27篝火守護(かがりびしゅご)
篝村に到着したのは、朝の空気が一段と冷え込む頃だった。
白い吐息がすぐに溶けていく。
久しぶりの人里だ。
俺たちにとっては、しばしの休息と食料補給のための、
貴重な立ち寄り先でもある。
例によって、俺は大イノシシをずるずると引きずりながら村へ入った。
村人たちの視線が一気に集まる。
篝村という名前は、冬の夜に狼や熊が出没するため、
“村の周囲に篝火を絶やさない”ことに由来しているという。
村人たちは狩人の家系が多く、
小さな見張り塔がぽつんと立っているのが印象的だった。
ギルド支部は存在しないが、村長が冒険者受付を兼ねているらしい。
見慣れない冒険者、しかもSランクパーティとあって、
村人たちは興味津々だった。
肩越しにひそひそ声が聞こえる。
「すげぇ……あのでかいイノシシ、一撃で倒したんだってよ」
「本物のSランクだぞ……。」
通りを抜けると、市場が見えてきた。
干し肉、木工品、冬野菜の露店が並び、思いのほか活気がある。
焚き火の煙と香草の匂いが入り混じり、歩くだけで腹が鳴りそうだった。
「久しぶりに、うまいものが食べられるかもな!」
俺が言うと、オルフィナが指をさした。
「アレクス、あっちの屋台……あれ、絶対おいしいやつだぞ!」
「オルフィナ様! わたしも気になります!」
アヤメも目を輝かせていた。
――まあ、こういう時間も悪くない。
◇
俺たちは村長宅を訪れ、
まずはジルドからリオに関する報せがないかを尋ねた。
しかし村長は申し訳なさそうに首を横に振った。
「すまん、アレクスさん。残念だが、今のところ何の便りもない」
胸の奥が少し冷える。
だが、旅を続けるしかない。
村長は表情を改め、咳払いをひとつした。
「ところで……ひとつ頼みがある。
この時期、夜になると狼や熊が頻繁に出没しておってな。
村の狩人だけでは手が足りん。
数日だけで構わん、退治を手伝ってもらえぬか?」
「もちろんだ」と俺は即答した。
困っている村があり、それを助けられる力があるなら迷う理由はない。
「では、案内人をつけよう。村を見て回っていただきたい。
宿で昼食をとりながら、お待ちくだされ」
◇
村の宿は素朴だが清潔だった。
俺たちは食堂で、久しぶりの“まともな食事”をいただいた。
あたたかいスープと焼いた黒パンの香りが、
冷えた身体にじんわり染み渡る。
食後、ほっとひと息ついていると、宿の主人が声をかけてきた。
「アレクス様、案内人の方がお見えですよ」
俺たちはロビーへ向かった。
そこには、ひとりの男の子が立っていた。
狩人の装束に身を包み、手を胸に当てて姿勢よく頭を下げる。
「アレクスさん。初めまして。ハヤテと言います。
本日、村を案内させていただきます。」
声は堂々としていて落ち着いている。
年はアヤメと同じくらいだろう。
幼さの残る顔立ちだが、瞳は勝気でまっすぐだ。
“活発で素直、だが背伸びもしたい年頃”という言葉がそのまま当てはまる。
◇
早速、村を案内してもらうことになった。
ハヤテは見張り塔の構造、周辺の獣道、
そして村の外れにある“野獣の出没ポイント”を迷いなく説明していく。
言葉に迷いがなく、息も弾んでいないあたり、
普段から狩人見習いとして真面目に働いているのだとわかった。
――だが、その案内の最中。
俺は、ハヤテの熱い視線を何度も感じた。
少しでも視線を向ければ、慌てて目をそらす。
それを繰り返す。
……まあ、理由は察していた。
「篝村では、成人を迎えたら“独り立ち”なんです」
歩きながら、ハヤテが誇らしげに語る。
「俺も、来年には冒険者になります。
レンジャーとして名を上げるつもりです!」
胸を張る姿は、子どもというより“未来の冒険者”のそれだった。
「村には、せいぜいDかCランクくらいしか来ません。
だから……アレクスさんのようなSランク冒険者は、
本当に、すごい人たちなんだって……!」
その眼差しは、もう完全に“少年の憧れ”だった。
特に俺に対しては、会った瞬間から釘付けになっていたらしい。
◇
一方で――アヤメへの態度は、かなり雑だった。
「彼女は、アレクスさんたちの荷物持ちのお手伝い……ですよね?」
「いや、アヤメは正式なパーティメンバーだ。レンジャーだぞ」
「えっ、冗談ですよね? だって……」
ハヤテはアヤメをちらりと見て、あからさまに首をかしげる。
「そんな感じに見えないというか……。
お前もレンジャー志望なのか?
まあ、わからないことがあれば俺がおしえてやるよ?」
完全に“上から目線”だった。
アヤメの眉がぴくりと吊り上がる。
「……アレクス様。
彼、とても失礼なことを言っているように聞こえるのですが」
「まあまあ……」
「まあまあではありません!」
背中から火花が出そうなほど怒っている。
「おやおや」
オルフィナは面白そうに傍観している。
ハヤテはその理由に気づかず、なおも得意げに胸を張った。
「安心しろよ。俺は来年には独り立ちする。
篝村で一番の弓の腕だし――」
「……へぇ、そうなんだ?」
アヤメの声は笑っているが、目はまったく笑っていない。
村を吹き抜ける冬風より、その視線のほうが冷たかった。




