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荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。  作者: しばたろう


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26/41

26凍風の旅は仲間と共に

 冬の冷気は、森そのものが牙をむいているかのようだった。

 俺たちは港町オリビアを目指し、凍てつく森林の中を黙々と進んでいた。

 

 冬の移動には、いくつか心得がある。

 

 まず――装備だ。

 

 冬の森は、寒さ・湿気・体力消耗……あらゆるものが冒険者の命を奪いにくる。

 厚手の防寒外套や防水加工のブーツは、生きて帰るための最低限の備えだ。

 

 俺たちは各々、グレイムの街で整えた冬装備を身に着けている。

 

 さらに、

 断熱性の高い寝袋と冬仕様のテントは欠かせない。

 夏のように、焚き火のそばでゴロ寝するわけにはいかない。

 地面の冷気は、そのまま体力を奪っていく。

 

 そして――食料。

 

 冬の森は獲物が少ない。

 現地調達はほぼ運任せになるため、保存食を多めに持ち歩く必要がある。


 吹雪、積雪、凍結……冬の森が隠し持つ危険も数え切れない。

 

 自然と荷物は増えたが、エリオットの《初級荷重緩和》のおかげで、

 その負担はかなり楽になっていた。

 

 

 静かな森を進んでいると、アヤメが横に並んだ。

 

「アレクス様。

 先日の……サラマンダーとジルド様の戦いですが、

 通常は、どのように戦うものなのでしょうか?」

 

「ああ……あれか。」

 

 ジルドは“力でねじ伏せた”に近かったが、

 あれはSランクの化け物だからできた芸当だ。

 普通なら、あんな戦い方はまずしない。

 

 俺はアレクス勇技総合大学の講義を思い出しながら答える。


「まずな、ドラゴン種は――鎧をまとった魔獣だと思っていい。

 少々の攻撃魔法は効かない。だから魔法使いと僧侶は援護に徹する。」


「なるほど……攻撃より補助なのですね。」


「それに、皮膚が堅い。

 ただの斬撃は通らない。物理も“牽制程度”の効果しかない。

 だから時間をかけて、じらしながら、動きを読む。

 そして――」


 俺は軽く指を立てた。


「目や口腔内みたいに、防御の薄い急所に一撃必殺を叩き込む。

 これがセオリーだ。」

 

 アヤメは目を丸くし、小さく息を呑んだ。


「……聞けば聞くほど、気が遠くなりそうです。」


 そう言うと、アヤメはふっと真剣な顔になった。

 冷たい冬の森を進みながら、その横顔はいつになく凛として見えた。



 冬の夜の森は、静かだ。

 吐く息は白く、焚き火の赤がそのたびにふわりと揺れる。

 気温はすでに零度近いが、

 エリオットが張ってくれた《遮風結界しゃふうけっかい》のおかげで、

 風の冷たさが直接肌を刺すことはない。

 結界の内側は、まるで薄い布に守られているかのように、ほんのり暖かかった。


 夕食は――今日も“大トカゲの燻しいぶしにく”だ。


 サラマンダー討伐の後、素材回収のついでに数体持ち帰り、

 それをアヤメが見事な手際で大量の干物に加工してくれたのだ。


「うぅ、無理だ。」

 最初の頃、オルフィナは泣きながら食べていた。

 そんなやりとりも、今は昔。


「……鶏肉に似てて、うまい。」


 今では、すっかり好物になっている。



 食後、アヤメがひとり、膝の上で短剣の刃を拭いていた。

 焚き火の光が、彼女の指先と短剣の灰銀色の刃を淡く照らす。


「アレクス様。

 この短剣……スズナ先輩が餞別としてくださったのです」


 アヤメはそう言うと、どこか照れくさそうに笑った。

 その仕草は、まるで宝物を見せる子どものようでもあった。


 刃渡り二十センチほどの細身の短剣。

 刃は黒鉄に夜光石を練り込んだ“灰銀色”で、

 光の角度によって存在がふっと薄く消えるように見える。


「スズナ先輩は……こう言っていました。」


 アヤメは短剣をそっと撫でながら続ける。


「『レンジャーは音を立てずに動くことが何より大事。

 この短剣は、私が初めて静かに獲物を仕留めた時の相棒なんだ』と。」


 揺れる焚き火がアヤメの横顔を照らし、誇らしげな影がふっと揺れた。


 俺は焚き火越しに声をかける。


「気に入ってるんだな」


 アヤメはこくりと頷き、短剣を両手で持ち直した。


「……はい。初めて触った時、

 “すごく手になじむ”って思ったんです」


 冬の夜気の中、アヤメの言葉は静かに、けれど確かに響いた。


 短剣《薄影》。

 それは彼女にとって、ただの武器ではない。

 レンジャーとしての誇りを見つめ直す“灯火”のようなものなのだろう。


 焚き火がぱちりと弾けた。

 それに合わせるように、アヤメは短剣をそっと鞘へ戻す。


 オリビアまではまだ遠い。

 だが――この夜の静けさは、不思議と心強かった。

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