油断した瞬間が、一番危ない。」
◇
そうこうしているうちに、宿の扉が勢いよく開いた。
「アレクスさん――スノーベアが、出ました!!」
息を切らし、顔を真っ青にしたハヤテが駆け込んでくる。
村の外。
かがり火が風に揺れ、その赤い光の先に――“それ”はいた。
化け物級の巨体。
全身を覆う白毛が炎を反射し、まるで山が動いたようだった。
こちらを向き、低い唸り声で威嚇していた。
今にも飛びかかってきそうだ。
一瞬、足がすくむほどの威圧感。
「あれは……ちょっと、むりだぞ」
「に、にげるか……?」
狩人たちは完全に腰が引けている。
「Sランクの旦那……お願いします!」
村人たちの期待が、ずしりと重くのしかかった。
スノーベア――
普通ならCランクでなんとか倒せる強敵。
その場に立つハヤテの顔は真っ青だったが、
それでも、ぎゅっと拳を握りしめて言った。
「アレクスさん……! 俺も、加勢します……!」
恐怖に震えながらも、必死に前を向こうとするその瞳。
その奥にある“憧れ”の色は、確かだった。
◇
「先ほどの作戦通りでよろしいのですね、アレクス様」
アヤメがスノーベアを睨みつけたまま、静かに言う。
その横顔は落ち着き払っている――この状況でも動じていない。
「ああ。みな、手順通りにやるぞ!」
俺の号令とともに、スノーベアがのっしのっしと前へ踏み出した。
地面が震え、胸の奥まで響くほどの重圧。
戦闘が始まる。
◇
「えい、えい、えいっ!」
オルフィナが火球を連打し、左右から牽制する。
しかし――
「グオオオォォッ!!」
スノーベアが怒号のような咆哮とともに、オルフィナへ突進した。
「まずいっ!」
エリオットが即座に魔法障壁を張る。
巨体が衝突し、轟音が響いた。
だが――壁がきしむ。
「ひっ……!」
怯んだオルフィナへ、俺は床を蹴り、影のように飛び込んだ。
抱え上げ、そのまま一気に距離を取る。
直後、障壁が粉々に砕け散った。
◇
その一瞬の隙に――ハヤテが動いた。
「うおおおっ!!」
側面から放った矢がスノーベアの肩に命中。
だが急所には届かない。
「まだまだだ!!」
スノーベアが怒り狂い、ハヤテへ突進。
ハヤテの顔が青ざめきり、足が固まる。
「ひ……ひっ……!」
「ハヤテ、下がれ!!」
エリオットが再び障壁を張るが、もって数秒。
◇
その時だった。
――ひゅっ。
一本の矢が、ハヤテの耳元をかすめて飛んだ。
そのまま、スノーベアの鼻梁へ正確に突き刺さる。
「グオォォッ!!」
巨体がのけぞった瞬間――
ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ。
次々と放たれた矢が、
胸の合わせ目、右目、左目へと寸分違わず突き刺さる。
完全に動きが止まった。
「今だ!!」
俺は地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。
迷いなく剣を構え、そのまま首元へ深く突き込む。
確かな手応え。
スノーベアの巨体が崩れ落ちた。
◇
震える足で、ハヤテがゆっくりと後ろを振り返る。
そこには――
かがり火の光を受けながら、
弓を引き絞った姿勢のまま立つアヤメがいた。
その瞳は紅く光り、昼間とはまるで別人。
冬の闇よりも深い静けさを湛えたその表情には、わずかな迷いもない。
――そこにいたのは、ひとりの“戦士”だった。
◇
翌日は早朝から、村の狩人総出でスノーベアの解体作業が行われた。
あれほどの巨体では運搬など到底無理で、仕留めたその場での作業になる。
狩人たちに混じって、俺とアヤメも手伝った。
ハヤテはというと、
アヤメの隣で作業しながら、ちらちらと彼女を見ている。
昨晩の戦いで、アヤメの実力を完全に理解したのだろう。
興味は、すっかり俺からアヤメへ移ったようだった。
昼になると、村の女房たちが炊き出しをしてくれた。
温かい汁物の匂いが広場いっぱいに広がり、
オルフィナとエリオットも給仕を手伝って忙しそうに動き回っていた。
昼食を終え、木陰でひと息ついていると、
ハヤテが何かを抱えて走ってきた。
「ア、アヤメ! これ……食べてくれ。村の名物なんだ」
差し出されたのは、蜂蜜をたっぷりかけた焼き団子。
「いいの?」
「ああ……その、昨日は……失礼なこと言った。撤回する。お前は強い」
慣れない謝罪に、ハヤテの声が震えている。
アヤメはにこっと笑って答えた。
「そんな、たいしたことないよ。でも……ありがとう」
その笑顔を受けた瞬間、ハヤテは耳まで真っ赤に染まり、
「あ、あのっ……皆さんもどうぞ……!」
と慌てたように俺たちにも団子を配り始めた。
照れ屋さんだな……
団子を頬張っていると、オルフィナがぽつりと言った。
「なんか甘酸っぱいな」
なに? だんごがか?




