25酒席百言、真は一つ
俺たちは、
ギルドの食堂で、ささやかなサラマンダー討伐の祝勝会を開いていた。
とはいえ、町の反応は意外と薄い。
ボス級モンスターと言えど、Sランク冒険者が討伐したとなれば、
いささかインパクトにかける。
だが、テーブルを囲む仲間たちは上機嫌だ。
酒が回ってきたころ、ほろ酔いのジルドが小袋を取り出した。
「さて、みなさん。サラマンダー討伐の報奨金を頂きました。
皆さんの取り分をお配りしたいと思います!」
おおーっ、と歓声が上がる。
「今回の金額は――金貨十枚!」
大金だ。場が一気にわいた。
そのとき、エリオットがぽつりと言った。
「……あ、アレクスがアヤメの父さんに渡した“結納金”と同じ額だね」
――は?
「結納金!!」
ジルドが、酔いが吹き飛ぶ勢いで食いついた。
「アレクス殿、ゆ、結納金とは……どういう……どこでございましょうや!?」
まったく、こいつは本当に余計なことを言う。
俺が口を開こうとすると――
「アレクスが、父上と司祭の前で、
アヤメと“契り”(パーティ加入の約束)を交わした、ということだ」
オルフィナが真顔でのたまう。
「オルフィナ?」
ジルドはますます混乱し、アヤメへ身を乗り出す。
「ア、アヤメ殿……それは、まことでございましょうか……?」
まあ、アヤメなら顔を真っ赤にして否定する――はずだった。
アヤメは、俺の腕をそっとつかみ、
ジルドを上目づかいで見つめ、
はにかみながら、こくんと小さく頷いた。
「がっ……がってむ!!」
ジルドは天を仰ぎ、そのまま硬直した。
え、アヤメ……なにしてるの……?
アヤメは俺のほうを向き、いたずらっぽく舌を出した。
「この前のおかえしです」
謀ったな、お前……。
女子って、本当に怖い。
「なになにー? 面白そうね。詳しく聞かせて?」
スズナが身を乗り出してくる。
俺がようやく釈明しようとした、その瞬間。
「……わかりました!」
ジルドががばっと息を吹き返した。
「わたしも男です! アヤメ殿のことはあきらめましょう!
次の出会いに向けて全力あるのみです!!」
――言った。
今、とんでもないこと言ったぞ、ジルド。
刹那。
「次の出会いって……なに言ってるの?」
スズナが微笑みを浮かべたまま、ジルドの太ももをきゅーっとつねる。
「ジルド。ちょっと、表、出よか?」
バルナが首根っこをつかむ。
ようやく自分の失言に気づいたジルドは青ざめた。
「アレクス殿! た、助けてはいただけませんでしょうか!?」
「ああ……そうだな。『英雄、色を好む』、というしな」
「なんのフォローにもなっていないのだが。」
オルフィナが呆れた声をあげる。
次の瞬間、テーブルは笑いに包まれた。
◇
「――時に、アレクス殿」
ジルドが、わざとらしいほど強引に話題を切り替えた。
スズナとバルナの視線から逃れたいのが、ありありと分かる。
「私がこのようなことを申し上げるのは、大変差し出がましいのですが……
今回の皆さんの戦働き、正直、感服いたしました」
場の空気が一瞬、静まる。
「とくにアヤメ殿。戦う姿を拝見したのは初めてでしたが……
いやはや、見習いどころではありません。
少なくとも――Cランク、いえ、それ以上の腕前とお見受けしましたぞ」
「い、いえいえいえっ、それは……ちょ、ちょっと、ほめすぎでございます!
は、はずかしいです!!」
アヤメは耳まで真っ赤になり、ぶんぶんと手を振る。
「いや、アヤメ、あなた強いわよ?」
スズナの落ち着いた声が追い打ちをかける。
「~~~っ!」
アヤメは顔から湯気が出そうな勢いで赤くなり、
オルフィナの後ろにすぽっと隠れた。
ジルドは続けて、俺たちを順に見渡す。
「そして……アレクス殿、オルフィナ殿、エリオット殿。
その昔にお見受けしたときとは、まるで別人の腕前でありました。
さぞかし精進されたのでございましょう」
「え、そうかなー。ようやく、スランプ脱出って感じ?」
エリオットが、照れくさそうに肩をすくめる。
「ま、まぁな。魔道の申し子として、精進を続けるのは当然のことだ」
オルフィナは胸を張るが、口元がほころんでいる。
二人とも、明らかに嬉しそうだ。
褒められて伸びるタイプだな、こいつら。
――だが、俺もだ。
この瞬間、痛烈に実感した。
『上位者からの激励は、何よりの糧になる。』
「ジルド、その言葉……ありがたく受け取る。
大変、励みになる」
俺は素直に頭を下げた。
ジルドはゆるやかに笑みを浮かべる。
◇
「さて、アレクス殿」
ジルドは杯を置き、真剣な眼差しをこちらへ向けた。
「この後は、どうするおつもりか?」
「そうだな……」
俺は一度、深く息を吸う。
「リオの消息を追うなら、まず“原点に戻る”のが良いと思っている。
俺がジルドに出会い……そして、リオを追放してしまった場所。
――『港町オルビア』へ行ってみようと思う」
静かなざわめきが仲間たちの間を流れた。
「なるほど。それは理にかなっておりますな」
ジルドがうなずき、スズナへ視線を向ける。
「スズナ。ここから港町オルビアへ向かう最適な手段は?」
「そうねぇ……」
スズナは地図を指でたどりながら答える。
「最短は山越え。でも冬の山は危険だから却下ね。
あとは、遠回りだけど街道を馬車で行くか……
中間をとって、森を抜ける徒歩ルート。
安全なのは街道、でも歩きならクエストもこなせるし、経験にもなるわ」
俺は仲間たちの顔を順に見る。
アヤメは期待に満ちた目をしていた。
「急ぐ旅でもないし、アヤメ……いや、俺たち全員の修業も兼ねて、
森を抜けるルートにしようと思う。みんな、それでいいか?」
「異存はない」
「いいよ。」
「はいっ!」
三者三様の声が返り、決意がひとつにまとまった。
ジルドは満足げにうなずく。
「では、リオ殿の消息について、何か新しい情報が入れば……
あなた方の通る街道沿いのギルドへ、逐一伝達を出すようにいたしましょう」
「助かる。よろしく頼む」
ジルドの協力は心強い。
大賢者の情報網が動くなら、必ず何かがつかめる。
◇
サラマンダー討伐の後片づけを手伝い、旅支度を整え――
気づけば、1週間が過ぎていた。
そして迎えた出発の朝。
吐く息が白く染まるほど冷え込んだ空気の中、
俺たちは荷を担ぎ、静かな街路をグレイムの街門へと歩き出した。
「皆さまの旅路に、幸多からんことを」
ジルドが杖を軽く掲げて見送る。
その横で、スズナとバルナも静かに手を振った。
俺たちは彼らに別れを告げ、歩き出す。
向かうのは――『港町オルビア』。
リオを追放し、取り返しのつかない過ちを犯した場所。
俺にとっての“後悔の地”であり、
そして、歩き直すために避けて通れない――“やり直しの原点”。
冬の風が背中を押すように吹いた。
旅は、まだ続く。




