24炎洞激闘(えんどう・げきとう)
洞窟の湿り気は、肌にまとわりつくように重かった。
火の匂いとも土の匂いともつかない空気が、奥へ進むほど濃くなる。
俺たちはサラマンダーの巣へ向け、慎重に歩を進めていた。
洞窟内は複雑な分岐が続くが、
先日、ジルドたちが“下見”をしてくれていたおかげで、迷う気配はない。
◆
途中、ちらほらと大トカゲと遭遇したが――
アヤメは、俺が教えたとおり、冷静に対処していた。
火でけん制し、
天井のトカゲには先制の矢。
動きを止めてから俺に任せる。
十匹ほど倒すころには、もう堂々たるものだった。
◆
やがて、その空間に到達した。
サラマンダーの住み家――ひときわ広く、薄暗い巨大な空洞だ。
「――照明、いきますよ」
ジルドが静かに呟き、詠唱する。
《広域照明》
白光が一気に洞窟全体を照らし出す。
その瞬間、俺たちの背筋に寒気が走った。
――壁一面に張りつく大トカゲ。
百……二百……いや、数えきれない。
「ひ、ひぇ……」
オルフィナが小さく悲鳴を洩らす。
「……お腹いっぱいって感じですね」
アヤメが妙に冷静な感想をもらす。
そして、中央の巨影――サラマンダーがゆっくりと立ち上がった。
俺たちを“餌”と認識したのだ。
「では、まいりましょうか」
ジルドが静かに、それでいて凄みのある声で言う。
◆
俺たちはジルドを中心に円陣を組む形で配置する。
中央のエリオットが全体を見渡し、補助の態勢に入った。
「サラマンダーの炎は、私が抑えます」
ジルドが杖を掲げる。
《広域炎風防止》
温度の高い空気がすっと押し返され、外壁に守られるような感覚になる。
「5分……いえ、3分ほど、時間をいただけますか。」
「了解だ」
直後、サラマンダーが咆哮を上げた。
地鳴りのような音が洞窟を揺らし――
大トカゲたちが一斉に飛びかかってくる。
戦闘開始だ。
◆
ジルドの詠唱が次々と響き渡る。
《広域防御力向上》
《広域攻撃力向上》
《広域速度向上》
《広域幸運向上》
《広域防御結界》
全員の体が一段階軽く、強くなり、視界が冴える。
さらにジルドは、サラマンダーを指して連続して呪文を叩き込む。
《対象攻撃低下》
《対象防御低下》
《対象速度低下》
《対象幸運低下》
《対象魔力無効》
《幻影付与》
《眠気付与》
――なんという詠唱速度だ。
息継ぎすらしていないように見える。
そして――本命。
《広域爆発》
《広域雷電》
《広域氷雹》
《広域火球》
《広域光矢》
サラマンダーへ向けて、猛然と魔法が叩き込まれる。
サラマンダーは炎を吐き返し――
《極大火球》!!
ジルドが力押しで、真正面から火力をぶつける。
光と炎が中央でせめぎ合い、爆音と熱風が巻き起こる。
◆
俺たちも、感心している場合ではなかった。
「えい!えい!えい!えい!えい!」
オルフィナは連射するように火球を撃ち込んでいく。
命中率も速度も、以前より段違いに向上している!
アヤメは短い弓矢を正確に放ち、大トカゲの足を次々と射抜く。
その隙を俺とバルナ、スズナが狩っていく。
バルナの豪快な一振りは、大トカゲをまとめて吹き飛ばし、
スズナは舞うように間を抜け、確実に急所を突く。
《小範囲防御壁》
《小範囲防御壁》
《小範囲防御壁》
エリオットは次々と小さな障壁を展開し、大トカゲの攻撃をはじき返す。
(……エリオット、詠唱速度上がってないか?)
(やせて動きが軽くなった……とか? いや、まさか……)
そして俺自身――
敵の動きが、わずかだが“見える”ようになっていた。
(……Sランクだった頃の感覚が……戻ってきている?)
リオの無自覚な補助があったからこそ届いた境地。
だが、一度触れた高みは、やはり“再現”できるのかもしれない。
◆
だが大トカゲは途切れない。
無限に湧いてくるかのようだ。
そのとき――
アヤメの背後から、大トカゲが襲い掛かる。
「アヤメ、後ろ!」
俺は叫んだ。
アヤメは、振り向くと同時に、逆手に構えた短剣で、
飛びかかった大トカゲの喉元をカウンターで切り裂いた。
のけぞったトカゲを、俺が一撃で仕留める。
アヤメはもう弓に持ち替え、次の矢を放っていた。
(……もう完全に一人前だな)
感心している暇もなく、戦場は続く。
◆
三分が永遠のように感じられた、その時――
《集中火球》
《集中雷電》
《集中氷雹》
《集中風刃》
《集中光矢》
ジルドが一気に魔力を収束させ、
最後の詠唱を打ち放つ。
サラマンダーの全身で、光と炎が次々と弾け飛ぶ。
「――とどめ!」
《極大爆発》
サラマンダーの頭上に、巨大な爆炎が咲き乱れた。
衝撃で洞窟が揺れ、
咆哮が途切れ、
サラマンダーは地面へ崩れ落ちる。
その瞬間、壁中の大トカゲたちが一斉に逃げ出した。
――勝負はついた。
◆
「お疲れさまです。皆さん、お怪我はありませんか」
ジルドが静かに手を掲げる。
《全員回復》
体中の傷や打撲がみるみるうちに癒えていく。
俺は深く息を吐いた。
――Sランク冒険者。
想像以上だった。
以前、俺たちもこの高みにいたという事実が、
今では嘘のように思える。
(……よくもまあ、この前の試合、勝てたものだな)
そう思うと、背筋に冷たいものが走り、
同時に、妙な高揚感が胸に灯るのだった。




